アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

A Song for You

2008-11-23 21:53:54 | 音楽
『A Song for You』 Carpenters   ☆☆☆☆☆

 カーペンターズといえば昔ヒット曲を連発したポップス・デュオ、というイメージでなんとなくベスト盤を持っていれば充分と思われがちなアーチストであり、また実際似たようなベスト盤がこれでもかと大量発売されているが、優秀なコンポーザー兼アレンジャーであるリチャードを擁するこの職人的ユニットの真価は、やはりオリジナル・アルバムを聴かないと分からない。そしてオリジナル・アルバムでいうと彼らの絶頂期はこの『A Song for You』そして『Now & Then』の頃ということになるが、個人的にはこの『A Song for You』の方が代表曲「Yesterday Once More」を収録した『Now & Then』より出来がいいと思うし、好きである。

 『Now & Then』は「Yesterday Once More」を全体のキー曲とし、後半にオールディーズ・メドレーを配した甘酸っぱい構成が泣かせるが、ある意味企画モノ的であり、また多忙で時間が足りなかったというだけあってアレンジも今ひとつ詰めが甘い気がする。その点、この『A Song for You』は一曲一曲の完成度が異常なまでに高い。そして全体の構成も見事だ。ベストアルバム並みにずらり名曲が並ぶ前半を経て、アカペラの「Intermission」、緻密なアレンジとピアノで聴かせるファンタジー映画のサントラみたいな「Flat Baroque」、リチャードが歌う演劇的な「Piano Picker」、などがアクセントとなる中間部を経て、再びカーペンターズの真骨頂を聴かせる名曲連発の後半へ。そしてこのアルバム全体を「A Song for You」が包み込む、という体裁だ。

 タイトル・チューンの「A Song for You」はレオン・ラッセルの曲だが、このカーペンターズ・バージョンはあまりにも美しく、とても涙なしでは聴けない。ストリングス・アレンジ、コーラス・アレンジ、演奏、そしてカレンの歌唱とすべてが完璧だ。一回目のサビが終わって静かになり、サックス・ソロの途中からストリングスが入ってきてからの盛り上がりの甘美さを見よ。そしてカーペンターズ・ファンなら誰しも、この歌詞をカレン・カーペンター自身と重ねずにはいられないだろう。カレンは歌う。「私の人生が終わった時/私たちが一緒にいたことを忘れないで/私とあなたは二人きりで/私があなたにこの歌を歌ってきかせたことを」

 「Yesterday Once More」が『Now & Then』のいわばテーマ曲だったように、「A Song for You」がこのアルバムのテーマ曲なのだが、今となってはこの曲はカーペンターズそのもののテーマ曲のように思えてしまう。そして拒食症という病で短い生涯を閉じたカレンは、あまりにも潔癖で美しく、この世ならぬものに憧れ続けたカーペンターズの音楽に殉じたように思えてしまうのである。

 このアルバムで聴けるカレンの歌唱とコーラスはいつものように端整きわまりない。清涼感に溢れ、知的で落ち着いていて、決して感情を露にしない。そしてその透明感にもかかわらず、カレンの声は決して高くない、むしろ女性としてはかなり低い。男性でもちょっとキーが高ければ同じ音程で歌えるほどだ。彼女の声が実に聴きやすく、耳に優しいのはこの音域にもあると思う。

 そして名曲揃いの本作を聴き通してカーペンターズの美しさにうっとりしていると、終盤「Crystal Lullaby」から「Road Ode」に続いた後、間髪入れずにハープの音がかぶさり、まるで虚空の果てから舞い降りてくるように「A Song for You」のリプライズがフェード・インしてくる。何度このアルバムを聴いても、私はここで感動のあまり鳥肌が立ってしまうのである。


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