梶原さい子さんの歌集『ナラティブ』(砂子屋書房、2020年4刊)より。
あの海へ向かふ列車ににじみたる近景のさくら遠景のさくら 梶原さい子
宮城県に生まれ育ち、いまも暮らされている梶原さんは、あの3月11日の東日本大震災のときも宮城県にいらして、凄惨な津波被害も身近に経験された。この一首には〈さくら〉が二回印象深く登場する。だから、冒頭の〈あの海〉とは、春3月の海のことだろう。たくさんの人々の普段の生活とささやかな幸せとかけがえのない家族友人知人の生命を無情にも呑み込み遥か遠くへ運び去った、非情な海だ。作中主体の眼に映る〈あの海へ向かふ列車〉とは、現実の列車ではなくて、亡くなった人々のおられる彼岸に向かっていく列車の姿なのかもしれない。近くの桜も遠くの桜も作中主体の眼からは滲んで見えている。その有り様のしずかな佇まいがじつに儚くて切なくて、そこに醸し出される手をいくら伸ばしても届かぬ遥けさが、ひたすらに読み手の胸を打つ。そんな一首だと思う。
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