崔吉城との対話

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「東洋経済日報」への寄稿文「日帝強占期」

2014年09月16日 05時08分10秒 | 旅行
 ハングルで原稿を書く時,漢字変換とは異なるもう一つの変換がある。たとえば私が卒業した「国民学校」をハングルで打つと自動的にハングルで「初等学校」に変換される。また「日帝植民地」が「日帝強占期」となる。これはただの綴りのことではなく、歴史認識の誤りと思うので一つ触れておきたい。「植民」を「強占」つまり「植民地」を「占領地」と呼ぶことになるからである。おそらく「植民地」という言葉に抵抗感を持つアレルギー現象であろう。韓国は以前ハングル浄化・純粋化運動を起こして、日本からの外来語を無くす運動を展開し、日本からの外来語の「ワリバシ」と「うどん」などを無くした。日本製の漢字語「民主主義」などさえ無くせよと主張する運動家もいる。そして「慰安婦=挺身隊」という誤解も韓国に定着している。
 「植民地」と「占領地」ははっきり異なる概念である。日本植民地を「強占」つまり「占領された」ということになる。言葉を忌み嫌うのはわからないでもないが、これは重大な問題である。占領は英語ではoccupationであり、植民地はcolonyである。別の概念だけではなく支配と統治の体制がまったく異なるのである。植民地という言葉が恥辱的であっても植民地を占領地というのは正しくない。占領地と植民地を混同するような新造語はまずい。定義された言葉「植民地」を「占領」に替えることはよくないからである。
 植民地とは植民つまり国民を移民し、拓殖させて統治するものである。占領地・占領とは他国を武力により完全に屈服させ,暫定的に統治することである。当時の占領地は中国の一部、広く東南アジアの国々であった。韓国が歴史認識を正すように言いながら植民地史を否定し占領期と替えるのは矛盾している。占領と言うと加害者の日本側の罪意識が大部軽減されるかもしれない。植民地の色を消すなら徹底的にすることができるのだろうか。戦後「敵産」を所有した機関や人がそれさえ放棄すべきであろうか。日帝政策による鉄道、道路、建築物などを壊すべきであろうか。日帝時代に受けた教育や勤勉、正直など人格形成に影響する要素、当時の友情や師に対する恩も払い落とすべきであろうか。それは今の現実、実存を否定することになる。
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