アブソリュート・エゴ・レビュー

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機械じかけのピアノのための未完成の戯曲

2010-06-13 12:00:25 | 映画
『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲』 ニキータ・ミハルコフ監督   ☆☆☆☆☆

 日本版DVDで再見、最初観た時より更に評価上がる。これは相当な傑作ではなかろうか。原作はチェーホフ。

 夏の一日、ある邸宅に集まった人々の人間模様を描く悲喜劇で、時間と場所が限定されているところがとても演劇的。タイトルから連想されるようなシュールさや幻想性はなく、人生の悲哀やアイロニーを扱ったいかにもロシア文学的な作品で、丁寧な人間描写で見せる。スロースタートなので、いまどきの映画を見慣れた観客にはもどかしいかも知れないが、ぼんやり観ているうちにじわじわ引き込まれる。

 ある夏の日、没落貴族たちが未亡人アンナの邸宅に三々五々集まってくる。どうやらアンナの息子の結婚披露宴らしい。妻のサーシャを連れてやってきた田舎教師のプラトーノフは、新婦のソフィアがかつて心残りな別れ方をした恋人であることを知って驚く。おまけにややこしいことに、プラトーノフはアンナの愛人だった…というメインとなるプロットの他に、アンナに求愛する初老の男、やたらと貴族の優越性を力説する男、それに反論する金持ちの平民、急病の往診を断る医者、などが絡まってさまざまな人間模様を繰り広げる。

 最初はみんな礼儀正しく、快活に、社交的に振舞っているが、やがてそれぞれの関係、秘めた思い、嫉妬、憎しみ、破れた愛、幻滅などがチラホラ表に出てくるようになり、不穏さや気まずさが漂い始める。そして夜になると、薄暗い屋敷の中で溜め込んでいたものが一気に噴き出す。没落貴族の集まりなので、鬱屈も生半可じゃないのである。このあたりの表現は洗練されていて巧みで、ぞくぞくするほど面白い。これが本物の芝居というものか、と目から鱗が落ちる思いがする。これに比べたらそこらのTVドラマなんて四コママンガだ。ただしそれぞれの名前や人間関係などの詳しい説明がなく、役者の感情表現も微妙なので、特に最初の方は分かりづらい。この映画は何度か見ないと本当の面白さは分からないと思う。

 舞台はほぼアンナ邸に限定されているが、光溢れる夏の午後、豪雨、夜の薄暗い邸宅内、そして早朝の淡い光と画面が変化して飽きさせない。絵画的な情景の連続で、映像的にも魅力的だ。

 基本的に哀愁や、人生のやりきれなさみたいなものがベースになっているが、微妙にコミカルな味付けがあってひたすら深刻にならず、洒脱さがある。空気が重くなった時にひょいと息抜きのギャグが入る、そのさじ加減が達者だ。たとえばラスト近く、プラトーノフが自分の人生に幻滅するあまり叫びながら川に飛び込む。それを追って妻のサーシャが飛び込み、彼を慰め、あなたを愛していると告げる。プラトーノフは我に返り、涙ながらにサーシャを抱きしめる。感動的な場面だが、ここでプラトーノフが言う。「腰が痛い。飛び込んだ時に打ったみたいだ。この川がこんなに浅いとは思わなかった…」

 ちなみにタイトルの「機械じかけのピアノ」は、劇中ちょっとだけ出てくる自動ピアノのことである。

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