アブソリュート・エゴ・レビュー

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隠し砦の三悪人

2008-11-13 20:32:48 | 映画
『隠し砦の三悪人』 黒澤明監督   ☆☆☆☆☆

 日本版DVDを購入して鑑賞。昔見た時はイマイチかなと思ったが、今回見直して大幅に評価が上がった。

 『椿三十郎』『七人の侍』などの黒澤明最高傑作群と比べるとちょい落ちるかも知れないが、これはこれで充分傑作だ。『三十郎』や『用心棒』は最初に呈示された状況とルールのもと、緊密な構成をもって展開されるゲーム的物語だったが、この『隠し砦の三悪人』はより柔軟で多様な展開をする。つまり最初は百姓二人の受難記として始まり、やがて一攫千金の宝探しとなり、謎の男や謎の女が出現した挙句、ようやく姫を守って敵地を突破するという本題にたどり着く。冒頭5分ですべての状況が説明される『椿三十郎』とは対照的だ。また旅が始まってからも、どうやって敵を欺くかという頭脳戦、迫力ある殺陣、百姓二人のコメディ、姫が見る人々の醜さ、絶体絶命のピンチ、火祭りの壮麗な美しさ、などなど色んな要素がごった煮的にぶち込まれている。そのため、充分長い映画ではあるがまだまだ膨らませれば面白くなると感じさせる。ディテールが豊富で、数多くのテーマが盛り込まれているのである。一本の映画ではなく、12回ぐらいの連続TV時代劇にしたらすごく面白くなるんじゃないかと思ってしまう。

 ジョージ・ルーカスがこの映画の百姓コンビをヒントに『スターウォーズ』のR2-D2とC-3POのコンビを考案したのは有名な話だが、この百姓二人を狂言回しにするというアイデアがやはり秀逸だ。そのせいでこの物語は単に「秋月家と山名家のいくさ」の話ではなく、「秋月家と山名家のいくさに巻き込まれた百姓達」の話となった。必然的に百姓視点で物語が進行することになり、雪姫や六郎太は天上人として神話性を帯び、どことなくおとぎ話のようなムードをこの映画にもたらしている。これが最初から侍視点の物語で、敵陣突破のため百姓達を手下にするという話だったら、映画の魅力は何割か減になっていたと思う。ラストシーンで、百姓二人はまるでそれまで夢を見ていたかのような面持ちで村に帰っていくが、それは我々観客がそれまで過していたのが夢の時間=映画の時間であったことを心地よく再確認させてくれる。

 それからなんといっても雪姫。彼女こそが本作最大の魅力である。美形ながら男のように猛々しく、常に毅然たる態度を崩さず、側近を困らせる頑固な小娘でありながら敵の侍を心服させる主君の器の持ち主という現実離れしたキャラクターで、百姓姿に身をやつしていながらその艶めく美貌には一点のしみもない。六郎太が髭ぼうぼうの薄汚れた風貌をしているのと対照的で、黒澤明のリアリズムもこの雪姫に関してだけは完全に影をひそめている。洞窟で野宿していながらあの清潔感はあり得ないのである。このことからも雪姫がおとぎ話中の存在であることが分かる。黒澤明のヒロインとしては非常に珍しい。

 演じた上原美佐はスカウトで抜擢された素人さんで、演技やセリフ回しはうまいとは言えず、脚を広げて立ったり鞭を構えるしぐさは様式化されているが、もともとキャラクターがアンチリアリズム的であるため個人的にはさほど違和感を感じない。それよりも刃のように鋭く毅然とした美貌と目力が雪姫のキャラクターにぴったりで、適役だと思う。彼女が雪姫でなかったら、この映画の印象はかなり変わってしまうだろう。

 あとぐっと話のレベルを落とさせてもらうと、全篇短パン姿の雪姫の清純なエロスが非常に良い。露出過多などでは全然なくて、なんてことないごく普通の短パン姿なのだが、毅然とした雪姫=上原美佐の美貌と立ち振る舞いのせいで、妙にあのナマ脚が色っぽいのである。これはこの映画を観た男性諸君はみな賛成してくれるものと思う。映画の途中で眠っている雪姫の肢体がアップになり、百姓が雪姫にけしからん振る舞いに及ぼうと企む(そしてもちろん妨害が入る)場面があるが、あそこの雪姫のうるわしいふとももは絶品である。裸出されるより色っぽいと思いますぞ、いやホントに。

 そしてあの火祭りの壮麗さ。異様な生命力に溢れた美しいシーンで、人の命は火と燃やせ、蟲の命は火に捨てよ、というあの歌がまたいい。なんでも黒澤明監督の作詞だそうだ。その後雪姫と六郎太は捕らえられ、明日は打ち首という夜、牢の中で田所兵衛(藤田進)と対面する。申し訳ありませんと謝罪する六郎太に、「姫は楽しかった!礼を言うぞ」という雪姫。そして翌日、田所兵衛急転直下の「裏切り御免!」から、駿馬を駆って爽快無比の結末へ。いや本当に、ここまで爽快感に溢れるシーンにはめったにお目にかかれない。その後に百姓二人のコントもサービスで付き、本来の姫姿に戻った雪姫と侍姿の六郎太の最後の挨拶もあり、まさにいたれりつくせり、これぞ最高の娯楽時代劇である。


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