アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

第三の警官

2014-09-12 20:33:32 | 
『第三の警官』 フラン・オブライエン   ☆☆☆☆

 相当に荒唐無稽な、知的な遊びに満ち満ちた小説である。プロットは極端にシュールレアリスティックで、ちょっと他では見られないほど奇妙だ。主人公「わたし」は老人殺しの犯人で、共犯であるもう一人の男が金をネコババするんじゃないかと心配するところから物語は始まる。まわりの人々が語り草にするほど仲の良い二人と思われながら、実は金を一人占めされないよう監視するためにいつも一緒にいる、というのがまず笑える。その後金の隠し場所に行った主人公が突然名前を喪失し、三人の警官がいる奇妙な世界に迷い込む展開になる。

 三人の警官といってもそのうちの一人はいつも外にいて、みんなが寝ている真夜中に戻ってまた出て行ってしまうので姿を見ることができない。また、この世界では自転車と自転車人間が氾濫している。人間はいつも自転車に乗っているために自転車的に振舞うようになり、だんだん自転車人間になっていくのである。その一方で自転車はだんだん人間に似てくる。主人公が自転車を見て、だんだん自分ににじり寄って来ていると感じたりする。

 この奇妙な世界で主人公は素性を怪しまれ絞首刑にされそうになるのだが、このメインのストーリーと平行して、主人公が師事している思想家ド・セルヴィの論文が紹介される。これがまた堅苦しい文体で書かれながらきわめてふざけた内容で、たとえばド・セルヴィによれば、夜とは地球の自転によるものではなく一種の火山活動で撒き散らされる大気中の物質によるもので、非常に不衛生である。また、睡眠は一種の心臓発作であるとも彼は主張する。色々と奇妙な実験もしていて、鏡を二つ向き合わせてそこに自分の顔を映すと鏡像が無限に反復されるが、遠くに見える自分の顔は光の伝達速度のせいでだんだん若くなっていくことが確認された、と報告したりする。伝記的な事実も紹介されるが、ド・セルヴィはなぜか男女の区別がつかなかったらしく、自分の母親のことを「男の中の男」と呼んだ。

 かなり笑えるが、単なるベタなギャグではなく、ナンセンスなロジックやパラドックス、あるいはイメージの遊びを駆使したシュールレアリスティックな笑いである。そういう面白さは本編のストーリー中にもあり、典型的なのは警官の一人が作っている箱のエピソードだろう。彼は箱の中にそっくり同じだが少し小さい箱を入れる、その箱の中にもまたそっくり同じだが少し小さい箱を入れる、ということを延々繰り返している。最近作った箱のいくつかはもはや肉眼で見ることができない。

 とにかく奇妙な世界観で、ふざけまくっている。全身これ遊びとおふざけのみ、という趣の小説だ。ハラハラドキドキさせるというような通常のエンタメ要素はほとんどないので読者を選ぶと思うが、こういうシュールでナンセンスな奇想を好む人はかなり愉しめると思う。ある意味洒脱きわまりない小説で、てっきり現代文学だと思って読み終え、あとがきを読んで1960年代に書かれたことを知って驚いた。とんでもないセンスをした作家がいたものである。



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