アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ニードフル・シングス

2009-10-26 23:40:22 | 
『ニードフル・シングス(上・下)』 スティーヴン・キング   ☆☆☆★

 再読。これは「キャッスル・ロック最後の物語」という副題の通り、キングが初期の作品で舞台としてきた架空の町キャッスル・ロックの崩壊の物語である。初期のスティーヴン・キング・ファンにとっては格別の愛着がある町の名前に違いない。キャッスル・ロックを舞台にした小説というと『スタンド・バイ・ミー』『クージョ』『ダークハーフ』、それから全部ではないがエピソードの一つで登場する『デッド・ゾーン』などがある。他に中短篇もあるようだが全部は知らない。

 キャッスル・ロックものの集大成ということで、過去の作品に登場したキャラクターや場所があちこちに登場する。主人公のアラン・パングポーン保安官は『ダークハーフ』の主要人物の一人だし、悪役の一人エース・メリルは『スタンド・バイ・ミー』で主人公の少年達を脅す不良少年(のなれの果て)である。『ダークハーフ』の後日談への言及もあるし、『クージョ』の舞台となったキャンパー家が出てきたりする。そしてそういう時には「ここでかつてドナ・トレントンという女が狂犬病のセント・バーナードと生死を賭けて闘った…」みたいな注釈が入り、ファン心理をくすぐる仕掛けになっている。

 物語の構成や手法は『呪われた町』以来のキングお得意のパターンで、町の住人ひとりひとりが群像劇的に描かれ、やがて町全体の崩壊へとつながっていく。今回の発端はこの田舎町でオープンする「ニードフル・シングス」という店である。一見なんてことないアンティーク・ショップみたいなこの店では、人々が心の奥で密かに欲しているものが手に入る。人々がそれぞれ、命にかえても手放したくない、と思うようなもの。しかしそれを自分のものにするためには、店の主人ゴーントさんが出してくる交換条件をのまなければならない。それはいつも、誰か町の人間にしかける「ちょっとしたいたずら」である。こうして人々は互いに「ちょっとしたいたずら」を仕掛けあい、それによって町は崩壊へと進み始める…。

 例によって読みどころは、町の人々の諍いがエスカレートしていく過程のディテールである。心理をことこまかに描き出すキングの筆致は臨場感たっぷりで、読者はその現場に居合わせているような気分に浸ることができる。しかしまあ、自分に関係ない他人の諍いとはなんと面白いものだろうか。隣人への憎しみ、信じていた恋人への疑惑、嫉妬、ライバル心、脅迫、仕返し。諍いのオンパレードである。キングはこういうのを書かせると本当にうまい。

 構成もなかなか練られていて、主人公カップルのポリーとアランの諍いがクライマックス直前に起きる、妻と子供を事故で死なせたアランのトラウマが最後の最後に利用される、そしてエース・メリルやノリスがクライマックス場面に終結するなど、伏線がちゃんと生かされている。が、肝心かなめのクライマックス、アランとゴーントさんが対決する最初で最後のシーンが弱い。本書の最大の欠点がこれだ。キングの悪い癖、「都合の良い奇跡が起きて善人を救う」という興ざめのパターンが出てしまう。

 というわけで、最後をのぞけばキングの風変わりなユーモア感覚に彩られたブラックな物語を愉しめる。キングを初めて読む人にはお薦めしないが、キャッスル・ロックものが好きだという人は読んで損はないだろう。
 


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