アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

もっと厭な物語

2016-09-08 22:23:41 | 
『もっと厭な物語』 ☆☆☆★

 ニュージャージーにある旭屋書店で見かけて、ふと購入したアンソロジー。『厭な物語』というアンソロジーの第二弾のようだが、『厭な物語』は未読。タイトル通り、古今東西の後味が悪い短篇を集めたものである。前に『居心地の悪い部屋』というアンソロジーをご紹介したことがあるが、あれと似た趣向だ。収録作品は以下の通り。

 夏目漱石「『夢十夜』より 第三夜」
 エドワード・ケアリー「私の仕事の邪魔をする隣人たちに関する報告書」
 氷川瓏「乳母車」
 シャーロット・パーキンズ・ギルマン「黄色い壁紙」
 アルフレッド・ノイズ「深夜急行」
 スタンリイ・エリン「ロバート」
 草野唯雄「皮を剥ぐ」
 クライヴ・バーカー「恐怖の探究」
 小川未明「赤い蝋燭と人魚」
 ルイス・バジェット「著者謹呈」

 『居心地の悪い部屋』が全般に現代文学的というか、手法やテーマのどこかに実験性があったのに対し、こちらは純文学からエンタメまで、古典から現代までと幅広い。全体を総合した印象はどちらかというエンタメ寄りだ。でもって、やはり白眉は「皮を剥ぐ」と「恐怖の探究」だろう。分量的にも内容的にもこの二篇がハイライト、厭な度合いもマックスである。もう、すっげえイヤ。「皮を剥ぐ」なんてタイトルからして実にイヤだが、読むとますますイヤになる。要するに生理的嫌悪感に訴えかけてくる短篇である。ただし、ただ悪趣味なだけではなく(悪趣味であることは間違いないが)技巧もしっかりしている。読者の不安感を煽り、だんだんエスカレートさせていく。ネタバレしないように内容の紹介はしないが、一体何の皮を剥ぐのだろうと気になっている人のためにそれだけ教えておくと、犬の皮を剥ぐのである。しかし、まだその先がある。グロいのも大丈夫ですという人は読んでみるといい。

 「恐怖の探求」も不気味な一篇で、要するに人間の恐怖を研究するために他人を監禁拷問する話である。怖いというより病的で気持ち悪い。これは完全なエンタメである。

 その他、エドワード・ケアリーは『望楼館追想』 の作者で、短篇は初めて読んだがやはり人工的でアンリアリスティックで、その癖カラっとせず妙にねっとりした作風は同じだった。「黄色い壁紙」はアンソロジー『淑やかな悪夢』で既読。あらためて読んでも異様な迫力があって、書き手が精神異常に向かっていくような、心のバランスを崩していくような不気味さだ。氷川瓏の「乳母車」は小品だが、冷たい幻想美を湛え、これはイヤというより読者に耽美な慄きを与える一篇である。

 同じく夏目漱石の「第三夜」も小品だが、これは不気味な夢の趣き。イメージを展開していく構成がうまいなあ、と思いながら読んだ。スタンリイ・エリンの「ロバート」はサイコパス的な子供の話。そして素晴らしかったのは小川未明の「赤い蝋燭と人魚」。人魚の童話らしい始まりで、これがどう「厭」になるのかと思いながら読むと、確かに凄絶といってもいい結末を迎える。ただし基調にあるのは嫋々たる哀れの情緒である。ひたひたと迫る情緒と残酷童話の辛辣な味が一体となって、見事に美しい読後感に結実する。逸品だと思う。

 総合するとまあまあのアンソロジーだった。バラエティに富み過ぎているところが散漫な印象にもつながっていて、個人的には、もう少し収録作に統一感を持たせてもよかったんじゃないかと思う。



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