アブソリュート・エゴ・レビュー

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男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎

2012-02-23 23:14:01 | 映画
『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』 山田洋次監督   ☆☆☆

 シリーズ第27作。マドンナは松坂慶子。大昔観たことがあるはずだがあまりよく覚えていないので、今回はじっくり鑑賞。

 その結果、なかなか評判がいい作品のようだけれども、私としてはそれほどとは思えなかった。とはいえ悪くもない、水準作である。今回もまた、マドンナと寅が相思相愛になるパターンだ。なんとなく、二作後の『あじさいの恋』にストーリーの構造が似ている。マドンナが寅さんに恋することに加え、男の女の関係にまで積極的に踏み込んで来ようとするところ、そして根性なしの寅が逃げてしまって破綻するところ、などが共通している。しかし『あじさいの恋』は傑作だったが、この『浪花の恋の寅次郎』はまだ荒削りだ。本作をブラッシュアップして『あじさいの恋』が生まれたような印象を受ける。

 物足りない理由は大きく二つあり、一つはとらやのコメディ場面がイマイチ冴えない。冒頭、寅の帰省直後の場面では、帰りが遅いタコ社長を心配して寅が江戸川沿いを捜し回り、結局酒を飲んていたことが分かって喧嘩になるのだが、寅が江戸川で社長のどざえもんを見たと思った、と言って身振り手振りでやる小芝居がわざとらしい。寅の小芝居は寅自身の思い入れがあってこそ活きるのだが、ここはただ笑わせようという意図しか見えず、珍しく失敗している。それから寅が大阪から帰って来て大阪弁を連発する場面も、なんだかボヨヨンという効果音がやたら耳について押し付けがましい。

 この作品で心から笑えたのは最後の、ふみが訪ねてきてからのとらやの団欒場面だけだった。しかし、この団欒場面では寅の失恋も(とらやの人々の面前で)決定的になるわけで、ここは笑いと切なさの両方が相乗効果を生む非常に傑出した場面となっている。

 それからもう一つの物足りない理由はより根本的な問題で、ふみと寅の恋愛にあまり真実味が感じられない。なぜか。寅はふみと瀬戸内海の島で出会い、ただちに恋に落ちる。これはいつものこと。今回異例なのは、ふみもまた寅と会った途端に寅に恋する、あるいは少なくとも、かなりの好意を持つことだ。それは最初の別れの場面からも明らかである。彼女と寅はお互いにいつまでも、相手が豆粒ほどになって見えなくなるまで手を振り続ける。あれはとても「いい人」「面白い人」程度の態度ではない。それに次に再会した時、ふみは「この人とまた会いたかったんよ!」と大声で喜びを表現するのみならず、自分から寅の手をとる。

 ちなみにふみさんというのはかなりスキンシップが激しい女性で、自分から手を伸ばして寅の手を握るということをたびたびやる。ふみさんが水商売の女性だということを考慮しても、かなり積極的だ。これが寅への好意の表現だとしたら、私には逆効果に思える。

 それからさらに、ふみは寅から預かった財布を愛おしそうに撫で、寅と夫婦に間違われてあからさまにうれしそうだ。そこまでするか、おい。

 あんな美人が寅に一目ぼれするわけがないと言っているわけじゃないが、それと物語の説得力はまた別の話だ。要するに、ふみの寅への気持ち、その感情の動きが見えてこないのである。

 『あじさいの恋』と比較してみよう。こちらでは、かがりの気持ちが丁寧に描写してあり、彼女が寅に惹かれていく過程が鮮やかに描かれている。まず最初は怪しげな見知らぬ男であり、よそよそしい態度。それから寅が風のように去っていく様を、不思議なものを見るように見送る。そして寅が彼女に履物をプレゼントした時、まず驚き、次にそっと(隠れて)喜ぶ。しかしこの時はまだ他に好きな男がいる。やがてその男に振られ、失意のあまり丹後に帰り、そこに寅がいきなり現れた時、彼女の心の中で寅への気持ちが確かなものになる。

 ところがふみは、寅と会ってたちまち恋に落ちる。そしてその後ずっとラブラブである。なぜか? 分からない。そういうことだってあるだろう、というだけじゃ弱いのである。
 
 その後も寅とふみのラブラブ度は変わらず、やがて旅館の寅の部屋で酔っ払ったふみが寅の膝で眠る場面に行き着く。ここでふみは明らかに、寅と結ばれることを期待している。それは翌日、寅に残した置手紙からも明らかだ。「私が泊まるのが迷惑だったら、車を呼んででも帰ったのに」。つまり、寅もそれを期待しているだろうと思ったからこそ、彼女は寅の部屋に泊まったのである。

 この、ふみと寅のラブ・ストーリーは、ふみの感情がずっと平坦に、そしていささかオーバーに表現されているが故に、あまり魅力を感じない。ふみが幼い頃に別れた弟を訪ねていくエピソードも悪くはないが、やはりちょっとメロドラマ的だ。  

 そして最後、ふみがとらやを訪ねてくる。この場面は、先に書いたように、それまでと打って変わって素晴らしい出来だ。寅が帰ってきた時、驚かしてやろうというとらやの人々の思いつきで隠れているふみが、ほんの一瞬見せる切ない表情、その後の寅のはじけっぷり、そしてふみが結婚すると知った後の落ち込み方、とらやの人々のリアクション。なんといってもケッサクなのは光男で、ふみの結婚が話題になってからずっと寅の顔を見続けているし、博にあっちへ行けと言われた後「私、ケッコンするの」とふみの口真似までしてしまう。光男役はこの作品から吉岡秀隆に交代しているが、これまでと違い、大人に混じって「演技」をすることができる彼の参画によって、とらやの団欒場面はますます充実していく。

 さて、こうして寅は失恋するが、この映画では最後に寅が結婚したふみを訪ねていくシーンがある。これは珍しい。ラストシーンに寅とマドンナが一緒にいるのも珍しく、私は他に『夕焼け小焼け』『ハイビスカスの花』しか知らないが、それだけじゃなく寅が人妻となったマドンナにわざわざ会いに行くというのが更に珍しい。そしてふみは、ここでもまた寅の手を握って涙を流す。どうやら寅への気持ちはまったく変わっていないようだが、これもちょっと不自然な気がする。それに、いくらなんでも亭主の前であのリアクションはないだろう。

 寅とマドンナがラブラブな感じになる作品はいくつかあるが、その中でも本作は「こっぱずかしいラブラブ度」において、個人的には相当上位に来る作品だ。松坂慶子は美人だし、なまめかしくていいんだけどね。

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