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不起訴処分と裁判の意味

2005年04月26日 16時21分17秒 | 法関係
いつも有意義なコメントを頂戴しておりますan_accused さんから、前の記事にコメント頂きました。いつも有難うございます。非常に示唆に富んだご意見で、私も少し考えたのですが、結論的にはよくわかりません。ちょっと長くなりそうでしたので、記事に書くことにしました。

以下にコメントを転載しておきます。

遺族の思いを一身に受け止めようとする検事たちの苦悩はよくわかりますし、大変なご苦労とは思いますが、起訴されなければ結局その思いは加害者に伝わることなく密室のなかで処理されてしまいます。
 それが不満ならマスメディアを通じて訴えるか別途民事訴訟を提起して下さい、ということになるのですが、“津隣人訴訟”で見られたように、民事訴訟を通じて被害感情をぶつけようとすると「命を金に換えるつもりか」とどこからか批判されるということもあり、また訴訟コストに耐えられる人ばかりでもないわけで、なかなか思いを伝えられない現実があるように思います。
 有罪率99%を守り続けるために、53.9%もの事件を不起訴若しくは起訴猶予にしているという現状を踏まえると、検察は被害者・遺族の思いを過剰に引き受けすぎているように見えてなりません。
 検察には「精密司法」を守っているのは自分たちだ、という自負があるのでしょうが、もっと裁判所に引き受けてもらい、公判で被害感情をつまびらかにした上で社会の判断に委ねてもよいのではないかなあ、と私などは考えてしまいます。


現状の検察起訴について、「有罪率99%」ということと不起訴・起訴猶予が「53.9%」という具体的な数字を挙げて頂いています。有罪率は有名でしたが、不起訴・起訴猶予が思った以上に多く、初めて知りました。


被害者や遺族の立場を考えるのと、公判という場をどのように考えるのか、また、被告となっている人の権利をどう考えるのか、ということも議論される必要があるのかもしれません。起訴されてしまえば、判決が出るまで長い時間を要します。よく判らないですが、被害者や遺族の気持ちを刑事裁判という場ではなくとも、被告(となり得た人)との間での心情上の解決(改善)方法が皆無ではないような気もします。これは当事者たりえた方にしか、本当の所は判らないのかもしれません。


勿論、責任を厳しく問いたい、問うべきということは理解できますが、刑法は遺族の気持ちの救済までは規定していない、それ故、担当検事がそこに立たされた時に苦悩するんじゃないか、とも思います。起訴・不起訴の数字は、有罪率の死守に拘っている結果なのか、厳格な法解釈や証拠主義が守られた結果なのかは、私には判りません(ただ、日歯連事件に見られるように、検察審査会の不起訴不当という意見もある訳ですから、必ずしも不起訴が適切な判断ばかりとも思ってはおりません。そういう意味では、検察審査会の役割は一定の効果があると思いますが、検察がそれを全て尊重しているとも言えません)。


難しくて結論のようなものも出せないのですが、長い裁判の末、無罪である時に(先日のエイズ訴訟における一部無罪判決のような)、裁判にならなければ時間が少し癒してくれたかもしれない心の傷は、無罪で更に深まるとか、再び打ちひしがれるという無念さもまた、遺族にとっては相当辛いと思います。このことが、救済となるのか、思いの丈が表出できるのか、ということも、よくわかりません。被害者や遺族への行政制度上の救済が必要であることは確かで、徐々にではありますがそうした立法が行われつつあります。


いずれにしても、人間の心が係われば、いかなる法制度をもってしても全てに解決のよき方法があるわけではない、ということも漠然とではありますが感じます。実際に担当しておられる検察官や裁判官も同じように、解決方法がないからこそ、心情を汲み上げようと苦悩するのかもしれません。



この件とは関係ないのですが、最高裁判決で次のようなものがありました。これも、法の不思議というか理不尽さを感じざるを得ません。

asahi.com: 住民訴訟の弁護士費用請求には勝訴確定必要 最高裁判断 - 社会

この判決では、住民訴訟の弁護士費用請求ができない具体的な場合について、決定されたということになります。普通に考えておかしな話ではないか、と思いますね。

住民訴訟を受けて、途中で行政側が不正利得を返還したら、住民側が弁護士費用を負担しなければならない、ということです。住民側が勝訴したら、相当の弁護士費用を払うことになっているのに、です。


例えば、住民訴訟を起こされ行政側が1審敗訴した場合、次も「勝てそうにない」と判断すれば、控訴した後、訴訟で請求されていた金を行政側が払えば、原告への弁護士費用を支払わずに済ませられる、ということになります。1審判決後控訴しないか、2審敗訴で控訴断念し確定した場合には、いずれも弁護士費用を支払うことになるのです。なのに、とりあえず控訴だけして、請求されていた損害額を返還すれば、弁護士費用を浮かせられるという裏技が使えるのです。こりゃ、どう考えてもオカシイでしょ?1審途中でも「勝てそうにない」と思えば損害額を返還して、同じように浮かせられるということになります。


住民側は、原告となった人がわざわざ費用を自己負担して行政の間違いを正さねばならず、誤りを犯していた行政側(の役人とか首長とか)が住民の税金でタダで裁判が出来るのに、絶対にオカシイ。どうして2審判決を破棄してまで、行政側の裁判費用負担を回避する意味があるのか、最高裁の判決は全く判らない。何でもかんでも住民訴訟として行政側がその弁護士費用を負担するという訳でもなく、行政側に誤りがありそれを認めた(又は判決で確定した)という場合にのみ、原告側に払うのは合理的であると思うが。むしろ、行政側に一方的に有利な裏技を作るなんて、絶対にオカシイだろ。