平泉駅から歩いてしばらく、中尊寺の入り口が見えてきました!
タクシーや観光バスも乗り入れていて、駅前にはまばらだった観光客の姿も目立って賑やかでした。
そして、金色堂を目指して延々と歩いて行きます。
すぐに辿り着けるのかと思いきや、道が長いことをこの時は知る由もなく…。
一応、来た記念に一枚。
まだかなぁ…。
まだかなぁ…。
まだかな…ぁ、歩くこと20分くらい(?)で、ついに金色堂の入り口!
ここは皆さん写真を撮られるようで、自分も写真撮影を頼まれました。
入館料を払って、中でいよいよ金色堂と対面。
撮影禁止だったのですが、金色堂の金の輝き、質感などが当時そのままに保存されていました。
昨日の山寺もそうですが、こんなに美しいものが日本に存在していたとは驚きです。百聞は一見に如かず、来て良かったなと思いました。
三代に亘って栄華を誇った奥州藤原氏。彼らが遺した素晴らしい平安仏教美術を前に、言葉も出ず、ただ立ち尽くすのみでした。
その後…
芭蕉さんと再会!
いまは鉄道という便利なものが出来たおかげで、誰でもあっという間にあなたの足跡を追いかけることが出来ました。
最後に広場からの景色。東北本線が広く見渡せます。
それから来た道を再び戻って中尊寺を後にして、今度は義経・弁慶最期の地へ。
小高い山を少し登っていくと…
義経と弁慶を祀る祠がありました。
京の五条の橋の上で出会った二人は、ここ奥州平泉で最期を迎えたと言われています。
その近くの木陰にひっそりと佇む、「夏草や 兵どもが 夢の跡」の芭蕉句碑。
眼下に広がる雄大な自然の風景に、この世の無常感、栄枯盛衰、かつて芭蕉が感じたことと同じことを思いました。
目的を終えて、平泉駅に向かって歩いていきます。
東北電力の注意看板です。
かの白洲次郎が会長を務めていたこともありました。
平泉駅では、時間があったので貨物列車を撮ることが出来ました。
前後でペアを組むEH500形電気機関車。関西ではこうやって2両編成の機関車が牽引する貨物列車は無いのでとても新鮮でした。
さて、平泉を後にして列車に乗って時間を潰します。
平泉17:28発→一ノ関17:37着
一ノ関17:40発→気仙沼19:02着
一ノ関からは大船渡線に初乗車。
通勤・通学客を多く乗せた小型のキハ100形の3両編成は、力強く気仙沼を目指していきました。
一ノ関や気仙沼…今まで時刻表の中だけの存在だった世界に、いま確かに来ているのだと思うと、いつも感慨深くなります。
駅で食料を調達して、気仙沼線の最終列車(ワォ!)に乗車。
気仙沼19:23発→小牛田21:27着
しかし、2両編成のキハ48形の車内に入った瞬間モワッ!とした空気が!
何と非冷房車でした。扇風機があったので助かりましたが、今思えば人も少なかったので、窓を開けても良かったかな…。
平成も22年を半分過ぎた頃に非冷房車を経験しようとは、思いもしませんでした。日本は広い!(笑
小牛田にて、乗ってきたキハ48形。
2両で固定編成を組んでいるらしく、貫通路がモノレールのように幅広になっていました。なかなかおもしろいところです。
隣のホームにはキハ110形が到着。
東日本では大所帯のキハ110形グループですが、これは元々急行用として製造された初期車で、車内はリクライニングシート。合わせて前面のパイプスカートがカッコよかったです。
小牛田からは再び東北本線です。
小牛田21:47発→仙台22:32着
宮城県には昨日の鳴子温泉で足を踏み入れたことになりますが、県庁所在地の仙台に来たのは初めて。駅前のネットカフェに入りました。
仙台と言えば映画「ゴールデンスランバー」の世界。
そういえば、堺雅人演じる主人公がネットカフェに逃げ込むシーンがありましたね。
シャワーを浴びて適当にネットサーフィン、そして旅行中の「黄金のまどろみ」に溺れながら、仙台の夜は過ぎていきました。