炎暑と読書

2020年08月19日 01時30分45秒 | 書籍
7月を通り越して8月も半ばを過ぎました。
生きております。

ここ最近は4、5月にお休みしていたぶんを取り返す「回復運転」で、平日に加えて土曜にも仕事が入り、夏休みは実質のお盆休みのみに縮小されてしまいました。
春先からの「自粛」そして「ステイ・ホーム」の日々を越えて、前々からお盆こそはどこかに出かけたいとは思っていたのですが、結局どこにも行かず(私の旅のスタイルでは特段問題はないのかもしれませんが、どうにも行く気が起こらず、近場を散策しようにも連日の炎暑がそれを阻みます)、結局はわずかに模型の製作を進めただけで、あとは読書と、ひたすらゴロゴロと堕落して過ごすことになりました。
久々に読書の話題をすると、読んだ本は、以下の2冊。

・村上春樹『一人称単数』
話題の短編集ですが、やはり村上春樹作品独特の「空気感」は健在です。
それは、ある作品では西洋の乾燥した空気、ある作品では阪神間に流れる空気、ある作品では無機質なコンクリートの建造物が持つ空気なのですが、それらは『風の歌を聴け』以来ずっと変わらないことがひとつの魅力であると思います。
文学と建築は『陰翳礼讃』にもみられる通り密接な関わりがあるのですが、以前、村上春樹の作品と(同時代の建築家である)安藤忠雄のコンクリート建築と結び付けた論考を読み、なるほどと思ったことを覚えています。
そうなると、隈研吾の建築とイメージがぴったり合う作家は、果たして誰になるのでしょう。

・森見登美彦『四畳半タイムマシンブルース』
『四畳半神話大系』から15年、アニメ化からちょうど10年の節目に出版された続編。
登場人物や各種設定はほぼそのままですが、物語の舞台が「下鴨幽水荘」という四畳半の下宿の中、もしくは半径1km以内の場所(下鴨神社糺の森等)という、奇しくも今年の時流に合った(?)「ステイ・ホーム」な作品です。
しかしながら、今年は中止となった「下鴨納涼古本まつり」や大幅に規模が縮小された「五山送り火」が描かれており、「いま我々が過ごす(ことになった)世界」から、ほんの一枚だけ壁を隔てた「平行世界(パラレル・ワールド)」があることを実感させます。
おそらく企画の当初はこのような時勢になるとは誰も予測していなかったとは思いますが、このような時勢だからこそ読みたくなる、そして出来れば早くもとの世界に戻りたくなる、そんな作品でした。

それではまた。
次は間が空かないようにしたいですが……。

いつの日か来た道

2014年02月08日 23時09分01秒 | 書籍
最近読んだ本。
当ブログで書評めいたことをするのはあまり覚えがありませんが……


増山実『勇者たちへの伝言 いつの日か来た道』(角川春樹事務所、2013年)です。
関西ローカルのTVやラジオでは既に幾度か宣伝されていますが、放送作家の方が書かれたデビュー作品ということで以前から気になっていました。
タイトルの「いつの日か来た道」は、阪急電車の車内放送で聞こえた「西宮北口」の空耳に着想を得たもので、かつての西宮球場を訪れた思い出を描いた話である……というところまでは知っていましたが、野球の話かと思いながら読み進めていると物語は一変。以降、隠された歴史のなかの、隠された秘密が頁を追うごとに明らかとなっていきます。
球場が現役であった昭和40年代に馴染みのある方々ならより親近感をもって接することが出来るのだと思いますが、全く知らない世代の私でも手に取るように理解ができ、番組に例えると、前半はまさに「ビーバップ! ハイヒール」、後半は「探偵! ナイトスクープ」のようなストーリー構成。この辺りの手法は流石といったところです。
そして、フィクションとノンフィクションの境目が曖昧だったせいか(おそらく作者の意図したところでしょう)、それが却って作品全体にリアリティをもたらしていました。
全て読み終えた後、「勇者たち」「伝言」「いつの日か来た道」といった、タイトルに込められたほんとうの意味が分かる作品となっています。


西宮北口の写真は無いかと思い、探し出したのがこの一枚。(再掲)
昨年6月に関学の学会に行った道中の一枚です。この時初めて9000系に乗り、今津線に乗り換え、甲東園から住宅街を歩いて行ったのもいい思い出です。
人は、人生のよくわからない部分を適当な言葉で埋めて何とか生きている――冒頭、そうした一節が登場しますが、今はそうであっても、いつかそのことを振り返り、自分がここにいることの意味を知る、その大切さを教えてくれた一冊でした。