アブソリュート・エゴ・レビュー

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Moving Pictures

2008-03-19 17:42:34 | 音楽
『Moving Pictures』 Rush   ☆☆☆☆☆

 カナダのロック・トリオ、ラッシュ中期の最高傑作、そして一番売れたアルバムがこれ、『Moving Pictures』である。

 ラッシュはツェッペリンのコピーから始まり、ギタートリオの癖してプログレ的な大作主義に傾倒し、『2112』や『神々の戦い』をリリースした。これが初期。『神々の戦い』で大作主義に疲れ、『Permanent Waves』でコンパクトな曲路線に方向転換し、歌詞の内容もSFや神話から脱却して現代文明批判的なものになる。そしてその路線がさらに極められたのがこの『Moving Pictures』である。この後ラッシュは現代文明批判をコンパクトな曲に載せて歌うというスタンスは変わらないものの、サウンド的にはシンセサイザーやシーケンサーを導入した複合的なものに大きく変化していき、ソリッドなリフ主体の明快な幾何学性を特徴とするサウンドは本作が頂点、そして最後となる。

 一番ラッシュらしいサウンドってどんなの、と言われてラッシュ・ファンが思い浮かべるのはおそらくこのサウンドに違いない。この『Moving Pictures』のサウンドはそれほどに独特で、明快で、ワンフレーズ聴いただけでラッシュと分かる文字通りのシグニチャ・サウンドである。手数の多い技巧的なドラム、メロディアスに歌いまくるベース、シャープなギター、ハイトーンで個性的なヴォーカル。曲の調性はメジャーかマイナーかはっきり分からない部分が増え、変拍子が多く、ドライで、明るく、情緒的というより理知的、にもかかわらずキャッチー。演奏は常にテンションが高く疾走しており、ルーズさなんてかけらもない。

 ラッシュは昔からメロディアスで印象的なリフをジグソーパズルのように組み合わせて曲を作っており、その方式を徹底的に活用したのが『2112』や『神々の戦い』といった複雑な組曲だったのだが、それを経由してまたコンパクトな曲作りに戻ったことにより、明らかに楽曲組み立ての自由度が増し、手法が洗練された。それは前作『Permanent Waves』を聴けば明らかだが、それが更に進化したのが本作である。インタビューによると、ラッシュは『Permanent Waves』の後にライブアルバムを出す予定だったが、新しい曲を作りたいという創作意欲がバンド内に高まっていたために予定を変更してもう一枚スタジオ・アルバムを作成することにした、それがこの『Moving Pictures』だそうだ。そんな時にできたアルバムが悪かろうはずがない。バンド内のクリエイティヴなパワーがよっぽど高まっていたのだろう。

 そしてそれはこのアルバムを聴くと嫌になるくらいよく分かる。どの曲もキャッチーで明快、幾何学的なリフの組み合わせで出来ているが、構成やリフがお互いに全然似ていない。どれもこれも完全にラッシュ節でいながらオリジナルだ。そして曲の展開がまた悠々自在。たとえば『Tom Sawyer』、中盤ゲディが弾く7/8拍子のシンセのフレーズからギターソロへと展開していくが、それまでは8/8拍子の曲がこのフレーズが出てきた瞬間に7/8拍子に変化する、しかもそれが完全に自然に聞こえる。あるいは『Limelight』。誰が聴いてもとってもメロディアスでキャッチーなこの曲、演奏してみるとイントロ7/8拍子、歌が入ると3/4拍子と4/4拍子が交互に入れ替わりながら進行するという恐ろしい構成になっている。けれどもそれがまったくナチュラルにメロディアスに聴こえてしまうから凄い。変拍子だけではない。『The Camera Eye』は11分と一番長い曲のくせに曲の大部分が二つのコードだけで進行していく、にもかかわらずリフやアレンジはどんどん変わっていくし、インスト曲『YYZ』はユニゾン、ギターのテーマ部、ベースとドラムの短いソロの応酬、そしてシンセサイザーによる印象的なブリッジと曲の表情がめまぐるしく変化する。

 なんといっても驚きなのは、このアルバムを聴くとギター、ベース、ドラム、ヴォーカル、シンセサイザー、鳴っているすべての音が同じベクトルを向いてひとつの美意識で貫かれているように感じられるところだ。メンバーがたった三人ということもあるのだろうが、まるでたった一人の万能の演奏家がすべてを創造したような印象すら受ける。このドラムにはこのベース、このベースにはこのギター、このギターにはこのシンセサイザー、そしてこのサウンドにはこのヴォーカルしかあり得ない、と感じさせられるのだ。ラッシュは決して誰か一人がすべてをしきっているバンドではない、三人のバランスは完全に拮抗しているし、特にこのアルバムではそう感じられる。にもかかわらずこの統一感。三人の間によっぽどすさまじいケミストリーが生じていたに違いない。

 ラッシュは複雑な曲構成と理知的なムードで、叙情性を好む日本のロック・ファンには今ひとつ受けが悪いようだが、基本的には明るくキャッチーなメロディ重視のバンドである(特にこの『Moving Pictures』の時期は)。スリリングな演奏はフュージョン・ファンにもアピールするものがあると思うし、みんなもっとラッシュを聴こうじゃないか。


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