アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ROMANTIQUE

2015-01-14 17:41:08 | 音楽
『ROMANTIQUE』 大貫妙子   ☆☆☆☆

 大貫妙子4枚目のソロ・アルバム。いわゆる「ヨーロッパ三部作」の一作目であり、前作『MIGNONNE』の制作後「もう音楽を仕事にするのはやめよう」とまで思いつめ、二年間沈黙した大貫妙子が再生し、いわばアーティスト・大貫妙子として開眼した記念碑的作品である。実際に歌い方もはっきりと変化し、彼女自身が心理的な変化があったこと、この作品で自分の居場所を見つけることができたことなどを語っている。

 『MIGNONNE』も決して悪くはないけれども、『ROMANTIQUE』と聴き比べてみるとまだ「プレ大貫妙子」だという感じがする。歌い方とソングライティング、両方の面でそうだ。その後の大貫妙子のイメージといささかギャップがあるのである。そういう意味でも、アーティスト・大貫妙子が真に開花したのはこの『ROMANTIQUE』だといっていいと思う。

 このアルバムにはその後彼女のレパートリーの中でスタンダードとなっていく曲が多い。ぐうの音も出ない名曲としては「雨の夜明け」「若き日の望楼」「新しいシャツ」の三曲、加えて「ふたり」「蜃気楼の街」などヨーロッパ映画を思わせる傑作が収録されている。ちなみに「蜃気楼の街」はシュガーベイブ時代の曲のリテイク。それからアルバム全体のアレンジャーとして坂本龍一と加藤和彦がクレジットされていて、「雨の夜明け」「若き日の望楼」「新しいシャツ」は坂本龍一編曲、「ふたり」「蜃気楼の街」は加藤和彦編曲である。

 坂本龍一編曲の曲では、演奏者として坂本龍一自身、高橋幸宏、細野晴臣、大村憲司とYMO組が全面参加しているが、テクノ色が濃いのは冒頭の「CARNAVAL」だけで、他はピアノやストリングス(シンセサイザーによる)が主体のオーソドックスな、ヨーロピアンなポップス風アレンジとなっている。この感触は加藤和彦編曲の楽曲でも同じで、全体の統一感は損なわれていない。もともとそれがコンセプトとしてあったアルバムなのだけれども、その結果「CARNAVAL」だけがかなり異質な曲となっていて、まるでYMOと大貫妙子の競演といった趣きだ。私はそれほどこの曲が好きなわけではないが、このサウンドは都会の空虚なお祭り騒ぎという歌詞の内容とぴったりで、大貫妙子の声のデカダンな響きが耳に残る。

 大貫妙子の日本人離れしたヨーロッパ的な感性は、5作目『Cliche』でアレンジャーとして映画音楽を手がけるジャン・ミュジーを起用したことにより更に純化され、同アルバム中のピアノとストリングスによる「憶ひ出 (memoire)」や「夏色の服」などは、もはやフランス映画のサウンドトラックとしか思えないスケール感である。また『カイエ』には、「若き日の望楼」がフランス語の歌詞で、さらにしっとりしたストリングス編曲で収録されている。

 大貫妙子の真骨頂はこのあたりだという意見もあるだろうし、私も以前はそう思っていたが、最近ではこの『ROMANTIQUE』の方が良いと思うようになった。大貫妙子のヨーロピアンな感性が全開になりキラキラ光る木漏れ日に包まれているような『Cliche』『カイエ』ももちろん良いのだが、そうした感性がオーソドックスなポップス・アンレジと同居し、キッチュとデカダンとエレガンスが渾然となった『ROMANTIQUE』には、何物にも変えがたい魅力があると思うからである。

 次の『AVENTURE』も同じ傾向のアルバムだけれども、一曲目の「恋人達の明日」に顕著なように、全体の印象はより明るく、陽性である。同じヨーロッパでも地中海的な、明るい日差しを感じさせる曲が多い。『ROMANTIQUE』の方が翳りがある。陰影に満ち、はかなく、デカダンスの香りがする。

 私が大貫妙子のアルバムで『ROMANTIQUE』を一番よく聴くのは、そのあたりの理由によるものだ。



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