終焉迫るツーステ車

2015年01月29日 22時19分28秒 | バス関係
例年、この時期になると気になるのが市バスツーステ車の動向。
既に今年度の新車も数台が運用を始め、一部営業所では廃車も出ているようです。

そんな予断を許さない状況ではありますが、横大路営業所(阪急バス委託)のツーステは連日のように稼働中。






市内と郊外を結ぶ13系統と、その間合い運用となる43系統ではよく遭遇します。

が、運用系統が幅広いので郊外に留まっていることもしばしば。




19系統に入った6036です。
五重塔のそばを通るのもあと何回でしょう。


同所唯一のエアロスターM、6291も見逃せない存在です。
58MCやキュービックがありふれていた時代、そのブラックフェイスが随分とカッコよく映ったものですが、今やこの車と洛西営業所(近鉄バス委託)の3台を残すのみ。同車を含め、果たして何台のツーステ車が年度を跨ぐことが出来るのでしょうか。

いつもとは違う時間で

2015年01月25日 22時19分55秒 | 鉄道関係
北海道新幹線の工事で時刻を変更して運転された「トワイライトエクスプレス」を撮りに、山科西野山を再度訪れました。


前回の訪問よりも高所へ入り、薬科大の建物を入れて1枚目、


大カーブへ差し掛かる手前で2枚目、


最後は全体を見渡すロングショットで3枚目。
天候にも恵まれ、夕刻通過の恩恵を十分に受けることが出来ました。

「なは・あかつき」や「日本海」の時もそうですが、京都府内での撮影に拘ってきたところがあるので(笑)、今後の撮影もおそらく地元で完結させると思います。
それにしても、山科盆地、いい眺めでした。

キハ121を寄せ集め部品で作る その2

2015年01月21日 07時14分00秒 | 鉄道模型/製作中-キハ121
後期レポート提出完了。
締切50分前という例年にない遅さでしたが、今年最初の「山」は何とか越えられました。
得意分野であったのがせめてもの救いです。そうではなかったらきっと書けていなかったでしょう……。

さて、模型製作の進捗です。
前回はこちら


窓周りの移植に先立ち、123系キットの窓回りを切り出します。
GMキットは窓周りが薄くなっているので切り出しやすいですね。
ドアのステップも削り落としておきます。


続いて、キハ110の窓回りを大まかに切り出し。
キハ121の側窓は大窓6つに小窓2つ(トイレのある面は1つ)なので、このままでは小窓が足りません。


そこで、ちょうど良い大きさのドア窓を利用。


ドア窓を切り出し、先にキハ110の方で整えておきます。


現物合わせではめ込みます。




側板の切り継ぎも同時に済ませておきます。
この辺りも、写真と見比べて20m級に収まるように現物合わせです。


窓の移植と切り継ぎが済んだら、裏側を帯状に切り出したケント紙で補強しておきます。
プラ板でも良いのですが、今のところ動力ユニットを決めていないので、側板を極力薄くするために。
もう片方の側板も同様に加工し、次は前面の製作に移っていきます。

「ほんやら洞」全焼

2015年01月18日 05時48分34秒 | 京都
ショッキングなニュースが飛び込んできました……。

「対抗文化」の拠点、関係者ら惜しむ 全焼のほんやら洞

今出川通に面した喫茶店「ほんやら洞」が、16日未明の火事により全焼してしまいました。
存在を知ったのは高校時代、国語の先生に教えてもらったのがきっかけですが、大学生となってから、特に京大や同志社で授業を受けていた頃、今出川通沿いにあったこの店は時間を潰すのに都合が良く、ここと百万遍の進々堂、或いは荒神橋のリバーバンクといったようにローテーションで訪れていました。
私が訪れたのは「末期」となってしまったわけですが、おそらく創業の当時からそのままであろう木のテーブル、訳のわからないポスター、うず高く積まれた書籍、議論を重ねる同志社の学生――全盛期を知らない世代ではありますが、あぁこういうところが京都の学生文化をつくっていった時代が確かにあったんだ、と感じさせる場所が「ほんやら洞」でありました。

最後に訪れたのは、一昨年の春。


コーヒーは(好みが分かれるところですが)酸味が特徴的でした。


どういう経緯で上がらせてもらったのかは忘れましたが、2階部分の写真もあります。
全てなくなってしまったかと思うとたいへん惜しいところです。

かつて一世を風靡したフォーク・グループ「ガロ」のヒットナンバーに「学生街の喫茶店」という曲がありますが、あの歌詞に描かれた世界は、きっとこのような空間であったのでしょう。そうした空間が今なお京都には幾つか残っています。
しかし、それも少しずつ消えていくということ、それがまさかこうした形になるとは思いもしませんでしたが、昨日で阪神淡路大震災から20年を迎えたということもあり、あらゆる災害に対して「減災」の意識を強く持った週末でした。

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君とよく この店に来たものさ
訳もなく お茶を飲み話したよ
学生で賑やかな この店の
片隅で聴いていた ボブディラン

クモハ123形の製作 その6

2015年01月14日 23時59分49秒 | 鉄道模型/製作中-クモハ123【完成】
あっちへ行ったりこっちへ行ったり……。(^^;

昨年末に鉄コレ20弾が発売され、俄かに注目が集まっているクモハ123形単行電車の一族。
単行で走らせるもよし、他系列の編成にぶら下げるもよし、実車に接する機会は少なくとも様々な楽しみ方があるようです。

私もブラインド品を試しに2個だけ買ってみましたが、出てきたのはクモハ123-1とクモユニ143-1(身延)。
縁もゆかりもない車両なのでこのままでは棚の肥やしか部品取りになってしまいそうな気がしますが、見本が手元にあるのはありがたいもの。粛々とGMキットの改造を進めます。(笑)

前回はこちら。


動力の目処がついたので(GM113系用)、加工の済んだ側板に新たなツメを取り付けていきます。


L字型に組み立て。
妻板との接合部分にはプラ板を裏打ちし、一定の強度を確保しておきます。


箱に組んだ後、動力を仮組みします。
ツメの部分でしっかりと止まってくれました。


車高は少し低めに設定しました。
実車では105系との併結運用が日常的に見られますが、写真を見ると123形の方が若干低いようです。

屋根板は反っていますが、比較的合いが良いので塗装後の取り付けでも良いかもしれません。
実はまだ模型化のプロトタイプを決めていないので(白青か末期色か)、しばらくこの状態でストップしそうです。


ついでに、こんなものも発掘してしまいました。
なぜか塗装だけされている119系キットですが、これを切り継いで105系を、併結運用を、やりたくなりますよね?

キハ121形を寄せ集め部品で作る その1

2015年01月10日 23時14分11秒 | 鉄道模型/製作中-キハ121
今年最初の模型製作記事は……山陰本線のキハ121形です。


(写真はキハ126形)
実車の運用範囲の狭さからか、はたまた不人気さからか、キットを除いて未だに製品化されないキハ121/126形一族。
しかし実際に乗ってみると、温かみのある木目調の内装にオールクロスシートが並び、力強いエンジン音とスマートな走りからはキハ58系列の後継を立派に果たしていることを実感させられます。

前面は切妻型の直線的なデザインで、カタチとしては作りやすそうな車両です。
以前から作りたかった車両でもありますが、今回、ようやく種車の目処がついたので実現の運びとなりました。


種車、もとい「素材」はGMの123系(身延)の側板と201系の妻板、211系の屋根です。
元々が異なるキットなので部品同士の「合い」は絶望的ですが、全て余剰部品の寄せ集め。
211系の屋根は年末の大掃除で出てきたものですが(笑)、コルゲートが削られています。
購入当時は中学生だったはずですが、何かに流用しようとしたのでしょうか……?

さっそく加工に入っていきます。


試しに123系の側板を軽くいじってみます。
キットのままではユニットサッシの四角い窓なので、Rの付いたキハ121の窓にするには加工を要します。


201系の妻板モールドを削ったところ。
これだけでも雰囲気は出ています。窓を拡大していけば何とかなりそう?


モールドを削ったことで脆くなってしまったので、両端にプラ板を貼り付けて補強しておきます。


隙間にはパテを充填。
少々厚みが付きましたが、これが前面の額縁の部分になります。

側板の本格的な加工に入っていきます。


加工前に裏側のリブを削除。


余計なモールドを取り去って、実車の窓割りに合うよう両端を適宜短縮していきます。
切り継ぎは後ほどおこないますが、ステンレス車両(=銀塗装)なのでキズは抜かりなく埋めたいところです。


窓周りは悩んだ末、KATOのキハ110を移植することにします。
当初はコレから作れないかと思っていましたが、車体形状が違うのでこちらも至難の業。
単行車両ながら大掛かりな製作になりそうです……。

深夜特急で駆け回る

2015年01月06日 00時15分20秒 | 日記
元日から異例の降雪に見舞われた京都ですが、落ち着き始めた3日から5日にかけて、東京~山形・新潟あたりを回ってきました。




当初は「3日夜に東京で大学時代の仲間との新年会」だけの予定が、そこに紐付けして「あけぼの」と「サンライズ出雲91号」に乗ることが出来ました。北国は積雪こそありましたが幸い大きな遅れもなく、京都だけが異常だったことを改めて実感した次第です。(笑)
きょう(6日)から私も平常運転。旅の詳細は追い追い書いていければと……。

謹賀新年

2015年01月01日 21時58分31秒 | 日記
近鉄特急ビスタカーの終夜臨時特急で新年を迎えました。
本年も当ブログをよろしくお願いいたします。


乗車したのは京都23:40発の宇治山田行き特急。
年を跨ぐということもあるのか、伊勢神宮への初詣客よりも帰宅客の方が多かったような気がします。


今回は西大寺まで30分の乗車ですが、気分を出すために(笑)2階を選択。
近鉄特急じたい乗車の機会が少ないので、30000系への乗車はこれで二度目。ゆえに新鮮に映ります。




登場から既に30年以上が経っているものの、リニューアルされた客室はあまり古さを感じさせません。
長らく後継車の出ていない近鉄特急の2階建て車両ですが、その眺望やグループ用個室などの「乗る楽しみ」はハイデッカー構造の「しまかぜ」へ確実に引き継がれたことを実感しました。

新祝園を通過した辺りで越年。久々の京都(府内)での年越しです。
特急を西大寺で降りてからは、トンボ帰りで丹波橋に戻り京阪に乗り換え。


正月ダイヤで大活躍の急行には2803Fが充当されていました。年明け早々の晴れ舞台です。
何かと遭遇するこの「下膨れ顔」ですが、果たしていつまで見られるでしょうか。

そして反対の急行に乗り、出町で友人と待ち合わせた後は下鴨神社へ。


無事に初詣を済ませました。
去年で自信がついたので、今年こそは勝負に出よう。