アブソリュート・エゴ・レビュー

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The Brave One

2008-09-29 22:34:14 | 映画
『The Brave One』   Neil Jordan監督   ☆☆☆

 DVDを買ってきて鑑賞。あまり予備知識はなく、ジョディ・フォスターが婚約者を殺されて復讐鬼となる、という話を聞いて派手なドンパチがあるガン・アクションものを期待したのだが、実際はかなりシリアスで重い映画だった。舞台はニューヨーク。ジョディ・フォスターと刑事役のテレンス・ハワードがいい演技をしている。微妙な感情の襞や、二人の共感が繊細なタッチで描かれていく。ジョディ演じるエリカが「処刑者」となってニューヨークの悪人どもを殺していく、というストーリーなので無論ノワールなバイオレンス・シーンにも事欠かないが、全体に静謐感のある映画だ。映像もスタイリッシュでクール。

 ニール・ジョーダン監督はブレイヴ・ワンというタイトルを説明して、復讐者となることに勇気は必要ない(それはむしろ怒りや憎しみが動機となる)が、心に傷を負って生きる気力をなくした人間がそれでも生きていこうとする、それが「勇気ある者」の意味だと言っている。ジョディ・フォスターもDVD特典のインタビューの中で「エリカの行動は間違っている」と断言している。だからのこの映画はエリカが処刑人となることを是としているわけでなく、彼女がそうならざるを得なくなった心の傷や、葛藤や、その立ち直りの苦難をこそ描こうとしているのだろう。私も犯罪事件に巻き込まれたことがあるので、犯罪被害者がどれほどのトラウマを抱えることになるかある程度は分かる。そしてジョディ・フォスターの演技はエリカの心の揺れを繊細に表現していて見事だと思う。

 しかしその意図は、娯楽アクションとシリアスなテーマの間で引き裂かれたように混乱した脚本と安直な結末で、ほぼ台無しになっている。エリカの婚約者を殺した連中は最後に見つかるがエリカは警察に嘘をつき(「犯人はこの中にはいないわ」)、自分の手で皆殺しにしようとする。とてつもなく現実離れした計画だが、冒頭エリカと婚約者が襲われるシーンが非常にむごらたしいだけに、観客はエリカがこの連中を一人一人射殺していく度に快哉を叫ばないわけにはいかない。最後の一人を殺す前に刑事が駆けつけ、エリカの復讐計画はここで頓挫するように見える。が、驚いたことに刑事はエリカが男を射殺するのを容認し、というかむしろ一旦は諦めたエリカに男を射殺するよう教唆し、自首しようとするエリカを止めて隠蔽工作をする。そしてエリカは罪に問われることなく、この物語から去っていく。

 どれほどエリカに感情移入している観客でも、この結末には戸惑うには違いない。これを映画のメッセージと考えるならば私刑の容認になってしまうからであり、ドラマツルギーの力学としては予期される悲劇(エリカの死、逮捕など)が成就されないからである。観客は十人中十人がエリカに共感し「こいつら全員ぶっ殺せ」と思っているその一方で、これが容認されない犯罪行為であることも知っている。だからエリカがこの復讐行為の代償として滅びる運命にあることを予感しているし、映画もテレンス・ハワードの刑事を通して彼女の破滅が近づいていることを予告している。が、結末に至って突然刑事はエリカの同調者となり、エリカは無罪放免となる。あまりに都合が良く、あまりに安易だ。映画制作者がエリカに同情してしまい、その神の如き特権を利用して物語の力学を捻じ曲げ、エリカを救済したとしか思えない。作者が登場人物に同情してどうする。溝口健二を見てみろ、登場人物を地の果てまでも追い詰めていくぞ。

 ところでニューヨークは危険な町だが、さすがにこんなに次々と犯罪現場に遭遇するのは非現実的過ぎる。途中からエリカは好んで危険な場所を徘徊するようになっているようだが、少なくとも雑貨屋の殺人と地下鉄の強盗は偶然だ。もしこんな人がいたらあまりにも不運である。そういうところにも脚本の甘さが感じられる。


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