崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

藤田氏夫妻と野口まき子氏の証言

2009年03月23日 06時16分46秒 | エッセイ
 昨日は人権運動家であり、『自由に生きる』の著者でもありバプテスト教会の牧師である藤田氏夫妻と野口まき子氏の証言を聞いた。我家のリビングがまるでテレビ局のスタジオのようだった。撮影は元KRYTVの権藤氏が担当した。鍬野保雄氏がノートを取っていた。藤田先生の祖父が伊藤博文の随行員として韓国へ行き、一族が銀行員、弁護士などで植民地朝鮮で豊かな暮らしをして、先生自身は釜山で生まれて日本人だけの小学校、ソウルでは京城中学校一年生、そして幼年陸軍学校で軍国主義教育を受けて武士道精神によって国のために死ぬことを一番光栄だと思ったという。しかし敗戦になって何もかも失ってのスタートであった。キリスト者となられて180度の思想転換をされて生きてこられたと証しをした。また奥様はフィリピン生まれで疎開の時の屈辱と飢餓の状況を語った。
 野口氏は1944年咸鏡北道城津で小学校の教師として終戦を迎え、ソ連軍や朝鮮保安隊による略奪などの状況を語ってくれた。また、教師として子供たちに指導したことが間違いであったという事実を知り、戦後、帰国してから教師になるまで、そしてその後もかなりつらい思いをしたという。村岡氏も当時の日本での女学校の状況を語った。本日参加した全員がこのような戦争に関しては語ろうともしなかった。当時の朝鮮、フィリピンへ戦後行ってみたい気持ちもなかった。藤田先生、野口先生はようやく韓国には行くことができたが、藤田牧師の奥様はまだフィリピンに行っていない。
 3時間半にかかった証言に引きづづいて「おくりびと」の観賞会が夜10時30分まで続いた。ザ・ロングスト・ディ(最も長い日)であった。