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「明日のスター」を生み出す為に投資しよう

2006年08月23日 23時53分57秒 | 社会全般
多分日本には色々な才能を持った若者がたくさんいます。なので、スターが誕生していけば、そこから何かの価値が生み出されるのではないでしょうか。

参考記事:
「スーパースターへの挑戦」だそうです

大学教育の未来

続・大学教育の未来(追記後)


多くの人たちは、大企業に入って給料をたくさんもらうとか、医者や弁護士になって成功したいとか、そういうことを目指すのだと思います。なので、学生時代(小学校~大学、幼稚園お受験も?か)の競争が行われているのですが、そこから漏れた人たちはひたすら負けだの挫折だのとなってしまっているのです。でも、本当はそんなことはなくて、昔の日本人と今の人たちとで比べれば能力が格段に落ちてるばかりとも言えないと思います。


普通に考えて、教育水準は軒並み上がっています。学歴では高校進学率も、大学や専門学校進学率も高くなりました。なので、個々で見れば昔の人よりも難しい仕事もこなせるようになっていると思います。つまりは、能力が有り余っている、というようなことです。また、世界に出て成功しているスターは、昔に比べれば格段に増えたのではないかと思えます。サッカーの中田(辞めちゃったけど)、イチローや松井などのメジャーリーガー、ゴルフの丸山や宮里、・・・スポーツ選手ばかり挙げてしまいましたが、他にもたくさんおられると思います(ちょっと有名な人を思い出せなくて、スミマセン)。多分、活躍機会は増えているハズです。


生産性の高い業種であれば収入も多いということなのですが、非常に単純化して言えば「一人あたりの売上」が多ければ価値が高い、ということなんだろうと思います。判り易く言えば、株式トレードで巨額の利益を上げてる「無職青年」というようなことです。その仕事への参加者全員で、そこから生み出される利益を分配するということですよね。たった一人であれば、総取りですけどね。


日本の製造業に代表されるように、生産性の高い仕事が多ければ多いほど雇用には望ましいはずです。でも、金融、コンサルティング、企業買収などの投資業務なんかはもっと価値が高く、売上高が製造業なんかに比べれば一人当たりでは多いと思いますが、必要とされる人数が少ないので雇用拡大には大きく貢献しない、ということになります。結局業界全体の売上高の規模が大きくないと、雇用は増えないのです。農家や水産業のような場合であれば、一次産品自体の「新たな価値創造」というのが非常に難しいので、「ブランド力」で価値を高めるとか、何か別な戦略が必要になってくるのではないかと思います。


これからの日本では、できるだけ一人当たりの売上高が大きい仕事を増やしていく必要があります。個々の能力に依存してしまいますが、先のデイトレーダーの例ではありませんが、他人よりも優位にある能力を活かすということが一番なのではないかと思います。その競争力は自分で見出してもらったり、能力発揮をしてもらわねばならないのですが。「価値創造」で最も優れているのは、「無形」から価値を生み出せるものだろうと思います。石油や鉄鉱石から何かを作ったりしなくてよいですしね。つまりは、音楽、絵画、小説、漫画、映画、デザイン、バレエ、スポーツ、・・・その他モロモロあると思いますが、こういう「自分の頭」の中から生み出されるものです。


製造業であろうと、農業であろうと、形あるものをベースにして付加価値が生まれてくるのですけれども、それよりも利益率が高く、一人当たりの売上高が大きい仕事が生み出されることが大切ではないかな、と。それには、スーパースターがやっぱり必要なのです。スターが生まれれば、そこから生まれる市場規模は裾野が広がり、市場全体の規模も価値も高まりますよね。判りやすい例では、「松田聖子」という一人から生み出される商業価値が数百億円規模となり、浜崎あゆみとか宇多田ヒカルも同様に一人から生まれる価値は非常に高いです。この周辺業界も含めると、かなり仕事が増える訳です。普通の会社員であれば、たとえ大企業であっても、社員一人当たりの利益でこれほど稼げる人はまずいないでしょう。それくらいスターというのは価値が高いのです。野球もそうですね。業界全体の規模は判りませんが、スポーツ用具なんかも含めて、かなりの経済効果があるし、雇用も生み出されますよね。球場の管理業務や清掃業務といった末端まで含めれば。なので、そういう「価値創造」の効果が大きい分野に、多くの日本人が積極的に参加していって、中からスターが生まれてくることを期待すればいいと思います。


クラシック音楽の演奏家にしても、世界的に活躍する人たちがいますので、もっと増える方がいいですよね。音楽ホール経営や国内楽団といった部分でも影響を受けるでしょう。バレエにしても、草刈民代とか熊川哲也のような著名人が増えてくれば、それに関連する仕事は増えてきますよね。なので、頭の中から生み出されるものこそが、価値の高い仕事を増やせる原動力になると思います。


一番の問題は、個々の能力が高いとしても、必ずしもそれを商業価値に繋げられないことにあるのではないかと思います。評価の高い漫画家がいるとしても、その作品が広く知られていなければ売上増には繋がらないのですから。これを解決していく方法としては、価値を生み出す人々と、市場とを繋ぐ役割の人が必要なのではないかと考えます。前にもちょっと書いたけれど(熱闘!官業金融~第3R)、コーディネーションができる人か組織か、ですよね。エージェントと言うべきなのかもしれないですが。


メジャーリーガーの場合、代理人がいて、「価値を生み出す人」=選手自身が商業価値を作ってる訳ではないですよね。これと似ていると思います。吉本興業というのは、エージェント的な組織として結構うまくやっているように思えます。「価値創造」をするのは芸人ですが、市場と結びつけることで商業価値を生み出し、何よりも「ビジネス」として継続できるようにシステムを作っているということです。これが一番重要で、ビジネスを成立させないと話にならないですからね。最近では、アニメとか映画なんかがこうした部分での成功が多くなっていると思えます。「キャラクタービジネス」にしたって、ディズニーはうまくやってきたと思うし、日本のキャラもかなり世界的に広まってきてるので、今後期待できると思います。恐らくこの分野に有力な「エージェント部隊」が出てきたからではないかと思えます。通常、価値の創造者本人が商売上手とは限らないし、ビジネスとして成立させられるようなシステムを作っていくとなればもっと特殊な能力が必要とされるでしょう。


売れない芸人や劇団員は、「価値創造」の仕事をしていると思いますが、それだけでは売上が少なすぎなので他の仕事をしている人(普通は非正規雇用の仕事でしょうか)はいるでしょう。これはこれでいいと思いますし、ビジネスとして成立させるには、裾野に近づけば近づくほどこうした参加者たちが多くなると思います。「美術館に人が来ない」とか言ってるのも、著名なスターがいないこともあるかもしれないし、創作者と市場を繋ぐとか商業価値にうまく連結できる人がいないこともあるでしょう。音楽家も似ていて、楽団員の給料が維持できないとかがあって、底辺に近づけば芸人と同じく他の副業収入がないと生活が苦しい、ということもあるかもしれないですね。貧乏な「売れない絵描き」というのも昔からの定番ですが、割といるかもしれません。でも、多くの人がクラシックの演奏会を必要とし、展覧会や美術品が求められたりするなら市場規模を拡大できるようになり、そこでのビジネスが成立するようになるでしょう。そういう部分に本気で挑む、専門的なコーディネーターがいないことがネックなのではないのかな、と。音楽家やクラシック界のことをよく知り、なおかつビジネスセンスに溢れる人材がいないと難しいのでしょう。


農業とか漁業にしても、生産品単独では付加価値を高くするのが難しいかもしれませんが、和食・フランス料理・イタリア料理とか、人気のスイーツとか、そういうものに素材を供給することで価値を高められればいいのではないかと思えます。こうした料理などの価値が上がっていくのは、世の中の景気動向にもよるだろうし、社会全体的に余裕ができて使ってくれるお金が増えればそうなってくるのではないかと思います。


学校の勉強を頑張るのは大事ですけれども、みんな同じ分野ばかりではなくて、「価値創造」の分野にどんどん進出していくことが成功を導くのではないでしょうか。人にはそれぞれ違った才能がありますよ、きっと。そして、それを商業価値に結び付け、継続性のあるシステムとして機能させられる人が登場してこなければならないでしょう。


日本人は自信を失いかけ、国内での投資を減らしてしまった面がありますよね。日本という国に投資するのは不安だ、ということでもありますね。

例えて言うと、「日本という家」「中国という家」「アメリカという家」「東南アジア地域」・・・・とたくさんの家があるのですが、そこでの家計のやり方に似ていますよね。近所の「中国という家」は大家族ですが、稼ぎは少なく貧乏で、家もボロで、水道とか電気設備さえ満足ではなかったので、そこに金を貸して家を整備させ、安い内職仕事を発注してやったきたのですね。ボロい家を直せば住みやすくなるから仕事がしやすくなって稼ぎが増えるし、電気が使えるようになれば生産性もアップしてきた、ということです。そして、貸した金の利息を取っているのです。

一方、日本人は自分の住んでる「日本という家」を修理したり、新たな設備を購入したり、ということを躊躇うようになってしまったのでしょう。今まで貯めてたお金は、「日本という家」のためにはあまり使われず、「中国という家」とか「東南アジアという家」や「アメリカという家」なんかに多く貸し出されたということです。その方が、多くのリターンが期待できたからです。自分の家に新しいミシンとか、パソコンとかを買っても、そこから生み出される利益が少なくなってきたからですよね。おまけに家族の為にお金を使うのも控え目になってしまい、家族の能力を高めるべき本、勉強用品や英会話テープ(笑、今どきもう売ってないですかね)なんかを購入するのを止めたのです。よく見れば、家のあちこちに床が抜けてるところが見られたり、下水が詰まってたりとかの不具合もあったりするのですが、お金がないから、ということでそれも放置せざるを得ない面があったのです。自分の家のためにお金を使っていくことが、実は家族の仕事能力を高め、新たな分野を開拓し、仕事を生み出す力になるはずだったのですが。自信を失ったので、自分達のために使うのが怖いのです。まるで、「こんな勉強やって、何の役に立つのさ」「この本は金儲けに繋がるのかよ」というような、目先のことしか考えられなくなった子どものようになってしまったのです。自分達の未来に投資することを止めたら、「日本という家」はどうなってしまうでしょうか。


日本人は世界的に見ても、十分お金持ちだし、裕福な方だと思います。「日本という国」全体で外から見ればそうですよね。もういい加減に、身近な部分での競争という視野の狭さを改めるべきでしょう。自分達にもうちょっと使ってみていいと思いますよ。未来に投資していくことが、結果的には必ず役立つと思いますよ。きっと自分達に返ってきます。その為の投資を考えていくべきです。


教育投資もそうだし、公共投資もそうですけど、役に立つことであれば配分するべきですよね。大学教育の資金投下には厳しいことも書いてきたのですが、研究分野でもスターが誕生するような地力を作っていくことは大事です。