カームラサンの奥之院興廃記

好きな音楽のこと、惹かれる短歌のことなどを、気の向くままに綴っていきます。

池袋のい

2009-03-31 00:28:39 | Weblog
 昼休みになにげに映画情報をチェックしていると、池袋駅東口の新文芸坐で、今日は『落語娘』と『歓喜の歌』の落語関連二本立てをやっているらしいとわかり、夕方すぎに仕事が終わると池袋へ急行し、二本まるまる見てきました。終映22時30分。

 どちらの作品にもそれぞれ持ち味があって、一括りに比較評価することは危険かもしれませんが、それでも一応、どちらかに軍配を上げなさいといわれたら、今日は中原俊監督の『落語娘』に軍配をあげたいと思いました。『落語娘』、すごくよい作品でした。よく練られたストーリーも演技達者な役者さんもすばらしかったです。
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門構えの中に月

2009-03-29 07:45:35 | Weblog
 寒の戻り。今朝は鼻詰まりがきつくて、起床してから鼻をかんでばかりです。

 今日はお寺のお手伝いをさせていただく予定です。内田百間(けんは、正しくは門構えの中に月)さんの漱石臨終記を読みながら出掛ける支度中。
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エッセイではなく

2009-03-28 21:11:54 | Weblog
 堀江敏幸氏の『郊外へ』(白水Uブックス)は躍動的で奇妙な味わいのする一冊だ。通読してこれは上等のエッセイ集かと思いきや、最後のあとがきに、「一連の物語に登場する『私』とその周辺の出来事は、完全な虚構である。」と平然たる筆致で書かれてある。まるきりだまされてしまった読み手は己の愚かさ加減にまことに恐れ入るばかりだ。
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オープンハウス~サントリーホールで遊ぼう!

2009-03-28 09:31:09 | Weblog
 本日(2009年3月28日(土))10:30~16:00、「オープンハウス~サントリーホールで遊ぼう!」と、あのサントリーホールが無料で一日開放されるようです。

 *****

アークヒルズの「桜まつり」開催期間に合わせて、サントリーホールを無料で一日開放します。ホールをより身近に感じていただけるよう、大ホール、ブルーローズ(小ホール)、ロビーなどで趣向を凝らしたさまざまなプログラムを実施します。音楽を聴くことはもちろん、大人も子どもも楽しめる“遊び場”としてサントリーホールを体験していただくイベントです。
●当日のタイム・スケジュールはこちら→http://www.suntory.co.jp/suntoryhall/sponsor/090328.html#schedule

http://www.suntory.co.jp/suntoryhall/sponsor/090328.html

 *****

 仕事が終わったら、オルガンコンサートやオーケストラコンサートに寄ってみようかなと思っています。楽しみです。
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メモです

2009-03-27 16:33:32 | Weblog
 メモです。。。

 久石譲さん麻衣さんに関する興味深い日記を綴られています。。。

みせすちゃいるどの日々らんらん
http://mrschild.seesaa.net/category/3996568-1.html
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1954年の東欧・中国旅行

2009-03-27 10:54:03 | Weblog
 メモです。。。

Wikipedia「芥川也寸志」の項より。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%A5%E5%B7%9D%E4%B9%9F%E5%AF%B8%E5%BF%97

(前略)
1948年2月、東京音楽学校で知り合った山田紗織(別名・間所紗織。声楽科卒)と結婚。このとき芥川は紗織に対して「作曲家と声楽家は同じ家に住めない」と主張し、音楽活動を禁じる態度に出てもいるが、これはマーラーが妻・アルマに取った行動と軌を一にしている(しかし 二女をもうけた後、1957年に離婚。のちに紗織は画家として活躍する)。
(中略)
1954年、当時まだ日本と国交がなかったソ連に自作の譜面を携えて単身で密入国。ソ連政府から歓迎を受け、ショスタコーヴィチやハチャトゥリアンやカバレフスキーの知遇を得、ついには自分の作品の演奏、出版にまでこぎつけた。当時のソ連で楽譜が公に出版された唯一の日本人作曲家である。中国から香港経由で半年後に帰国。
(後略)

 ***

 横須賀美術館開催の「芥川(間所)紗織展」図録の「芥川(間所)紗織氏年譜」によれば、「1954年、夫・也寸志氏の東欧・中国旅行に同行」とあります。これが事実だとすると、Wikipediaの「1954年、当時まだ日本と国交がなかったソ連に自作の譜面を携えて(也寸志氏のみ)単身で密入国。」は誤りということになります。
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横須賀美術館から

2009-03-27 09:30:13 | Weblog
 メモです。。。

 横須賀美術館から、芥川(間所)紗織さんの展覧会の図録が届く。

  ☆☆

 明け方に渦巻いた、詩篇。二つ。


「涙の日(ラクリモサ)」

いつから涙を流すことができなくなってしまったのだろう。
わからない。
泣けたらさぞや楽になれるだろうに。
なんなのだろう、この胸のつかえは。
苦しくてならない。
この世に産まれ落ちてから
ずっと安定してあると信じていた世界が
ゆるやかに崩壊していくのを見守るしかできない
無力感に起因する重苦しさ。

本当のこととは何なのだろう。
本当のことをわかっているひとがこの世には
いったい何人いるのだろう。

ゆっくりと更けてゆく夜に
目を瞑って
さあ、眠りに落ちた僕を神のところに連れていきなさい
神様に会わせてほしい
神様と話しをさせてほしい
と念じるが
はたして今夜僕は神様に会えるのだろうか。

   ☆

「ラディゲよ」

ラディゲよ、君は
「今夜神の軍隊が僕を銃殺しにやってくる」と
怯えていたらしいけれど
僕は軍隊を待ってなどいない。
こちらから神の許に乗り込んでやろうじゃないか。
とっくりと神様と話し合ってやろうじゃないか。

今夜でも明晩でも話し合いましょう、神様。
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まっくらな朝方、やけに咽が渇いて

2009-03-26 03:26:32 | Weblog
 更けゆく夜に、ラジオから流れるクラシック音楽番組オッターバコンブリオ。バッハのオルガン協奏曲に変わったところだ。バッハを聴きながら、柳美里さんの四部作の第一作『命』(新潮文庫)を読む。単行本がベストセラーになっていたことは知っていたけれども、二三日前にジュンク堂の「出版社在庫僅少本コーナー」を覘いたら柳さんのこの四部作の文庫本が並べられていた。文庫本はあまり売れなかったらしい。柳さんのものはきちんと読んだことがなかったから、思わず求めてしまった。

 心の中の原風景と言えるかどうかわからないけれども、ものごころのついた小さな頃から、多分ヨーロッパのどこかの学校の建物の廊下のことを憶えている。季節は秋で、日差しが弱く窓から差し込んでいて、その廊下には大音楽家たちの胸像が並んでいる。どういうわけだかその風景がすごく懐かしい。
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屋根裏のダダ(メモ)

2009-03-24 20:20:25 | Weblog
 その夜、乾電池が飛んで来たのだった。僕の他には誰も居るわけがない、四階音楽室の、深い渋色をした、この学校のよかった時分を伝える唯一の遺品のベーゼンドルファーの椅子に腰を掛けて、傷だらけの鍵盤の蓋を閉めたまま、僕は口を開こうとしていた。僕から見て左手の、真っ暗な校庭に面した窓に映った人影に向かって、二言か三言ぐらい、何かを言おうとしていた。だがしかし、それは、僕らが平生考える言葉ではなくて、極めて動物的な音声だったはずだ。僕の喉は悲鳴を上げたくてうずうずしていたのだから。
 その人影は僕の強ばった顔を見ておそらく笑っていたようだ。僕はしっかりと見ていたわけではないから、確かではないけれども。そして、消えた。その後、使用済み乾電池が不意に窓の向こう側からガラスを突き破って僕の開きかけてとまった口の中に飛び込んで来やがった。僕はそれをまんまと呑み込み、その翌朝下痢をしてパンツを汚してしまったのだった。
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ひろい世界へ

2009-03-24 03:28:11 | Weblog
 一昨日の夜、NHKFMにダイヤルを合わせていると、「ビバ!合唱」という番組のなかで、オッ、と思う曲が流れました。


「ひろい世界へ」
(高木あきこ作詞、橋本祥路作曲)

ぼくらのまえにはドアがある
いろんなドアがいつもある
ドアを大きくあけはなそう
ひろい世界へ出ていこう
ドアのむこうの輝きを
じぶんのものにするために
ドアのむこうの輝きを
みんなのものにするために
ぼくら青い実
ぼくら赤い火
雨にうたれ
風に吹かれ
手と手をつなぎ
心をつなぎ
歌を歌をうたいながら
ぼくらのまえにはドアがある
いろんなドアがいつもある
ドアを大きくあけはなそう
ひろい世界へ出ていこう

※児童合唱組曲「歌・ともだち・そして未来」(教育芸術社)の中の一曲。


 なにより詩が素晴らしいのは言うまでもありませんが、メロディとコード進行にも、オッ、と思いました。この歌を聴くのはじつは二度目。一度目は、声楽家のさゆさんのライブででした。すごく大好きな歌です。

 ***

同声三部合唱曲「ひろい世界へ」(橋本祥路作曲)
http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/hiroi_sekaie.htm

http://homepage1.nifty.com/mrjsroom/midi/words/hiroi_se.htm

1987(昭和62)年に教育芸術社から発表された児童合唱組曲「歌・ともだち・そして未来」の中の曲です。

 ***

津久見市民合唱祭 2008/2/24・堅徳小学校6年生による合唱「ひろい世界へ」
http://www.youtube.com/watch?v=cSeKX8QblOI
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