アブソリュート・エゴ・レビュー

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男はつらいよ 望郷篇

2008-03-17 22:08:24 | 映画
『男はつらいよ 望郷篇』 山田洋次監督   ☆☆☆☆

 シリーズ5作目。3作目と4作目は監督が違うので、山田洋次監督の『男はつらいよ』としては『男はつらいよ』『続・男はつらいよ』に続く三つ目ということになる。

 本作の目玉は、マドンナ(長山藍子)、マドンナの母(杉山とく子)、マドンナの恋人(井川比佐志)が、TV版『男はつらいよ』のさくら、おばちゃん、博の役者達ということである。つまりTV版と映画版のレギュラー総出演というわけだ。実にゴージャスな企画。が、私はTV版を観たことがないのでありがたさを実感することができない。TV版を観てからこれを観ると感慨ひとしおだろう。TV版観たいなあ。

 最初の二作のテンションはトーンダウンし、落ち着いてきているものの、それぞれのシーンがとても丁寧に、趣向を凝らして作られている。前半はヤクザな渡世人の末路を描いて結構重い。昔は派手に鳴らした親分が、今じゃみすぼらしい病室で死にかけている。昔めかけに産ませた息子に会いたいと涙を流すが、息子は「身勝手過ぎる、ぼくに父親はいません」と結局会いに行かない。北海道を機関車が走るシーンなど映像にも重厚感がある。そして落ち込んだ寅は額に汗して働くことを決心し、柴又に戻ってくる。ここからはこれまでの暗さを吹っ切るように明るいコメディ・シーンが続く。とらやのみんなで寅にふさわしい仕事を考える、タコ社長の工場で働くことを決心する、みんなに断られて挫折する。そして何と、寅はボートにふて寝したまま江戸川を流されて行ってしまう。

 ところでこの映画ではさくらが妙に自己主張が強い。いつもはとらやのみんなから一歩引いている感じなのに、本作では前に出てくる。かなりきつく寅を叱るシーン(博がそこまで言わなくても、と止める)があるし、寅が地道に働く宣言をした時も、困惑するおいちゃんやおばちゃんを尻目にひとりではしゃいでいる。最初に登場するシーンもおいちゃんの肩をもんだり笑ったり、いつもよりテンションが高い気がする。服装は初期シリーズの例に洩れずミニスカートで、終盤は浴衣姿を披露。さくらファンにはたまらんぞ。

 さて、江戸川を流されていった寅さんはいつの間にか浦安の豆腐屋で働いている。働くようになった経緯は不明。豆腐屋の娘が長山藍子なので、今回は寅がマドンナに一目ぼれするシーンはないことになる。ところで長山藍子は、DVDのパッケージ写真では着物を着て「おばちゃんか?」と思うくらい老けて見えるが、映画の中では着物じゃなく全部洋服、しかもさくらと同じようにミニスカートだ。すらっとしたナマ脚のせいか色が白いせいか、かなりなまめかしい。このパッケージ写真はちょっとひどすぎるが、一体どこから出てきたんだろう。

 しかしマジメに働く寅さんの姿は新鮮。結構サマになってる。だからこそお約束の失恋が辛い。それに今回のマドンナの仕打ちはかなり残酷だ。寅に「いつまでもお店にいて」と頼むのだが、隠れて見ていた源公が言う通り、あれはどう見てもプロポーズである。しかし実際は、自分が恋人と結婚して店を継がずにすむように寅に頼んだのだ。ひどい。最後にそれを知った寅、無理矢理笑いながら「だって全然知らなかったもの。せっちゃんも言ってくれなかったし。ボク、何だか三枚目みたい」これはかわいそうだ。みんなで和気藹々食事する中で失恋するというのも新趣向。一番辛いところで寅は笑い続けないといけない。ひとり源公だけが、息を呑んで寅の顔を凝視している。

 マドンナが寅に思わせぶりをするのはいつものことだが、長山藍子のセツコはプロポーズまがいのセリフを言ったり(しかも妙に恥ずかしがりながら)、かなり激しい。このシーンでは、寅に顔を寄せてキスするように見えたりもする(実は蚊を叩こうとした)し、ミニスカートからのびるナマ脚をカメラがずっと映していたり、かなりエロいぞ、このマドンナは。

 ちなみにマドンナの恋人役の井川比佐志はTV版の博だが、寅が彼のことを「博に似ている」と言うシーンがある。

 結局寅は豆腐屋を黙って辞め、とらやからまた旅立っていく。他の初期作品に比べると、本作の寅の行動は割とまともで、「自業自得」とはあまり思えない。最初とらやに帰ってきてケンカする場面も、悪いのは「おいちゃんが死にそうだ」なんてタチの悪い嘘をついたおいちゃん・おばちゃんの方で、寅は心から心配して帰ってくるのである。寅が地道に働く姿も結構似合ってて、本当に汗と油にまみれて働いているし、失恋についてもあれはマドンナの仕打ちがひどい。それまでひたすら厄介者、愚か者だった寅だが、本作では「いい人」的要素が出てきている。

 マドンナの登場から失恋までが短いため、恋愛部分についてはこじんまりした印象を受けるが、バランスの取れたいい作品だと思う。


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