一年に二日のみの営業! (臨)津島ノ宮駅を訪れる

2018年08月13日 02時07分56秒 | 旅行記
立秋を過ぎ、朝晩は涼しく感じる時もしばしば。
あれほどの猛暑に苦しみながらも、季節は確実に進んでいるのだと実感させられます。
……と書こうとしたのですが、今週に入ってまた蒸し暑さが戻ってきました。毎年のことながら、厳しい残暑長引く京都です。

さて、もう先週末のことになりますが、表題の通り、JR四国の津島ノ宮駅を訪れてきました。
同駅は毎年8月4・5日に催される津嶋神社の夏季大祭に合わせて営業する臨時駅で、日本一営業日の短い駅として知られています。日程も曜日にかかわらず毎年固定されているのですが、今年はタイミングの良く土日に重なったこともあり、この機会にと弾丸計画を組み立てたのでした。

18きっぷ期間中ということで、JRの岡山経由で向かうのが最も安いのですが、ある企み(後述)があって行きはのんびり高速バス。
朝9時前の京都駅烏丸口から「高松エクスプレス京都3号」に乗車しました。運転手さんのアナウンスによるとこの日は予備車での運転で、コンセントが無いとのこと。3時間の道のりですから、あってほしい設備ではありますね……。


スピードでは新幹線経由に劣りますが、乗り換えナシで行けるのは楽です。
淡路島の室津PAで開放休憩を挟みながら、高松駅には5分ほど早く着きました。

ここで早速、津島ノ宮までの切符を調達しようと思ったのですが、みどりの券売機では出ず、日曜日ということで窓口にも長蛇の列。ならばとりあえず行けるところまで行こうということで、ICOCAで入場、一路多度津まで。


と、その前に、駅構内の「連絡船うどん」で昼食にかき揚げおろしぶっかけを。
この時期の麺類は冷たいものに限ります。駅前のうどん店は混んでいたのですが、ここは立食なので回転が早くすぐに食べることができました。

そうして、マリンライナーと普通列車を乗り継いで多度津へ。
ここでは30分ほど時間があるので駅の外に出てみました。


新しくなった歩道橋を渡り、駅の南側へ。
この日の時点では先の豪雨災害で予讃線の本山~観音寺間が不通だったため(8/9運転再開)、特急列車は岡山・高松~多度津間と観音寺~松山間でそれぞれ折り返し運転を実施。そのため構内にはふだん居ない位置に特急車が停まり、駅前には観音寺までノンストップの特急代行バスが待機していました。


役目を終えた古い歩道橋の陰で涼みながら、夏休み中の子どもたちで賑わう「アンパンマントロッコ」を。
このラッピングになってから撮るのは初めてのような気がします。


また、駅の北側では「ハチロク」のツーショットも実現。
8600系はSLをイメージして造られたと聞きます。こうして先頭の形状を見比べてみると、分からなくもない?

そうこうしているうち、津島ノ宮へ向かう列車の時間が近づいてきたので窓口で切符を購入、ホームへ向かいます。
車内には家族連れや同業者の姿が目立ち、燧灘を望みながら2駅目、いよいよ念願の津島ノ宮に到着しました。


駅ホームはカーブ上に位置しており、列車とホームの間が大きく空いているばかりでなく、段差も生じています。
そのため、降車時は各扉の脇に立った係員さんが注意喚起と誘導。臨時駅らしい光景です。


「日本一営業日の短い駅」の駅名標と共に。
最近になってJR四国は駅をキャラクター化する取り組みを始めていますが、こうした臨時駅もきちんと「仕立てて」くれているのは好感が持てます。イラストも構造に忠実かつ可愛らしくデフォルメされていますね。


駅舎全景。
この感じだと非冷房なのでしょう。大勢の社員さんが交代で涼をとりながら業務に当たっていました。


別角度から。
キャラクター化されながらも、旧来の褪せた駅名板が残っていました。


精算所で無効印を申し出ると意外にもオリジナルのものが用意されていて、「津島ノ宮」の券面ともども良い記念になりました。
臨時窓口で購入した入場券はレシート様式であまり収集向きではないですが、2日間しか出ないものなので一応。(笑)

大勢の先客を追って駅を出るとすぐに出店が連なり、いかにも「祭」の様相。
かき氷やアイスクリンの文字列に誘惑されながら、駅名の由来となった津嶋ノ宮神社に向かいます。

神社の本殿は先に紹介した駅名標イラストの通り、海上を渡る津島橋を渡った先にあります。この橋も大祭の日以外は通行禁止ですが、津島ノ宮を象徴する橋ですからこれは渡っておこうと思い、通行料300円を払ってしばしの海上散歩。


ここだけは風が通り抜けて気持ち良かったです。


橋を渡ると本殿が見えてきました。
津嶋神社は子どもの守り神を祀っているそうで、客層も家族連れが多かったのですが、駅目当てで降り立った私のような一人者も少なからず参拝していてそれほどアウェー感はなかったのが幸いでした。(笑)まぁ、広義の「子どもたち」に日頃から接する仕事ですから、お参りしておくに越したことはないでしょう。


階段から振り返ったところ。良い景色です。
順番に並んでお参りを済ませ、来た道を駅へと戻ります。帰りの列車の都合上、滞在時間が40分しかとることができなかったのですが、何とか目的は果たせました。


駅に戻る途中、振り返って神社本殿の方をもう一度。
青い海に赤い橋が映えます。ここまでは通年来ることはできますが、橋の上を人が行き交っているのはこの二日間のみの光景。


帰りの電車の時刻が近付いてきたので改札へ。津島ノ宮から18きっぷを使用開始しました。
冒頭述べた「ある企み」とはこのことで、1年に2日しか使われないこのチケッターを一度捺してもらいたかったのです。後で知ったことですが、先に取り上げた無効印のほかに途中下車印も設備されていたようで……臨時駅にしても恐るべき充実ぶりですが、これはまた再訪の契機としましょう。

ほどなくして、両方向ともに最終列車がやって来ます。


本山行きは7200系。
驚くことにこの列車での降車客も少なからずいて、おそらくは彼らが今年最後に津島ノ宮駅に降り立った乗客となるのでしょう。


そして数分後、高松行きの最終列車が到着。
この列車が、今年最後に、そして平成最後に津島ノ宮を発着する列車となります。


ホームに残っていた多くの人が乗り込みましたが、部分不通の影響か車内はそれほど混雑は見られず。
駅に詰めていた社員さんたちのお見送りを受けて発車しました。運行側からすれば、今年も無事故で営業を終えることができてホッと一息、といったところでしょうか。


高松行きを坂出で降り、マリンライナーの乗り継いで岡山へ。
瀬戸大橋30周年記念HMが付いていました。このデザインなら素直に円形HMで良いのでは、と思うのですが、先頭形状の関係でいろいろと制約があるのでしょうね。

ここからはひたすら東へ進んで帰るのみですが、


18きっぷを使っていながら岡山~相生間は毎度のように新幹線ワープ。
ちょうど夕食時だったのでホーム上で倉敷ぶっかけうどんを。お昼は讃岐うどんでしたが、初めて食べたこちらもなかなか食べ応えがあります。まだまだ日も長く、猛暑でなければ帰りにいろいろ寄り道をしても良かったのですが、あまり道草をすると子どもの神様のご利益も薄れてしまいそうですからと、大人しく相生から新快速に乗って帰ってきたのでした。
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「ハローキティこだま」を撮る

2018年07月31日 23時05分53秒 | 鉄道関係
7月も今日で終わり。
地震、大雨、台風、そして猛暑とロクなことが続きませんが、どうにかこうにか休みのとりやすい時期に入りました。

さて、6月末から運行を開始した表題の列車ですが、初の撮影は六甲トンネル上へ。
有名な阪急の甲東園駅近くの撮影地です。当然アクセスは阪急電車となるわけですが、ひっきりなしに関学へ向かうバスを見て、以前にも来た覚えが……そういえば5年前に学会参加のために訪れたことがありました。それを駅に着くまですっかり忘れていたのですから、歳をとったもんです。(笑)


トンネル上は新幹線の新大阪方面、そして阪神間を一望できる公園となっていて、通過時刻が近くなると何処からともなく親子連れの姿が。やがて新大阪を出て6分程度でしょうか、紫からピンクに装いを改めた500系が勢いよくトンネルに吸い込まれていきました。地味目の塗装が多い山陽新幹線にあって屋根一面までのピンクはやはり映えます。これならもう少し離れたところから狙ってもおもしろそうです。

撮影チャンスは今後もありますから今回はこれ一枚とし、帰りは少し捻ってJR甲子園口駅へ向かう阪急バス(1日3本)に乗車しました。しばらく阪急沿いに住宅地を縫って幹線道路へ、そして武庫川沿いに南下する道のりで所要時間は30分。異なる事業者の駅同士を結ぶバス路線は全国数多ありますが、点と点が繋がって、その地域を面として把握できていく道中はやはり楽しいものです。

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夏の「SL北びわこ」を撮る(C57 1号機代走)

2018年07月16日 20時42分05秒 | 鉄道関係
前回の更新から今までの間に、地震が起き、大雨にも見舞われました。
どちらも繁忙の合間に起こってしまったのでブログの更新も途絶えてしまいましたが、無事に過ごすことができています。
災害時の危機管理ということも強く考える機会となりました。

さて、表題の北びわこ号ですが、今季からはD51 200号機が牽引を務めるはずが、大雨の影響で山陽本線がが寸断。「やまぐち号」牽引の任を終えた同機が戻れなくなったため、梅小路に残っていたC57 1号機が急遽代走を務めることとなりました。
また、列車じたいも今季から運転日が増えたぶん、午前中の1号のみの運転に。光線等に拘ると撮影地も限られてくるのですが、出発にモタついたこともあり、とりあえずキャパに余裕のある田村駅近くで。


練習の電車が1本通過した後、颯爽と現れたC57。同機を見るのは十数年前の「やまぐち号」以来ですが、「ポニー」のC56よりも大柄でありながら端正なスタイルは流石「貴婦人」と言ったところでしょうか。HMが新調されているのは盲点でしたが、また次回。


後ろの12系は相変わらずです。

さて、この時点でも10時半。
今までならしばらく留まっていたのですが、とにかく暑かったので米原へ戻り、「しらさぎ」で敦賀へ出ました。


敦賀は降りるたびに駅前が綺麗になっているような気がしますが、数年後の新幹線開業を控え、背後の山々が見えるこの風景もまた過渡期のものとなるのでしょう。海が近いので体感は幾らか涼しい気がしますが、体力を奪われないうちに市街地へ。


昼食はご当地のソースカツ丼を。ちょうどお昼時、ヨーロッパ軒は混んでいたので平和堂のフードコートでお手軽に。
単品でもあるのですが、ソースがなかなか濃ゆいのでセットのサラダが必須です。(笑)

そうして次の目的を果たすべく、再び駅に戻って「ぐるっと敦賀周遊バス」に乗車します。


敦賀港線を横目に辿り着いたのは赤レンガ倉庫。乗車時に先客が運賃を投入していて気づきましたが、料金が前払い式だったのは意外でした。当然ではあるのですが、降りる時に何もしない(運賃箱に入れる動作をしない)のはやはり違和感があります。(笑)
京都でも市バスが社会実験を何度か実施しており、それに向けた動きも見られるのですが、いやはや慣れというものは恐ろしいもので……。

この界隈は8年前の夏、免許合宿中の合間にレンタサイクルで訪れたことがあるのですが、変化が一つ。


昨年12月から展示されているキハ28 3019を見に来ました。
元は白浜アドベンチャーワールドで屋内保存されていたものをアチハ社が購入・保存し、敦賀市の鉄道イベントでいったん貸し出されたのですが、そのまま敦賀市が買い取ったという経緯があります。貴重なパノラミックウィンドウのキハ28が再び日の目を見ることとなりました。


屋内の期間が長かっただけあって状態は良好ですが、雨晒しかつ潮風の吹くこの環境では今後が少々心配でもあります……。


ただ、敦賀市はこの界隈を鉄道遺産を活用した観光拠点にしたい思惑があるようで、周囲の柵も簡易なものですし(防犯カメラ監視中)、妻面のビニールシート然り、この保存のかたちも永続的ではないような気もします。


しかしフルオープンの利点もあるもので、観察はし放題。現役時では撮りづらい角度からの写真や、模型に役立ちそうなパーツごとの写真を収めることができました。

そんな観察をしていると次のバスまでの30分はあっという間、火照った体にバスの冷気を浴びながら駅に戻ってきました。


敦賀駅からは新快速で再び滋賀県内へ戻る予定だったのですが、たまたま隣の新疋田駅近くまで行くコミュニティバス愛発(あらち)線が停まっていたので、こちらに乗車。私ひとりだけを乗せたバスは市街地を抜けて山間部へ、狭隘路を進み小河(おごう)集落の一角で転回した後、来た道を戻って疋田へ。


疋田の集落です。幾らか整備されてはいますが、疋田にこのような光景が広がっているとは思いもしませんでした。鉄道からは新興住宅地が僅かに見えるくらいで、後は山やトンネル、ループ線にばかり目が向いてしまいますから、バスで来られたのは良い機会でした。中央の水路は復元されたもので、かつては敦賀からの舟運がここまで来ていたようです。


「疋壇(ひきだ)城跡」の案内を見つけたので登ってみると、グランドのような開けた場所に出ました。石碑によれば西愛発小学校の跡地だそうで、廃倉庫や焼却炉があったのも納得。グランドの先には踏切があり(踏切の先が疋壇城跡なのですが、柵で立入禁止でした)、JRの線路が見えたのでしばらく撮影。


名古屋へ向かう「しらさぎ」の9連が綺麗に収まりました。背後の鉄道林(?)も整っていて良い感じです。


振り返ると、広大な新疋田駅構内が始まります。
新幹線が開業しても敦賀以南は何かしらの速達列車が必要でしょうから、この特急街道は当面安泰でしょうか。

列車の時間も近付いてきたので、新疋田駅に向かいます。


北陸本線をくぐるところで、分かりやすい新道のボックスカルバートと旧道トンネルの構図に遭遇。旧道は歩行者用にしてはオーバースペックですが、そのまま残されているのは嬉しいですね。

新疋田からは湖西線経由の新快速に乗車。うっかり弱冷車に乗ってしまったのですが、座席もほぼ埋まっていたので増結で停車する近江今津まで我慢。ついでに一本落とすことにして、駅前の喫茶店で一息ついてから後続の普通列車で帰路につきました。


117系の車内はしばらく貸切状態。2扉なので冷房の効きも良く、寝て起きると山科でした。(笑)

今回「北びわこ」が1号のみの運転となったことで敦賀に足を延ばすことができましたが、暑さに負けてしまい、もう少し各所で滞在時間をとりたかったな、というのが正直なところです。9月の運転日あたりだと幾らか涼しくなっているとは思いますが、皆様も炎天下の撮影はお気をつけください。
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関西本線のキハ120を撮る

2018年06月17日 17時57分19秒 | 鉄道関係
気付けば6月も半ばを過ぎてしまいました。
4月からすっかり(自宅の)PCに向かう習慣が途切れてしまい、レイアウト上にもKATOのキハ58が年度末からずっと置きっぱなしで、たまの休日には日帰りで温泉に出かけてリフレッシュするといった具合です。
上手く息抜きをして夏を越さねばなりません。

さて、もう2週間前のことになりますが、久々に関西本線非電化区間を撮り歩いてきました。


行きの加茂駅で待ち時間ができたので降りてみると、キハ120の更新車(301番)が留置されていました。
前面はライト形状の変更と貫通扉窓の(ワイパー?)カバー設置でやや顔つきが変わっていますが、


側面においても、左の未更新車(13番)と比べてみると、客ドア上の水切りやドアスイッチの設置、ステップの警戒色追加など細かな差異が見られます。

ここに停まっているということは、夕刻まで運用に入らないということで……


折り返してきた未更新車(8番)の単行に揺られて、大河原で下車。
無用の長物と化して久しいホームは非電化区間の随所で見られますが、全駅で列車交換が可能、さらには駅員配置があるのも喜ばしいことです。

駅からは笠置へ向けて東海自然歩道を歩きました。
この区間を歩くのは学生の頃以来、実に8年ぶりとなります。たびたび水害に見舞われているので足元の状態が悪くなっている箇所もありましたが、小さな集落あり、川と線路に挟まれた細道あり、ちょうど一年前に訪れた三江線沿線を想起する場面も多く、変化に富んで楽しい道中でした。


駅からしばらく進んだ大鉄橋ではもっと迫力ある構図を見つけたかったのですが、列車時刻との兼ね合いで中途半端に。


笠置寄りに進んだ集落では、小さな田に単行気動車がすっぽり収まりました。


反対列車は、先ほど見かけた301番が先頭。
これを撮ってまたしばらく歩き、笠置の温泉に浸かって帰りました。
ラッピング車両の「山城列茶」には残念ながら出会えず。これはまた次の機会に。
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「北びわこ」回送を撮る(C56 160号機本線走行ラストラン)

2018年05月28日 02時04分20秒 | 鉄道関係
C56 160号機の本線走行ラストランで各所とも賑わった日曜日でした。
あいにく用事があったので「SL北びわこ号」としての本運行は撮れませんでしたが、前日に実施された客車の送り込み回送とSLの返却回送を近場で撮影してきました。


土曜日の客車回送は水鏡を狙って天王山の麓で。
少し風が吹いていたものの、国鉄特急色の1132号機牽引で統一感のある編成が水面に映りました。
ところで「やまぐち号」は新型客車が登場したので安泰ですが、こちらの代替車両はどうなるのか気になります。稼働率もそこそこ高く、先日も山陰DCの一環で運転される急行「白兎」での起用がアナウンスされましたが、その後は果たして……。

日曜日の夕方は、本運転を終えたC56の返却回送を撮影しに大津へ。
前からトライしてみたかったポイントへ向かいました。


最後は滋賀県内で、そして本線らしい風景をと思い、京都方にある上関寺トンネルへ。
装飾も立派な明治隧道が目を引きます。上関寺TN自体は上を通る京阪京津線を潜るだけなのでごく短く、すぐ先の新逢坂山トンネルで京都・滋賀の府県境を跨いでいます。
左手には道路橋があり、列車が姿を見せるスポットはほんの僅か。それでも通過時には数人のギャラリーができており、やがて大津駅を低速で通過してきたポニーはEF65のエスコートで京都へと至る隧道に吸い込まれ、慣れ親しんだ湖国へ静かに別れを告げたのでした。

7月からはD51に牽引機を改めた新生「SL北びわこ号」が走り始めますが、運転日は増えるものの、午前中に走る1号のみの運転となるようです。運行経費か車両の負担軽減か、或いは双方が関係しているのかもしれませんが、これはこれで、午後に若狭や尾張方面に足を延ばせるので悪いことばかりではありません。この返却回送も今のような日の長い時期しか走行は撮れませんが、時刻が早まる可能性も考えられます。いずれにせよ、D51と客車が織りなす新たな湖北の四季を楽しみに私はまたかの地へ通い続けるのでしょう。
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