いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」

オール人力狙撃システム試作機

マクドナルドの苦戦の理由について考えた

2009年07月19日 17時01分35秒 | 俺のそれ
個人的にはあまり関係ないのですが、マクドナルドの記事でふと思ったことがあったので。


“独り勝ち”マックも失速? 6月売り上げ3年半ぶりマイナス  - MSN産経ニュース

(以下に引用)

 日本マクドナルドホールディングスが10日に発表した6月の販売実績によると、新店を含む全店売上高は前年同月比2・9%減となり、平成18年1月以来3年5カ月ぶりに前年実績を下回った。既存店ベースでも4・4%減と20年4月以来、1年2カ月ぶりのマイナス。前年同月は大型のキャンペーンを実施していた反動に加え、休日が1日少なかったことが響いた。

 既存店ベースの客数は5・4%減と2カ月連続のマイナス。客単価は1・0%増と11カ月連続で前年を上回ったが、5月の5・6%増から大きく縮小した。

 マックは外食不況の中で、前年比プラスを続け、過去最高の売り上げ記録を更新するなどで、“独り勝ち”といわれてきた。同社では、今回のマイナスは一時的な要因としているが、市場では「マクドナルドといえども消費不況の波に抗しきれなくなってきた。今回の“失速”は長引く可能性がある」(カブドットコム証券の河合達憲マーケットストラテジスト)との声も出ている。

=====


たぶん会社の方で減速した要因については分析されているだろうと思いますけれども、外食産業には無知を承知で書いてみます。

記事中にあるような「休日日数が少ない」、「昨年実施の大型キャンペーンの反動」などがあるかもしれず、別な見方では証券の専門の人が言うように「消費不況に抗しきれなくなったのかも、長引くかもよ」ということなのかもしれません。一応、そういう理由はあるかもしれませんが、個人的推測では違う理由が思い浮かぶのです。


それは、定額給付金に合わせた例の商品券です。

12000円分で約20000円相当の商品と交換のできる商品券、という謳い文句でしたね。これがかなり影響したのではないか、というのが私の仮説です。

この商品券発売後に、まず初期需要が訪れます。すると、5月中に既に6月需要分を先買いしているようなものですので、この商品券の売行きが良かったのであれば、余計に6月にはその分の落ち込みがやってくるのではないだろうか、ということです。会社発表では5月の販売成績がそこそこ良かったようですので、その中にはこの商品券の売上の貢献分が入っていたでしょう。それは5月時点で、それ以降の消費分も買ってしまっていたのだから、6月以降にはそれを上回る新規需要がなければ販売成績が落ちることは予想できそうです。

特に、12000円分の商品券を買うような人は、多くがヘビーユーザーといいますか、元からマクドナルドの利用回数の多い固定客という可能性が高いでしょう。そうなると、新規顧客獲得効果よりも通常割と頻繁に利用している客層への還元効果が大きくなり、お得意さんである固定客たちが5月中にそれ以後の需要分を先買いしてしまっていることになるので、成績が落ちてしまうことになるのではないかな、と。

そういう固定客であるが故に、商品券導入直後から「お得だ」と考える人たちは早速購入しようとしますから、初期の商品券需要は高まるだろうな、と。ところが、そういうお得意さんたちが商品券を一通り購入してしまうと需要が一巡してしまい、新たな客層(これまであまりヘビーではなかった利用客=数回程度の少ない利用客、或いはこれまで利用していなかった全くの新規利用客)がそんなに12000円商品券を購入するとも思えず、それとも商品券の販売ペースを落としたか、でしょう。

なので、客単価は5月に比べ落ちる、というのも頷けそう。


商品券の中身をみて、大体「8千円分お得」ということになれば、2万円の売上高でも4割程度は原価に上乗せしている、と考えられなくもないわけです。ただ、現金の利益で払うのではなく、あくまで現物給付というのと同じなのがミソだろうとは思いますが。あと、ドリンクですかね。
ほぼ儲けの塊みたいなドリンクというのは、これ単独では痛手もないでしょうし、来店時に他の商品(特に食べ物)を購入する可能性が高いので、単価が上げられるということなんでしょう。

だから、8千円分もお得なんです、ということにしておいても、原価割れといった事態にはならないのでしょうね。


ま、あの手この手を考えると、やはり功罪両方があることもあり、やってみてはじめて判ることもある、ということでしょうか。



こんなところでもオリックスか?

2009年07月19日 14時06分08秒 | おかしいぞ
まあ、自治体なんて無垢のカモに過ぎないから、いいように民間企業にムシられ、タカられたんだろうね。


まんまとオリックスグループなどに、医療を食い物にされたってわけだ。


日本初の病院PFI事業 わずか5年で破綻の顛末《特集 病院・診療所》東洋経済オンライン - Yahooニュース


民間企業がやれば、利益が出るだの黒字化するだのとか、経営のプロに任せろとか、調子のいいことを言う連中はいる。しかし、現実はこうなのさ。

参加している企業群に利益がたかられたり、内輪の発注とか利益誘導とか、いくらでも可能なのだ。それは”民間”だからさ(笑)。


これは郵政公社の西川一派にやられた手法と似たりよったりだ。

で、まんまと国や自治体が出し抜かれて、金を掻っ攫われるの図、ってことだよ。これが民間のやり口さ。利益優先というのは、こういうことなのさ。




ヲイヲイ、これは新たなパクリか?

2009年07月18日 17時17分38秒 | 俺のそれ
タイトルが、アレだな。

<首長政治団体>横浜市長ら3氏 10月にも新政治団体(毎日新聞) - Yahooニュース


その団体名は、

「『よい国つくろう!』日本国民会議」

だそうで。


遂に来たか、超マイナー拙ブログの時代が(笑、ウソ)。


だって、似てないか?
とは言うものの、本当は「誰でも知ってる」って話だろうけど(笑)。


『いい国つくろう!』だと、あんまりだ、ってことになりかねないので、微妙に変えてくるあたりは、中国に似てなくもないかも。冗談ですけど。


さて、どうなりますか。



それって、「どんだけ?」

2009年07月17日 14時24分47秒 | 俺のそれ
こんな話が。

1メートル決める「標準器」、26年ぶり交代 科学 YOMIURI ONLINE(読売新聞)

(以下に一部引用)

 従来の装置に比べ300倍の精密さで1メートルを決めることができる。今後、国家標準として様々な測定装置の校正に用いられる。

 新しい標準器は、同研究所が開発した「光周波数コム装置」。極めて正確な波長を持つレーザーを作り、「光が2億9979万2458分の1秒間に真空中を進む距離」と定義される1メートルの長さを切り出すことができる。

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ある人はこの記事を見て言った。

「ねえねえ、『光が2億9979万2458分の1秒間に真空中を進む距離』って言われたって全然判らんよね、それってどんだけ?www」


すると、隣にいた人が答えた。

「いちメートル」


これを聞いたある人は、ずっと無言だった……。



最近流行り?らしい「総括」

2009年07月17日 14時17分31秒 | 政治って?
昔の学生運動とか、左翼的運動なんかの傾向などは知らないけれど、国会議員さんたちは割と年配の方々が多いようなので、そういうのと無縁ではないのかしれない。

麻生総理批判が昂じて、自民党議員たちの中に「総括せよ!」と声高に言い募る人々がかなり多くいるらしい。


以前に触れたことがある(教育の牢獄)が、「何とかコミューン」みたいな活動の中で出てくる、「自己批判せよ!」「自己反省せよ!」みたいなものとか、「解任すべきです!」とか、そういう傾向が似ているように思える。


「麻生総理も執行部も、自己批判せよ、敗戦の総括をせよ」と吊るし上げているさまは、かつての日本の左翼的態度にピッタリと符合しているのである。受けた教育というのは、歳を取っても消えぬものなのかもしれない。



官僚たちの夏休み

2009年07月16日 18時20分39秒 | 俺のそれ
新用語。

雲竹書房『現代不思議用語字典』によれば、次のような語らしい。
(以下に一部引用)


・官僚たちの夏休み

政権担当の政党や国会議員が決まらないまま、お盆休みなどの夏休み期間に突入すること。

霞ヶ関では「不夜城」というのが一般的ではあるが、個々の職員を見れば交代で休んでいる。ただ、非常に重要なポストや、色んな意味で状況の厳しいポストの官僚たちだけは、休みもとれずに日夜奮闘を強要されてしまう。国会期間中では、夏休みなど許されない官僚も多い。

なのに、選挙直前ということから霞ヶ関や永田町界隈からは先生方が一斉に消えてしまい、地元に張り付きになってしまう為、この時ばかりは官僚たちの仕事が激減するという。
与党になるのがどの政党なのかも決まっていない為、政策立案や予算案作成の根回しなど、細かい活動も要らなくなるという。族議員界隈との打ち合わせや折衝等(議員側からの圧力、説明と説得、逆に官僚側意見の働きかけ等々)が行われなくなるらしい。

こうしたことから、本来は休みの取れそうになかった官僚たちが、順次夏休みをとることができるようになるという、珍現象が発生することになるわけである。特に、選挙が8月末に行われることが必要条件となるので滅多には発生しない上に、旧与党側が大敗の見通しや政権交代が濃厚といった条件も必要になってしまう為、極めて少ない現象だそうだ。


霞ヶ関の官僚たちが大挙して夏休みに突入することから、昼メシ担当の食堂や近隣の飲食店などでは売上激減となって大打撃が訪れるらしい。これを称して、界隈の業者や事情通の間では、「百年に一度の夏休み」などと呼ばれることがあるそうである。


元ネタは、最近色んな意味で話題のドラマ『官僚たちの夏』ということらしいが、真偽のほどは定かではない。



酷評さゆり

2009年07月16日 16時12分39秒 | 俺のそれ
新用語。

雲竹書房『現代不思議用語字典』によれば、次のような語らしい。
(以下に一部引用)


・酷評さゆり

あまりに酷く批判や批評をされている時、思わず口をついて出る言葉の一つ。
酷評されている主体を不憫に思い、やや同情の意を含む場合にも用いられる。また、酷評をしている主体を指していう場合もある。

元ネタは、勿論「コクショウサユリ」という名が由来とされている。


用例:

「○○党はもうどうしようもないって、酷評さゆり…」

「AS○さんもここまで言われると、酷評さゆりだな」

「このコメンテーターはかなり強烈だね、酷評さゆり!」



某所のみで通用していた用語らしい(って、「オレのみ」なんだけど)。




『官僚たちの夏』~第2回

2009年07月14日 15時11分22秒 | 俺のそれ
このドラマの話を書くつもりはなかったのだけれど、偶然目にした記事が気になったので。


ふーむむ、一理ある意見ではあるけれど…。

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本石町日記 総選挙ですか、そうですか(棒読みモード)=「官僚たちの夏」で追記

「官僚たちの夏」、第二話の視聴率はかなり下がったようだ。でも、個人的には、大臣も巻き込んだ海外組(高橋克典など)との派閥抗争の芽生えがあったりして、まだ面白いと思った。あと、制作サイドへのかなわぬ希望だが、女性キャリアに「私達があたかも将来が分かったふりして産業界を指導するのはソビエト的ではないのか」と言わせたりしたら、ドラマの奥行きが深まると思うが。視聴率、取れないね(苦笑)。

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「将来が分かったふりして産業界を指導するのはソビエト的ではないのか」という意見は、よく判る。そんなに官僚の発案や意見が正しいとも思えないからだ。だから、女性キャリア(吹石一恵)に路面電車の中で、「でも、指導する立場の側が間違っていたらどうするのかしら」(おおよそセリフはこんな感じ)という意見を敢えて言わせていた。
ソビエト的だの社会主義的だのなんて言わなくても、国が産業界を正しく指導することなんてできるのか(意味があるのか)、ということをきちんと捉えていたわけである。昨今の官民一体の産業プロジェクトを見れば、無駄の温床とか補助金のムダ遣いとか、そういう側面があることは否めない。だからこそ、現場の仕事も何も知らない官僚なんかに産業政策なんて考えられるのか、という意見が多くなってしまうのも無理はない。


これは確かにそうなのだけれども、産業政策がまるで意味がないかというと、案外そうではないかもしれない、と思えたりもする。日本ではベンチャー育成の環境とかはあまり整備されていないかもしれず、そうなると「やってみたけどダメだった、無駄だった、失敗だった」というようなことって、ごく普通のベンチャーでぽしゃった事例と似たような話なのではないのかな、と。やってる主体が、民間だけなのか、国も混ざっているのか、というくらいしか違わないようにも思える。


マージャンをする時を考えてみよう。
メンバーには、民間企業A、B、C、Dがいるとする。このうち、Dの後ろには「官僚のXさん」マンツーマンで付いて指導するものとする。普通なら、民間企業に全部任せて「好きなようにやっていいよ」ということで、ゲームを見守るくらいしかないのだが、「官僚のXさん」は必死に指導してDに成功させようと「ああ、それは切らないで、こっちを切って」とか、後ろからいちいち細かく言うわけだ。Dにしてみると、「本当にマージャンをよく知ってるのかな、経験はこっちの方があると思うんだけどな」とか思うわけです。

で、うまくいかないと、「官僚のXさん」の言う通りに打っていたのに、「なんだ、ダメじゃん、振り込んじゃったじゃん」とか「またアガれなかったじゃないか、アンタ本当にマージャン知ってるの?」とか、そういう意見が出るのだ。「官僚のXさん」が余計な口出しをしたばかりにうまく行かなくなったんだ、というわけですね。でも、どっちにしろよく判らないんじゃないでしょうか。「官僚のXさん」が何もせずに、じっと黙って見ているだけだったら、民間企業のDさんがアガれたんでしょうか?要するに、民間に任せておくというのは、ただ好きなように打たせておくだけで、だからといって成功できるかどうかは結局のところ判らないんじゃないかな、と。民間だけだからうまく行く、ということも、そうなのかどうかは判らないかも。マージャンの面子に、民間3人と国の1人を入れる場合と、民間4人だけの場合と比べて、後者の方がはるかにうまくいくということなんでしょうか?

余計な口出しや手出しはしないでくれ、アンタは下手くそなんだから、ということなら、それをはっきりさせられる関係にさえなっていればいいのでは。けど、新規事業とか将来産業育成というのは、国(省庁)だからこそある程度のリスクを許容できる(税金を無駄にするので、それを責められるリスクは大きいだろうけど)ので可能な部分というのもあるかもしれず、ベンチャー育成環境の十分整っていない日本にはそういうリスクを取る主体も必要なのではないだろうか、ということがあるんじゃないのかな、と。



ドラマの中では、テレビ製造事業の新規参入規制というのがテーマにあったが、これも所謂「レモン」を防ぐという視点で見れば、必ずしも悪い政策だったのかというと、あながちそうとも言えないのでは。新規参入規制のない事業者ばかりであっても、市場淘汰が働くから問題ない、ということになるかというと、それは割りと難しい問題であったりするかも。

例えば、FX事業者(外国為替の取引)のような場合であると、初期の頃には何らの規制もなかったので誰でも好き勝手に始められたが、そうすると顧客財産の消失等(会社倒産含む)のトラブルが発生し、消費者側が保護されないということが起こりえるわけです。事後的に損失を賠償できればよいかもしれませんが、現実にはそれが困難であることは少なくありません。そこで事前規制ということになってしまうわけで、これはテレビ製造の場合でも同じようなものではないのかな、と。

昨今では、弁護士の資質低下が嘆かれている記事をネット上でも見かけますが、これとて同じで、弁護士の参入障壁をなくして自由化すると良くなるのかといえば、それはどうなんだろうなと。参入制限というのは、テレビ製造でも似たようなものなのです。社会の中で、事後的に損失の取り返しにくいようなものについては事前規制が厳しいことが多く、損失がそこまで大きくはないであろう事柄については参入が緩やかに設定されているように思われる。これはある種の経験則のようなものなのではないか。


将来も結果も見通せないのは、官僚であろうと民間業者であろうと同じであり、誰がやってもダメなものはダメだろう。ただ、トライする時のリスクは誰が負担するのか、という点においては、民間業者だけがリスクを負うのが自由なやり方、国がリスクを一部負担してくれるのが産業政策、ということになるでしょうか。官僚は民間業者に比べて現場の情報とか専門的な知識という点において劣るかもしれませんが、民間業者が「やりたい」と言わないことを無理矢理に押し付けてやらせることがそんなにあるのか、ということはあるでしょう。

官民一体でナニナニ、という場合、民間業者側が「研究の補助金を付けてくれ、そうじゃないとリスクがあるからできない」というようなことを言うからなんじゃないかと思うわけで、本当にこの先ダメなものや芽のないものを民間業者がやると言うとも思えないんですよね。情報や知識で上回る民間業者たちが、敢えて「大損」するような方向を選ぶのだろうか、と。多分、そういうことはないんじゃないのかな、と思うのですよ。だとすると、情報や知識を持っていたって、やはり失敗の事業を選んでしまうこともあるわけで、それって普通の研究とか実験とか、そういうのと大体同じじゃないですかね。


個人的には、産業政策を礼賛したいわけじゃないが、全部が全部ダメというわけではないと思っている。特に、リスク許容度という点においては、やはり民間には難しい部分というのはある。が、官民一体とか、産官学一体とか、そういう連携が意味ないとか無駄だということを決め付けることもできないのではないか、とは思う。

「ソビエト的」というのが、まるで悪魔の法則であるかのように用いているのも、やや疑問ではある。
産業の段階にもよるかもしれないが、社会主義経済が自由資本主義経済よりも高い成長率を誇っていた時代はあった、というのが厳然たる事実であることは覚えておく方がよいのではないか。計画がそこそこ優れていることだってあるのだ、ということ。計画するのが、個々の民間企業の経営者たちなのか、知識や情報の豊富な官僚たちなのか、という違いくらいしかない。かつて、ある程度うまくできた部分はあったけれど、長く全部をうまく計画し続けるのは困難、ということであろう。それが社会主義の限界、ということなのだと理解している。

それは官僚が政策を考えると必ず失敗する、ということを意味するものではないだろう。



今、最悪の旗印=「自民党」

2009年07月13日 18時08分45秒 | 政治って?
石原都知事の「なんだ、この浅薄選挙は」とか言い出す姿勢が、選挙民を見くびっている証拠なのではなかろうかと思えた。
都知事選で石原を選んだ都民にはそう言わなかったわけだが、同じく「浅薄な選挙」と言っても良かったのではないか、と思わずにはいられない。どうして自分のような人間を都知事に選んだ都民には「浅薄だ」とは言わなかったのか、そのことをよく考えてみるといいのではないか。

今回の都議会選挙というのは、石原親子への一撃となったかもしれないが、彼らの応援していた自民党公認候補の惨敗を見るにつけ、彼らの果たした役割というものについても熟慮する必要があるだろう。石原親子が絡んでさえいなければ、公明党のようにもう少しマシな結果だったのはないか、といった見方も有り得るかもしれない。責任を誰かに押し付けたい場合には、必ず敗戦原因を他人に擦り付けるだろうけれど。
石原親子へのダメ出しだとは決して考えないのが石原都知事という人間なのだろう。自信家にはありがちなのかもしれない。


それにしても、「自民党」という看板を背負っている、というだけで毛嫌いされているかのような状況であると感じることは多いであろう。自民党という旗の下にいるが故に、巻き込まれて敗北を喫してしまう、という悲惨な目に遭ってしまうのである。そうすると、いっそのこと、旗を捨て去ればよい、旗印を変えよう、という動きに繋がってゆくのである。アピールポイントは、「私は自民ではありません!」ということであり、これが最大の武器になっているかのようである。

選挙 - Yahooニュース

記事によれば、『自民党の長崎幸太郎衆院議員=比例代表南関東ブロック=は13日午前、同党を離党することを決めた。同日午後、離党届を提出する。長崎氏は2005年の衆院選で初当選した「小泉チルドレン」の一人。』とのことだが、自民党の旗印を捨てるには丁度良いタイミングだった、ということかもしれない。「さきがけ」は何よりも注目されるからね。
長崎議員は以前から無所属でも出馬を表明していたということらしいので、都議会選挙の結果には関係なく離党していた可能性は高いかもしれないが、それでもこれまでの地方選挙の情勢を見て確信したのかもしれない。「このままでは落ちる」と。逆に、「非自民」であれば、当選可能性は高まるかもしれない、と。


雪崩をうったように、議員たちが出てゆくかどうかは判らない。が、ここまで「嫌自民」の傾向が明らかなのであれば、それなりに考える議員たちが出てきても不思議ではないだろう。


旗印を変えて、まるで「隠れ~」とか「仮面~」みたいに、自民の色をなくすということが生存戦略として有効なのかもしれない。こうなると、政党としては末期的ということになり、自民党としての存在意義は徹底的に失われてゆくであろう。だって、「自民党の公認じゃない方がマシ、当選しやすくなる」ということなのだから。

森田千葉県知事は、そうして誕生した。静岡知事選でも、自公系候補はそうやって色を消して戦った。善戦及ばず敗れはしたけれども。そこそこ有効な戦略なのかもしれない。



隠蔽に協力する監視役

2009年07月11日 14時29分26秒 | 社会全般
抜け穴なんて、いくらでもあるよ。
監査役や監査法人(会計監査人)だけじゃなく、部外者に協力者を仰げばいくらでも可能。一致協力して結託すれば、投資家や株主なんかを騙すなんざ朝飯前さ。


asahicom(朝日新聞社):企業の「うそ」監視役が上塗り 証券監視委が改善要求へ - 社会

(以下に一部引用)

企業が「うそ」の情報を開示していないかどうかをチェックする証券取引等監視委員会が、企業が不祥事の後につくる「第三者委員会」に厳しいまなざしを向け始めている。外部から委員として招いた弁護士らに原因究明を委ねても、まとめられた調査報告書に経営側の意向に沿ったとみられる「うそ」が見つかるからだ。

 (中略)

監視委は、処分に至らなかった不正会計についても各企業が公表した報告書をすべて調べているが、幹部は「大半のケースで『うそ』や『お手盛り』が見られる」と指摘する。経営者の関与を指摘していない▽手口を正確に記載していない▽複数年度にわたる不正なのに一部の決算年度しか調べていない――などが多いという。

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SESCのご指摘は、まさしくその通りだと思いますね。
「第三者委員会」なるものが中立公正なんてことは幻想だろうね、とうのは、つい最近も肌で感じたから判るよ。そうさ、日本郵政の一件だよ。

郵政利権に切り込め

郵政利権に切り込め~日本郵政に見る企業私物化


このへんに書いておいたけど、第三者委員会の結論なんてあてにはならんな、と。

日本郵政の財産処分問題についていえば、いくつもの監視監督のハードルを乗り越えてきているわけで、どんだけチェック機構が必要なのさ、ってな話なんですわ。だけどね、そういうのが一致協力してしまえば可能なのだとは思いますね。


 ①日本郵政(旧郵政公社)内部組織
 ②社外取締役、監査役
 ③会計監査人
 ④監査法人(内部審査組織)
 ⑤郵政民営化承継財産評価委員会
 ⑥総務省
 ⑦第三者委員会

こんだけのチェックを潜り抜けてきたんですから。
それでもなおかつ正しい、って言われりゃ、ああそうかもしれんね、という話にはなりそうなんだけれども、私自身はそう簡単には信じない。権威ある人々が「正しい」って言っているからといって、鵜呑みにはできない性格なんだよなあ。「クサいな」と思うことは、自分の目で見て確かめてからじゃないと、そう簡単に「はい、そうですか」ってならないんですよ。しつこい性格なのかもね(笑、普段は結構アッサリしてると思うんだけど)。

だから、日本郵政が頼んだという第三者委員会の偉い立派な人々がお墨付きを与えているとしても、にわかには信じることができないんです。

例えばですね、

「かんぽの宿」疑惑の波紋~7

郵政公社時代に遡れ

に例示したようなことが可能なんじゃありませんか、と思うからです。
素人考えに過ぎない、と言われりゃ、そうだろうとは思いますけれども、世知辛いご時世にあってそんなにオリックスさんが「寛大なご処置」で高い買い物を温情でするなんてことは考えられないわけなんですよ。


チェックの意味のない機関をいくら経ても、ダメな時はダメなんだろうな、とは思いますね。



「民主党手込めプロジェクト」?

2009年07月10日 11時11分04秒 | 政治って?
またの名を

 世間知らず若手議員の「利権まみれ俗物化計画」

というらしい(笑、近時のエヴァの影響?)。

これは勿論冗談ですが、エリート官僚というのは怖いですね。

「民主党若手代議士を3ヵ月で寵落する」と元高官豪語:Net-IB|九州企業特報|データ・マックス

(一部引用)

ところで霞が関では民主党を手込めにするプロジェクトが着々と進行している。そのキーワードは『煽て奉る』である。要するに戦術のポイントは世間知らずの民主党の若手議員におべっかを使い権力のほんの一部の美味しいところを舐めさせることだ。A氏が自信を持って語る。「正義感に燃えて使命感に溢れた議員が3ヵ月もすると利権に犯された俗物な風貌に転落する。

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そもそも役人たちは民間業者等から転落指南を受けて、「利権に犯された俗物な風貌」にさせられてしまったわけである。その自らが転落させられた方法を用いて、今度は「正義感に燃えて使命感に溢れた議員」を籠絡し転落させる、と。

まあ、なんということでしょう!

こんな転落技術の伝承があったとは(笑)。
かつてあった「MOF担」みたいに、役人を逆上せ上がらせて転落させるなんざ朝飯前、と。だって、エリート官僚なんて言っても、多くは世間知らずの無菌培養だもんね。そのワザを、今度は若手議員に用いるというわけか。フムフム、これが霞ヶ関の作戦なのだ、と。ふーん。


さてさて、民主議員たちは霞ヶ関に手込めにされますか。



こんなのはまだマシ

2009年07月09日 18時59分54秒 | 俺のそれ
乱丁だそうで。

人気漫画『頭文字D』最新巻に乱丁、講談社が謝罪(オリコン) - Yahooニュース

最近は、乱丁ならぬ「乱心」っぽい政治家等が目立つようなので、乱丁本など大した出来事でもないような。大袈裟に謝罪なんか必要なんだろうか。


参考までに、私の持つ乱丁本というか、最強に酷い事例はもっとあるよ。

古本屋で買った有斐閣書房の『国際法』の本だったけど(やや古め)、何と表紙が天地逆さに付いている!!

中の本文を上下あわせると(上を上に、下を下に)、表紙は文字が逆さまになってしまうのだ。外側の紙カバーは普通ですけど。多分、紙カバーを外して見ることなどないから、気付かなかったのかもしれない。
印刷が上がってきたら、紙カバーをつける前の状態なんじゃないかと思うのだけれど(そうであれば誰か一人くらいは気付きそうなのに)、それでも誰も気付かなかったんだろう。


こういう驚異のミスに比べれば、大したことないかも。


といいますか、逆に「幻の乱丁本」として、高値のコミックになったりはしないのだろうか(笑)。



「激太り」報道はすべきではない

2009年07月07日 11時56分24秒 | 社会全般
みんな心の中で思っていても言い出せなかった疑問、ということなのかもしれないが、感心しない話題ではある。
例の、オセロの片割れの女性だけど、つい昨日くらいに各報道で一斉に出されていた「激太り」の話。


確証のあるネタなら、笑って「太っちゃったね」ということで済ませられることがあるのかもしれない。米国の若い歌手なんかが急に太ってしまい、ゴシップネタとして出されるという程度なら、まあ有り得るかもね、ということ(それだって報道すべき内容とは思わないけど)。

けれど、あのオセロの人の場合には、私は病気か何かではないかと内心思っていた。だから、みんなは心の中で「ああ、最近急速に太ったな」と思っていても、口に出して言ってはいけないことではないかと考えていた。

それなのに、である。
一斉に「激太り」報道だ。そんなのどっちだっていいじゃん。そっとしておいてあげたらいいじゃないの。本人は食べすぎだ、と言っていたみたいですけど。


もし病気だったらどうする?
テレビで見かけた時、太り方が急激だったので、ひょっとしてステロイドの大量投与の必要な疾患とかなのかな、などと思ったりもした。そういう治療が必要なのであれば、所謂「ムーンフェイス」とかになってしまっても不思議じゃないんですよ?これは誰でも起こり得ることなんですよ?
病に冒された上に、自分の意思に反して薬物の副作用で顔貌が大きく変化してしまったら、そりゃ悲しいですよ、誰だって。元々は、CMとか女性雑誌の写真モデルとか、そういうのにも出ていたくらいなんだから(ウロ覚えだけど)、太ったりしてしまえば誰よりも本人が残念無念に思うはずですよ?もし、本当はそういう病気とかが原因だけれども、誰にも打ち明けるわけにはいかない、ということだったらどうするの?


だから、体型などについて、急速な変化があった人がいても、できるだけ触れないようにしておく方がいいと思っている。逆に「激痩せ」の時とかにも大袈裟に報じられたりすることがあるけれど、あれも危険だと思うよ。痩せる疾患なんてたくさんあるから、よほどの確証のあるネタでもない限りは、触れるべきではないと思う。男女を問わず。安易に他人の体型変化とかを蔑視材料として消費するんじゃないよ、とは思う。


中には、デブキャラで売ってる人たちもいるから、そういう人たちなら「デブ」だとか「激太り」がどうのとか、ダイエットがどうのという話題で食いつなげるという面があって仕事の一部かもしれない。それは話題にするな、とは言いませんよ。けど、他人が思う以上に当人にとっては辛く悲しいことだってあるし、自分ではどうにもできないことだってあるんだ、ということは考えておいた方がいいと思う。

松坂慶子さんみたいに、ああ、随分と丸く(大きく?)なられましたね、年相応にいい味になっていますね、とか、そういう話題だったら家族や知人間で話したりすることはありますけど。



そういうわけで、激太りだろうが、激やせだろうが、そっとしておいてやってくださいよ。

げっそり痩せた感じになって、どうしたんだろうか、と思っていたら、ガンで亡くなられた、とかテレビ出演者でもあったじゃないですか。そういうのを、笑って話題にできますか?


やめるべき。



「女子」は普通に用いる言葉

2009年07月07日 10時40分02秒 | 俺のそれ
なんかコレ、凄く気になったんですけど。

各地で急増する“女子”たち……。何歳までが女子? 12 - ITmedia News


流行りかどうか、何がイケてるかは判りませんが、私はかねてより普通に「女子」という語は用いています。ブログ記事でも、初期(05年)の頃から用いられていたようです。日常的に職場などでも用いていました。普通に使いませんか?「女子は、向こう側に回って下さい」とか。目につく、とか言われてもねえ…。


そもそも、「女子便所」とか言うでしょ。
「女子アナ」って、普通に使いませんか?プロゴルフでは「女子ゴルフ」では?最近は少ないかもしれませんが、「女子大」って言いますよね?

そんなに特別な語とも思わないですが、どうなんでしょう。

文章中でも用いますが、日常会話中にも使ってきましたよ、私は。そんなにヘンですか?


ま、時には「女子…じょし、ねぇ(笑)」みたいにやや年長の女性の方々から、鼻で笑われたりとかはあったかもしれませんが。