アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

脱走と追跡のサンバ

2012-08-26 22:44:05 | 
『脱走と追跡のサンバ』 筒井康隆   ☆☆☆☆☆

 筒井康隆初期の名作を再読。私が最初にこれを読んだのは小学生の時で、はっきり言って意味が分からない部分が多かった(特にセックス絡みの部分)。しかし頭をぶん殴られたような衝撃は今でもはっきり覚えていて、小説とはこんなとんでもないことが出来るのかと驚愕したものだ。これは今読んでも変わらず、稀に見る異形かつ強力な小説だという評価は私の中で揺らがない。

 とにかくあらゆる意味で常軌を逸した小説で、奇書と言ってもいい。この頃の筒井康隆はまだドタバタSFと言われていた頃で、この小説もそのフォーマットを利用しつつ、シュールレアリスムに限りなく接近した作品世界になっている。本書の主人公は筒井作品ではおなじみの「おれ」で、「おれ」はSF作家として生きる「この世界」で情報による呪縛、時間による束縛、空間による圧迫に苦しみ、「この世界」は実は贋物の世界で、以前「おれ」がいた本物の世界から誰かに騙されて連れてこられたのだ、と考える。そして以前自分が謳歌していた自由を取り戻すために、「この世界」からの脱走を決意する。如何にして脱走するか。逆もまた真なり。情報による呪縛、時間による束縛、空間による圧迫から解放された時、「おれ」の脱走もまた成功しているのだ……。というわけで「おれ」は情報、時間、空間の本質を探り、その違和感の根本原因を突き止め、最終的にはこの贋物の世界から脱走するべく、アクロバット的ドタバタSF的かんじょれびっちょれ的行動を開始するのだった。

 というあらすじからも見て取れるように、この主人公「おれ」は筒井康隆自身のセルフ・パロディである。本書における「おれ」の行動は完全にリアリズムを逸脱していて、「情報」の章ではテレビ局に行って擬似現実の合わせ鏡=無限地獄の中を移動して回ったり、コンピューター女と情報について哲学的会話を交わしたり、「時間」の章では無限に隣接するパラレル・ワールドの中を飛び回ったり、「空間」の章では宇宙を自我で包み込もうとしたりする。筒井康隆特有のデフォルメとドタバタがジャリやヴィアンを思わせるシュルレアリスムにまで接近していて、その悪夢的な迫力はただ事ではない。

 異常なストーリーを異常な言語感覚がさらにブーストさせる。筒井康隆の文体は熱っぽい饒舌体と乾いた簡潔さが同居する独特のものだが、本書ではその饒舌体が最大限に発揮され、まさに熱狂的饒舌というべき特異な文体が駆使されている。同じフレーズが何度も繰り返されるのも特徴で、たとえばそのようなキーフレーズとしては「時間流は岩を噛んで逆流し、ある時はたゆたい、その流れに身をゆだねる秩序を混乱させ、無意味な時刻に無意味な時を告げて、妊娠したり百日咳にかかる」とか、「いわば蒼白きインテリ、あまり頭が良くないためうだつがあがらず、いつも科学研究所の片隅にちぢこまっている万年助手」などがあるが、こうしたリズミカルな言語感覚は、筒井康隆が小説だけでなく演劇のバックグラウンドを持っていることに関係していると思われる。登場人物たちはみな極端な演劇的身振りと物言いを特徴としていて、筒井流ドタバタ劇の強靭なダイナミズムを生み出している。以前、日本のSF界で筒井エピゴーネン的なハチャメチャSFが一時期はやったこはとがあるけれども、こうした強靭さを欠いたハチャメチャはただの白々しいデタラメでしかなく、筒井康隆並の悪夢的迫力を持ちえた作品は(私の知る限り)ほとんどなかった。

 その他にも「ナスビの如き殺意」とか「性病的にいまわしい別の世界」のような独特のメタファー、あるいはびびんちょ川、大部分天文台、本質テレビ、全然ビルなどのネーミングにも筒井的言語感覚は遺憾なく発揮されており、本書のシュールで抽象的な世界の構築に一役買っている。

 それから登場人物の配置と小説全体の構成も凝りに凝っていて、そういうことからも本書が当時の筒井康隆のテクニックとアイデアのすべてをぶちこんだ集大成的作品として構想されたのは間違いない。主要登場人物はおれ、正子、尾行者の三人。正子は「おれ」を「この世界」に連れ込んだ首謀者と思われる人物であり、「おれ」とは親密な関係にあるのだが、実際のところ彼女が「おれ」の恋人なのか妻なのか母親なのか娘なのか判然とせず、そのどれでもありまたどれでもないような設定になっている。尾行者は「おれ」を尾行する探偵だが、いつもみどり色の背広を来ているこの人物が「おれ」のオルター・エゴであることは途中から明らかになる。この尾行者は「おれ」とは逆に、かつて居心地が悪かった「あの世界」から「この世界」にやってきたことに心から満足しているのである。

 構成について言うと、本書は大部分が脱走者たる「おれ」の一人称記述になっているが、途中に尾行者である「わたくし」による報告書が挿入される。「マリンバによるインテルメッツォ」と「ティンパニによるインテルメッツォ」の二章だが、この尾行者の神経症的レトリックで記述される報告は抱腹絶倒である。ただ面白いだけでなく、この尾行者もまた極端な身振りと台詞回しを特徴とする演劇的なキャラクターであり、キートンやマルクス兄弟が視覚で繰り広げた不条理な世界を言語に移し変え、さらにデフォルメしたような痙攣的エピソードを果てしなく演じ続ける。私は読者にこのような感覚をもたらす小説を他に知らない。

 それからまた、筒井康隆という作家が持つニューロティックかつ主知的な感性は本書でも遺憾なく発揮されていて、日本の小説にありがちな情感とか抒情性というものは徹底して排除されている。その代わりに氾濫するのはパラドックスやパラレルワールド理論であって、特に「時間」の章の後半、「おれ」が井戸時計店に行ってX1, X2, X3,...そしてY1, Y2, Y3,....の「おれ」や尾行者と繰り広げるドタバタ劇はロジカルな騙し絵としかいいようがなく、圧巻である。筒井康隆の場合、ドタバタ精神や批評精神が抒情性の代わりをつとめているのだが、さらに凄いのはそれらをとことん突き詰めていった果てに、あらためてある種の抒情が顕れてくるところである。それはいわゆる浪漫主義的なものとはかけ離れた、どこか索漠とした、宇宙的な、戦慄すべき抒情である。この小説は本編の終結部でなんとヘミングウェイ「キリマンジャロの雪」の冒頭の一節に繋がるという離れ業を見せるが、初めてこの部分を読んだ時、私は異様な感動に襲われたことを告白しなければならない。

 それから本編が終わったあとには「ボサ・ノバによるエピローグ」がついていて、キリマンジャロの「神の館」にまで昇りつめた読者をクールダウンさせてくれる。まったく至れり尽くせりだが、その中で作者はこの小説そのものをパロディ化して見せる。また、ここで「おれ」が書く「ドビンチョーレについて」というナンセンスな原稿は、当時SF界を席巻していたニューウェーヴ論を意識しているのは有名な話だ。

 とりあえず、すさまじい小説としか言いようがない。文章は難解でなく読みやすいし、ギャグも連発で優れたエンターテインメントでありながら、全体としては超異様な世界、おそらくは世界の幻想文学でも類を見ない唯一無二の世界を現出させている(他にこんな小説があったら教えて欲しい)。しみじみした情感とか、泣ける結末とか、人生いかに生くべきかとか、癒しとか、そういうものとは一切無縁の、文学的眩暈そのもののような小説である。
 


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4 コメント

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初めて筒井康隆の本を読みました (reclam)
2013-08-30 17:01:55
小説に対して段々面白さを感じなくなっていたところ、そういえば以前ego_danceさんが褒めていたな、と思いこの本を読んでみました。そして、ひさびさに面白い本にめぐり合えました。紹介してくれてありがとうございます。

感想としては、語っている事はめちゃくちゃなのに、読んでいる間は引き込まれるように楽しい気分にさせてくれるすばらしい本でした。
この小説の驚異的な言語感覚、小説の表現は自由だと証明するようなドタバタぶり、エンタメとしての読みやすさは、まさに天才の仕事というべきものだと思いました。

また、この本は小説を読み始めた小さい頃に読みたかったという少し残念な気もします。そうすれば人生が少しだけ変わっていたかも。小学生の頃に読んで衝撃を受けたego_danceさんがうらやましい(笑)。

とりあえず、筒井康隆の本をぼちぼち読み始める事にしてます。と言ってもサンバしか読んでいないので、数多くの筒井本のなかで、これは読んでほしいといったものがあれば教えてくれるとうれしいです。

余談:9月にはタブッキの文庫「夢のなかの夢」と単行本「いつも手遅れ」が発売される予定です。気長に感想を楽しみにしています。
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筒井康隆 (ego_dance)
2013-09-01 00:49:23
拙レビューがお役に立ってこんなに嬉しいことはありません。『脱走と追跡のサンバ』は唯一無二の作品で、筒井康隆でも似たようなものはないと思いますが、他のおススメとしては、『夢の木坂分岐点』『ヘル』『敵』『ダンシング・ヴァニティ』『パプリカ』(それぞれ感じが違うので拙レビューご参照。「筒井康隆」で検索いただければ出てきます)、それから『旅のラゴス』あたりでしょうか。

これらを円熟作とするならば、ぐっと実験性の強い尖った作品は『虚航船団』『朝のガスパール』『虚人たち』。上を読んで、もっと実験的でもいけると思われたらおススメします。

これらは後期ですが、初期では『家族八景』『七瀬ふたたび』『エディプスの恋人』の七瀬三部作、『俗物図鑑』『大いなる助走』などが面白いです。初期なので風刺色が強くエンタメとしても読め、かつ毒気たっぷりです。

それから短編集では『バブリング創世記』『薬菜飯店』『夜のコント・冬のコント』が特に粒よりだと思います。グロOKなら『宇宙衛生博覧会』も凄いですが、服用には注意が必要です。ただ最近はテーマ毎に編みなおした短編集なども出ているようで、そっちはよく分かりません。短篇「走る取的」「乗越駅の刑罰」は伝説的名作なので一読をおススメします。

ところでタブッキの『いつも手遅れ』は、今から愉しみでたまりません。これから未訳作品が順々に翻訳されることを期待しています。
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Unknown (reclam)
2013-09-02 17:49:14
筒井康隆について色々教えてくださってありがとうございます。うーむ、薦められた各作品の丁寧なレビューを見ると、どれも面白そうな本ばかりだと分かりました。とりあえず、各作品を拾い読みしてみて、読む本を決めようと思います(財布の金が...ハハハ)。

ある作者を発見し、その多くの作品を前にしてどれを次に読もうか楽しみながら迷う時間。それはとても贅沢かつ幸福な時間である事を意識しつつ、読書を楽しむ今日この頃であります。
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Unknown (ego_dance)
2013-09-09 10:21:13
筒井康隆の傑作群をこれから読めるreclamさんが羨ましいです。じっくり楽しんで下さい。
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