夏の終わりの西播へ

2018年09月15日 17時48分10秒 | 旅行記
表題の通り、今からひと月ほど前、8月19日(日)のお話です。
18きっぷの消化と言えばここ数年は「新快速」走行範囲の西端、姫路方面へ行くのが恒例と化していましたが、最近はシーズン外に「関西1デイパス」で同地域を訪れることが多く、ならば「1デイ」では乗れない路線に乗ろう、ということで今回は姫新線を訪れることにしました。記憶が確かであれば約4年ぶりの乗車となります。

急ぐ旅ではないので、「高槻から快速」の加古川行きでのんびりと、加古川で接続する新快速に乗り換えて姫路へ。支線区への中間改札が設けられてから初めての乗り換えとなりますが、有人改札で18きっぷを呈示すると(当然ながら)すんなり通れました。ホームの端に停まっていたキハ122の単行は既に満員。とは言え、短距離利用者が多いのか通路側の空席がちらほらあったので空いた区画に腰掛けて発車を待ちます。座席や車体は223系とそう変わりませんが、走り出すとやっぱり気動車、ディーゼルエンジンの鼓動が座席を通じて伝わってきます。


2駅目の余部で立ち客がなくなり、続いて4駅目の本竜野で大半の乗客が降りていきます。
私もここで下車。「本」を冠する通りたつの市の代表駅で、山陽本線の竜野駅は5kmほど離れた揖保川の下流に位置しています。橋上駅舎を出てしばらく西へ進み、川を渡ると城下町が広がっていて、いかにも、というか、ありがちな景観が広がるのですが、





……


………人がいません。(笑)
「そうめん揖保の糸」や「ヒガシマル醤油」こそ有名ですが、それらを取り巻くこの町じたいはそれほど知名度が高くないのか……人は見ない代わりにたくさん飛んでいたのが赤とんぼ。秋が近いということもあるのですが、当地出身の詩人・三木露風もこのとんぼを見て育ったのでしょう。


そんな街並みを通り抜けて、龍野城跡近くに建つたつの市立龍野歴史文化資料館を訪問。
ここで「維新のたつの~最後の殿様と龍野県~」展を見学しました。先日訪れた桑名市と同様に明治150年を記念した展示ですが、こうした小藩が迎えた幕末維新はこのような機会でもないとなかなか知ることができませんから非常にありがたいです。

龍野城は江戸期に再建された後は脇坂家が代々治め、最後の藩主、そして藩知事となったのが脇坂安斐(やすあや)。展示は彼の半生にスポットを当てており、京都所司代を務めていた頃の警備を示した図や(御土居堀が描かれていた)、幕府の第一次長州征伐の際に宿場における収容人数を記した図、廃藩置県によって龍野を離れる際、民に示した心得など、藩と歴史上の出来事とのかかわりがよくわかる展示でした。
また常設展示では幕末維新期に限らない龍野の歴史について触れられており、播磨で現存する唯一の検地帳や、当地も高瀬舟による舟運がおこなわれていたことを知りました。この記事を書くにあたって再度資料館のHPを参照したところ、10月は姫新線にかんする展示が催されるようで……また行かないといけませんね。(笑)

資料館を出てからは付近の散策へ。
甘いものでも食べたいな、と思っていると古民家を活用したお休み処を見つけました。


地元のご婦人が運営されているようで、アイスケースに「しょうゆアイス」「そうめんアイス」(いずれもご当地モノ)が並んでいるのを見つけ、これは珍しいと思いどちらがオススメかと尋ねると後者を勧められました。


アイス自体は「塩バニラ」のような感じで、刻んだそうめんのもちもちとした食感がアクセント。意外な組み合わせですが猛暑にはぴったりでした。是非お試しあれ。

さて、お休み処で頂いた観光案内図を手に旧脇坂屋敷を目指して散策を続けます。




旧脇坂屋敷。前述の通り脇坂家は廃藩置県に伴い華族となって東京に移り住むのですが、その後、明治10年に龍野へ帰還。以来の住居だそうで、戦後までは人が住んでいたようです。

ここまで結構な道のりを歩いてきましたが(駅のレンタサイクルにしておけばよかった……)、さらにこの先の龍野公園には茶室があるとのことで、もう少し奥へと進みます。


階段を上っていくと、


電線類が邪魔ですが、龍野の景色が広がります。


振り返ると聚遠亭茶室。これも脇坂安斐が京都所司代の頃に孝明天皇から下賜された茶室を移築したものだそうで、池に浮かんでいるのが特徴。


屋根を見れば、脇坂家の家紋「輪違」。


この日は閉まっていましたが、水際の茶室というのは何とも涼しげです。

一通りの散策を終えたので、再び揖保川を渡って本竜野駅方面へと戻ります。
せっかくなので地元の喫茶店を訪れておきたいと思い、


マックスバリュの近くにある喫茶ペリーヌで休息。
こうした純喫茶を訪れることも最近の旅の楽しみの一つです。数人の常連客に混じってケーキセットを。

時刻も16時を回り、そろそろ帰ろうと本竜野駅へ向かいますが、そういえばキハ122・127の走行写真を撮ったことがないことに気付き、近くの踏切に回ってみれば……姫路方面にお誂え向きのカーブが広がっていたので構えてみます。


カーブの向こうから姿を現したのはキハ127の2連。単行では物足りないところなのでちょうど良かったです。


振り返ると列車交換、今度は姫路行きが発車します。
データイムの本竜野は行き違い駅なので両方向ともこの後は30分待ちとなるのですが、この時間は近くの「堂本」バス停から姫路駅行きの神姫バスが数分後に出るのでそれに乗車しました。


起終点共に鉄道と重複しているので車内はガラガラ。バスは時間1本で所要時間は約40分。JRの時間2本・約20分と比べると利便性の差は明らかですが、それでも姫路の市街地に近づくにつれ席は埋まり、ほぼ満席状態で姫路駅北口に到着。ここからは新快速1本で帰りますが、階段を上がると停まっていたのは……


団体専用の117系でした。車内に「金光教」の文字が見えたので岡山から来たのでしょう。10年ほど前は特急型の485系やキハ181系が使用されていたように記憶していますが、思えば波動用車両も数を減らしたものです。臨時列車ゆえに足は遅いだろうと、直後の新快速に乗ってみれば早くも2駅先の御着でこの金光臨を抜き去り、後はいつも通り寝て過ごしながら1時間半の後には帰洛を果たしたのでした。
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「ハローキティこだま」を撮る(神崎川から)

2018年09月03日 00時49分17秒 | 鉄道関係
9月に入り、外で鳴いている虫の音で秋の気配を徐々に感じています。
あれだけの酷暑に見舞われた夏も終わるとなればやや寂しさが付きまとうもので、「さよなら夏の日」なんか聴きながら、今年の夏も、なんにもできなかったことを嘆きます。
「平成最後の夏」かぁ……。

さて、2日(日)は「ハローキティこだま」を撮りに、以前から行ってみたかった神崎川へ。
JR東西線の加島駅から徒歩10分ほどの神崎橋からの撮影です。河川敷に下りることもできるようですが、とりあえず無難にアイレベルから。


予想に反して晴れたので空を入れてみました。
足回りは入りませんが、特徴的なピンクを纏った車体の大部分が写るので、ただでさえ制約の多い新幹線の撮影地としては満足です。川幅が広いので、なんとなく浜名湖にも似ていますね。


新大阪を出てすぐなのでそれほどスピードも出ておらず、橋梁自体も長いので後追いも可能です。
加島駅は大阪市に位置していますが、神崎橋の西詰は既に兵庫県尼崎市。周辺には工場が建ち並び、阪神工業地帯の一角を成しています。思い出すのはやはり『華麗なる一族』……。(笑)


せっかくなので数分後の「みずほ」も記録。
8両編成は架線柱6本分に収まるということですね。天候や季節によって様々な撮り方ができると思うので、また訪れたいと思います。

帰りは尼崎まで歩いてみましたが少々距離がありました。大人しく加島に折り返すべきでしたが、金券自販機で余命僅かの昼特きっぷが買えたのが収穫でした。(笑)
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夏の「SL北びわこ」を撮る(+いろいろ)

2018年08月25日 01時03分20秒 | 旅行記
お盆休みが明けました。
この仕事の「平常運転」はもう少し先なのですが、徐々に体を慣らしていかなければなりません。

さて、今シーズンからは1往復が削減された代わりに(?)運転日が増え、C571号機での代走が継続している「SL北びわこ」ですが、お盆の前半戦、8月12日に再び湖北を訪れました。18きっぷシーズンということで米原駅は帰省客も加わり活況を呈していましたが、SLの前を走る敦賀行きの客層は相変わらずで(笑)、車窓から沿線の人出を確認しながら、やはり私も同業者に混じって河毛で下車しました。

河毛駅周辺には有名撮影地が点在していますが、この日は曇りだったので小高い山の俯瞰ポイントを目指します。
じつは昨年のうちに上って目星を付けていたのですが、当然ながらこの夏の間にすっかり草が生い茂り、前述のように「北びわこ」の運転日が増えた割には人が立ち入った形跡はゼロ。途中からは背丈ほどになった藪を枝切れでかき分けて進み、蜘蛛の巣と戦いながらどうにか視界の確保できるポイントに辿り着きました。これなら田村山の方がまだマシです。(笑)

列車の通過までは約20分。日焼け止めを塗っていたのでヤブ蚊の襲来はある程度抑えられましたが、どうやら蜂の縄張りにもなっているらしく、時折丸々太った蜂が近くを飛ぶことがありなかなかスリリング。やがて遠くから汽笛が聞こえ、「北びわこ1号」が長浜を出発したことが告げられるとこちらも臨戦態勢に。(笑)


向こうに見えるのは虎姫駅。高らかに煙を上げて発車の準備。


虎姫を出てすぐに「しらさぎ」とスライドすると、田園地帯へと躍り出ます。
もう少しすれば稲穂が色づいてくるのでしょう。


やがて甍の波も美しい河毛の集落へ。
蒸気列車の似合う風景はまだまだ残っているのだなと感じます。

一駅間のロングショットを収めた後は、虫さんたちに居場所を明け渡すために急いで下山。(笑)
その途中で発車の汽笛が聞こえたので、


早歩きで山を下りると何とか間に合いました。


右側には北陸自動車道の高架、それを越えると有名な勾配の河毛カーブ、高時川橋梁が待ち構えているという位置関係です。

そうしてまた河毛駅へ戻り、やはり撮影帰りの同業者を大勢乗せた新快速に乗って米原へ。
前回は嶺南敦賀へと歩みを進めたものの、今回は18きっぷ使用ということもあって久々に東海エリアへ足を延ばします。


その前に、ちょうどお昼時なので構内出店中の井筒屋さんで飛ぶように売れていた鱒寿司のラスト1を購入。
乗車券と特急券も買い足して「しらさぎ」車中で昼食としました。お盆とは言え米原から先は自由席でも多少の空席がみられ、県境を越えて20分少々で大垣に到着。さすがに快適でした。




18きっぷで東海道線を乗るときにはおなじみの大垣駅ですが、意外にも今回がほとんど初めての途中下車です。
地下水が豊富に湧き出る大垣はこの時期、水まんじゅうを夏の風物詩として売り出しており、なかにはイートイン可能なお店もあるとのこと。いろいろ調べていると、かき氷と一緒に味わえる「水まんじゅう氷」なるものに目を奪われ、大垣城を横目に駅から徒歩数分のところにある餅惣さんへ向かいました。


(写真は退店時に撮影。ぎょうさん並んでます)
店先の屋台で注文して商品を受け取りイートインコーナーへ、食べ終わると店先の棚に返却するセルフ方式。
ちょうど私の前で氷が尽きたので、削りたてのかき氷を味わうことができました。


見た目は普通のかき氷です。
もちろんシロップがかかっているのでこれだけでも甘くて美味しいのですが、


食べていくと水まんじゅうが入っています。
水まんじゅう自体は店先の水槽で冷やされているもので、それが更に氷で冷たくなっているのですが、ぷるんとして舌触りがよく、こしあんとの相性も抜群。暑さもすっかり吹き飛んでいきました。和菓子において涼を感じさせる工夫はたくさんありますが、やはりこの夏は本物の氷に勝るものはない……!

駅に戻ってからは改装前の駅ビルを物色し、後続の新快速に乗って名古屋へ、今度は関西本線に乗り換え。
編成両数にバラつきのある同線ですが、次に乗る普通列車は2両編成で既に立客多数。20分ほど後に発車する快速「みえ」(こちらは空席多数)も隣のホームに停まっていたのですが、普通が先着なので泣く泣く立ったまま桑名まで。


桑名も初めての下車です。大垣からは養老鉄道経由で一直線に来れる場所ですが、所要時間はJRの名古屋回りでも大差ないことが分かり、この日はまだ18きっぷのモトがとれていないし……と、乗り換えの手間を承知でJR利用となりました。とは言え、先日発表があったように、もと近鉄の旧型車もいよいよ(旧型車による)置き換えが決まったようで、次回この辺りに来る際には是非訪れたいところです。

名古屋から桑名までの道中では雨が降り始めましたが、タイミングの良いことに桑名は雨上がり。




駅から南の方向へ、城下町の面影を感じながら、桑名市博物館の「戊辰戦争と桑名藩」展を訪れました。
今年は明治維新150年を記念して各地で幕末維新期にかんする展示が相次いで催されていますが、メディア等で頻繁に取り上げられるのはせいぜい薩長土肥+会津くらいで、それ以外の藩はどのような幕末維新を迎えたのか知る機会がありませんでした。ここ桑名藩は幕府方の勢力である一会桑の「桑」にあたりますが、やはりこれも一橋(慶喜)や会津(松平容保)は有名であるものの、桑名藩主の松平定敬(さだあき)については恥ずかしながらほとんど知らず、桑名市としてもそうした現状を憂いてか(?)夏休みの自由研究向けと銘打っての展示は平易なキャプションが門外漢には却って分かりやすく、新政府軍への恭順か抗戦かを神前でのクジ引きで決めたり、北越戦争での活躍ぶりはほとんど初めて知るところでした。「津藩の裏切り」という文言が二度も出てきたのは気のせいでしょうか。(汗)

帰りは関西本線を進んで帰ろうと思っていたのですが、伊勢鉄道が落雷の影響で運転を見合わせ、快速「みえ」や特急「南紀」は区間運休の由。このまま亀山まで進んでもその先に行ける見込みも分からなかったので、動いていた名古屋行きの普通列車に乗ってUターン。途端にどっと疲れてきたのと、携帯の充電が切れかかっていたこともあり、平常運転の新幹線に飛び乗って帰ってきました。以前なら意地でも18きっぷにこだわっていたのですが、モトをとったならもう後は何に乗ってもいいや、くらいの余裕は大切かもしれませんね(出費に対することの合理化)。
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一年に二日のみの営業! (臨)津島ノ宮駅を訪れる

2018年08月13日 02時07分56秒 | 旅行記
立秋を過ぎ、朝晩は涼しく感じる時もしばしば。
あれほどの猛暑に苦しみながらも、季節は確実に進んでいるのだと実感させられます。
……と書こうとしたのですが、今週に入ってまた蒸し暑さが戻ってきました。毎年のことながら、厳しい残暑長引く京都です。

さて、もう先週末のことになりますが、表題の通り、JR四国の津島ノ宮駅を訪れてきました。
同駅は毎年8月4・5日に催される津嶋神社の夏季大祭に合わせて営業する臨時駅で、日本一営業日の短い駅として知られています。日程も曜日にかかわらず毎年固定されているのですが、今年はタイミングの良く土日に重なったこともあり、この機会にと弾丸計画を組み立てたのでした。

18きっぷ期間中ということで、JRの岡山経由で向かうのが最も安いのですが、ある企み(後述)があって行きはのんびり高速バス。
朝9時前の京都駅烏丸口から「高松エクスプレス京都3号」に乗車しました。運転手さんのアナウンスによるとこの日は予備車での運転で、コンセントが無いとのこと。3時間の道のりですから、あってほしい設備ではありますね……。


スピードでは新幹線経由に劣りますが、乗り換えナシで行けるのは楽です。
淡路島の室津PAで開放休憩を挟みながら、高松駅には5分ほど早く着きました。

ここで早速、津島ノ宮までの切符を調達しようと思ったのですが、みどりの券売機では出ず、日曜日ということで窓口にも長蛇の列。ならばとりあえず行けるところまで行こうということで、ICOCAで入場、一路多度津まで。


と、その前に、駅構内の「連絡船うどん」で昼食にかき揚げおろしぶっかけを。
この時期の麺類は冷たいものに限ります。駅前のうどん店は混んでいたのですが、ここは立食なので回転が早くすぐに食べることができました。

そうして、マリンライナーと普通列車を乗り継いで多度津へ。
ここでは30分ほど時間があるので駅の外に出てみました。


新しくなった歩道橋を渡り、駅の南側へ。
この日の時点では先の豪雨災害で予讃線の本山~観音寺間が不通だったため(8/9運転再開)、特急列車は岡山・高松~多度津間と観音寺~松山間でそれぞれ折り返し運転を実施。そのため構内にはふだん居ない位置に特急車が停まり、駅前には観音寺までノンストップの特急代行バスが待機していました。


役目を終えた古い歩道橋の陰で涼みながら、夏休み中の子どもたちで賑わう「アンパンマントロッコ」を。
このラッピングになってから撮るのは初めてのような気がします。


また、駅の北側では「ハチロク」のツーショットも実現。
8600系はSLをイメージして造られたと聞きます。こうして先頭の形状を見比べてみると、分からなくもない?

そうこうしているうち、津島ノ宮へ向かう列車の時間が近づいてきたので窓口で切符を購入、ホームへ向かいます。
車内には家族連れや同業者の姿が目立ち、燧灘を望みながら2駅目、いよいよ念願の津島ノ宮に到着しました。


駅ホームはカーブ上に位置しており、列車とホームの間が大きく空いているばかりでなく、段差も生じています。
そのため、降車時は各扉の脇に立った係員さんが注意喚起と誘導。臨時駅らしい光景です。


「日本一営業日の短い駅」の駅名標と共に。
最近になってJR四国は駅をキャラクター化する取り組みを始めていますが、こうした臨時駅もきちんと「仕立てて」くれているのは好感が持てます。イラストも構造に忠実かつ可愛らしくデフォルメされていますね。


駅舎全景。
この感じだと非冷房なのでしょう。大勢の社員さんが交代で涼をとりながら業務に当たっていました。


別角度から。
キャラクター化されながらも、旧来の褪せた駅名板が残っていました。


精算所で無効印を申し出ると意外にもオリジナルのものが用意されていて、「津島ノ宮」の券面ともども良い記念になりました。
臨時窓口で購入した入場券はレシート様式であまり収集向きではないですが、2日間しか出ないものなので一応。(笑)

大勢の先客を追って駅を出るとすぐに出店が連なり、いかにも「祭」の様相。
かき氷やアイスクリンの文字列に誘惑されながら、駅名の由来となった津嶋ノ宮神社に向かいます。

神社の本殿は先に紹介した駅名標イラストの通り、海上を渡る津島橋を渡った先にあります。この橋も大祭の日以外は通行禁止ですが、津島ノ宮を象徴する橋ですからこれは渡っておこうと思い、通行料300円を払ってしばしの海上散歩。


ここだけは風が通り抜けて気持ち良かったです。


橋を渡ると本殿が見えてきました。
津嶋神社は子どもの守り神を祀っているそうで、客層も家族連れが多かったのですが、駅目当てで降り立った私のような一人者も少なからず参拝していてそれほどアウェー感はなかったのが幸いでした。(笑)まぁ、広義の「子どもたち」に日頃から接する仕事ですから、お参りしておくに越したことはないでしょう。


階段から振り返ったところ。良い景色です。
順番に並んでお参りを済ませ、来た道を駅へと戻ります。帰りの列車の都合上、滞在時間が40分しかとることができなかったのですが、何とか目的は果たせました。


駅に戻る途中、振り返って神社本殿の方をもう一度。
青い海に赤い橋が映えます。ここまでは通年来ることはできますが、橋の上を人が行き交っているのはこの二日間のみの光景。


帰りの電車の時刻が近付いてきたので改札へ。津島ノ宮から18きっぷを使用開始しました。
冒頭述べた「ある企み」とはこのことで、1年に2日しか使われないこのチケッターを一度捺してもらいたかったのです。後で知ったことですが、先に取り上げた無効印のほかに途中下車印も設備されていたようで……臨時駅にしても恐るべき充実ぶりですが、これはまた再訪の契機としましょう。

ほどなくして、両方向ともに最終列車がやって来ます。


本山行きは7200系。
驚くことにこの列車での降車客も少なからずいて、おそらくは彼らが今年最後に津島ノ宮駅に降り立った乗客となるのでしょう。


そして数分後、高松行きの最終列車が到着。
この列車が、今年最後に、そして平成最後に津島ノ宮を発着する列車となります。


ホームに残っていた多くの人が乗り込みましたが、部分不通の影響か車内はそれほど混雑は見られず。
駅に詰めていた社員さんたちのお見送りを受けて発車しました。運行側からすれば、今年も無事故で営業を終えることができてホッと一息、といったところでしょうか。


高松行きを坂出で降り、マリンライナーの乗り継いで岡山へ。
瀬戸大橋30周年記念HMが付いていました。このデザインなら素直に円形HMで良いのでは、と思うのですが、先頭形状の関係でいろいろと制約があるのでしょうね。

ここからはひたすら東へ進んで帰るのみですが、


18きっぷを使っていながら岡山~相生間は毎度のように新幹線ワープ。
ちょうど夕食時だったのでホーム上で倉敷ぶっかけうどんを。お昼は讃岐うどんでしたが、初めて食べたこちらもなかなか食べ応えがあります。まだまだ日も長く、猛暑でなければ帰りにいろいろ寄り道をしても良かったのですが、あまり道草をすると子どもの神様のご利益も薄れてしまいそうですからと、大人しく相生から新快速に乗って帰ってきたのでした。
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「ハローキティこだま」を撮る

2018年07月31日 23時05分53秒 | 鉄道関係
7月も今日で終わり。
地震、大雨、台風、そして猛暑とロクなことが続きませんが、どうにかこうにか休みのとりやすい時期に入りました。

さて、6月末から運行を開始した表題の列車ですが、初の撮影は六甲トンネル上へ。
有名な阪急の甲東園駅近くの撮影地です。当然アクセスは阪急電車となるわけですが、ひっきりなしに関学へ向かうバスを見て、以前にも来た覚えが……そういえば5年前に学会参加のために訪れたことがありました。それを駅に着くまですっかり忘れていたのですから、歳をとったもんです。(笑)


トンネル上は新幹線の新大阪方面、そして阪神間を一望できる公園となっていて、通過時刻が近くなると何処からともなく親子連れの姿が。やがて新大阪を出て6分程度でしょうか、紫からピンクに装いを改めた500系が勢いよくトンネルに吸い込まれていきました。地味目の塗装が多い山陽新幹線にあって屋根一面までのピンクはやはり映えます。これならもう少し離れたところから狙ってもおもしろそうです。

撮影チャンスは今後もありますから今回はこれ一枚とし、帰りは少し捻ってJR甲子園口駅へ向かう阪急バス(1日3本)に乗車しました。しばらく阪急沿いに住宅地を縫って幹線道路へ、そして武庫川沿いに南下する道のりで所要時間は30分。異なる事業者の駅同士を結ぶバス路線は全国数多ありますが、点と点が繋がって、その地域を面として把握できていく道中はやはり楽しいものです。

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