アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ライヴ・イン・ブカレスト

2009-10-28 23:53:34 | 音楽
『ライヴ・イン・ブカレスト』 マイケル・ジャクソン   ☆☆☆★

 マイケル・ジャクソン死す。享年50歳。あっという間に世界中を駆け巡った、間違いなくショウビズ界今年最大のニュースである。誰もが思っていることだろうが、このニュースを境に「顔が崩壊している」「猿の惑星」「気持ちわるい」「整形し過ぎ」「白過ぎ」などボロクソに言われていたマイケルが、急に「素晴らしいアーティストだった」「みんなに愛されていた」と非常に好意的に語られるようなった。ファンって現金。

 私は特にファンというわけでもなく、曲も大好きってほどでもないが、この人のプロフェッショナリズムはすごいと前々から思っていた。特にあの踊り。あれは人間業ではない。そういうわけでこの『Live in Bucharest』とPV集を一つ、以前から所有していたのである。

 このライブはもともとHBOで放映されたもので、私はそれをたまたま部分的に観たのだが、色んな意味で強烈なインパクトがあった。特に驚嘆したのは踊り、というかこの人の動きそのものである。一挙手一投足、あらゆる動きが完璧に計算され、訓練されている。コンサートのあらゆる瞬間において、マイケル・ジャクソンの指先からつま先までどこを取っても完璧な絵になっている。全身の筋肉と神経が常に観客の視線を意識しているわけだ。異常である。「ぼくはマシーンだ」というマイケルの言葉は決して誇張ではない。

 曲ごとにダンスの種類も変わり、『スリラー』みたいなキメキメの振り付けがあるかと思えばさりげなくリズムを取りつつ歌う、みたいな曲もある。しかし先に書いたように、あらゆる動きがサマになっている。キメキメの踊りより、むしろさりげない動きで彼の凄さが分かる。たとえば『ヒール・ザ・ワールド』というバラード曲では、一人でひらひら舞うように動きながら歌うが、そのリラックスした動きの美しさは百戦錬磨のバレエダンサーのようだ。思わず見とれてしまう。ちなみにこの曲では歌い踊るマイケルをのせたステージがどんどん上昇していくという演出がなされていて、かなり感動的だ。

 が、最大の見所はなんといっても『ビリー・ジーン』である。これもソロ・ダンスだが、もうこの曲でのこの人の動きには唖然とするしかない。一体こいつの体はどういう仕組みになっているのか。もちろんムーン・ウォークもここぞとばかりに連発される。

 さて、ついダンスにばかり注目してしまうが、歌も意外とうまい。口パクの曲ももちろんあるが、ちゃんと歌っている曲も多い。これを見る前は踊りがメインで歌なんてほとんど歌っていないんだろうと思っていた。それから舞台演出がとにかく凝っていて、一曲ごとに異なる趣向が凝らされている。曲の合間に新体操のダンサーみたいなのが出てきてしばらく踊ったり、世界中の民族衣装を着た子供たちが大勢出てきたりする。

 びっくりするのが観客の熱狂ぶりで、まあすごいのなんの。しょっぱなから失神者続出、みんなぼろぼろ泣いている。大の男がおいおい泣くのである。完全に情動失禁状態だ。異様である。ファンは怒るかも知れないが、あれは感動的というより不健康な気がする。逆に終盤になっても笑いながらキャーキャー騒いでいる少女が映ったりすると、その健全さにホッとする。こういう子は精神が強靭なのだろう。

 まあこれは音楽のコンサートというより巨大なショーであって、それに文句を言うつもりはない。金もかかっていて、スタッフも一流、最高技術が結集しているには違いない。マイケル本人のパフォーマンスはさっき書いたとおり神業の域である。が、それでも私はこれを最高のショーと呼ぶには躊躇がある。その理由はこのあざとすぎる演出である。

 たとえばジャクソン5時代をネタにして、マイケルの孤独感を演出する。マイケルはステージ上で泣き崩れる演技をする。それから女性客(というかサクラだと思う)がステージに上げられてマイケルと抱き合う。歓喜に震える女性客はすぐに引き離され、悲鳴を上げて暴れながら連れ去られる。マイケルは歌いながら哀しげにそれを見送る、という演出。なんだかなあ。これもまた不健康な印象を受ける。要するにキッチュと安直な「泣かせ」のてんこ盛りなのである。そしてもちろん観客はぼろぼろ泣き、情動失禁状態となる。

 最後、マイケルは背中にしょったロケットで宙を飛び、ステージを去る。よく見れば分かるが、あれは偽者である。マジックの要領で、ヘルメットをかぶった直後に入れ替わっているのだ。観客は最後の部分しばらく、マイケルの替え玉に声援を送っていることになる。なんでそんなことをするのだろう。よく考えればマイケル本人があんな危険なことをするわけはないのだが、だったらロケットで飛び去るなんてしなければいい、と思うのは私だけか。偽者を使って派手なステージを演出するより、マイケル本人が普通に手を振って、笑顔を見せて去っていった方がよっぽどいいと思う。演出過剰である。

 まあそんなわけで、私はどうもこのショー全体からいびつな印象を受ける。先に「色んな意味で強烈なインパクトがあった」と書いたのはそういう意味もある。もちろんマイケルのパフォーマンスはすごいし、見ごたえはある。こんなショーはマイケル・ジャクソンにしかできないだろう。ただ私としては、やっぱりアーティストが純粋に音楽を聴かせることに専念したコンサートの方が好きだ。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿