このブログの記事全てを某所へ引っ越しできたらとスマホやネットカフェのPCからいろいろ試みるも、ネット環境の問題で悉くうまくいかないため、いくつかの記事のみを某所へ移して再出発しようかと考え始めているこの頃。
ブログタイトルは一緒で、seesaaブログの予定。
太田愛先生の鑓水シリーズ第三作『天上の葦』(上・下)(角川文庫)では、とりわけ下巻の見事で圧巻の展開に感嘆の息を頻りに洩らしつつその部分の台詞描写を何度も何度も読み返した。いまちょびちょび読み進め始めている鑓水シリーズ第一作『犯罪者』(上・下)(角川文庫)の下巻。重たい展開にどうなるのだろうとドキドキしている。
よしなしごと。私がこの世に生まれ落ちて取り敢えずここまで生き長らえてきた理由は、どうやら〈書け。書き残せ。〉という誰彼の強烈な一念があって後押しされたからという気が、近頃は非常に強くしている。とは申せ、まだまだよく分からない。
私が幼少の頃から、アダルトチルドレンでDV気質だった父が、私にとっての父方の〈祖父〉に当たるはずの〈自分の父親〉に関する話題を俎上に上げることはおろか、家の中でその名前を口に出すことすら強硬に拒絶しているのがあまりにも異様に感じられていて、しかしながら、父がその理由を一切説明してくれることがなかったので、何故父の性格がこのようになってしまったのだろうという疑問が日毎に膨れ上がり、長じて自由に動けるようになって父に隠れてこっそり除籍謄本入手を手掛かりに父方ルーツを調べ出したのだったが、そうした頃、存命だった父の母親が唐突に父へ〈父の実父〉の話を伝えてきて、これまでの全ての疑問が氷解したことがあった。母の父親についても、私が長年母方祖父と思って慕ってきたひとがまさか赤の他人で母にも実父が別に存在するだろうとはこれっぽちも思っていなかったのだけれども、コロナ禍の閉塞された時間空間の中で母と母の生い立ちを含めたたくさんの話を電話などを通してするうちに、疑問があれよあれよと膨れ上がり、いつしか〈このひとが母の実父〉という地点まで辿り着いてしまった。母の実父というひとはシンフォニーやコンチェルトを書くことに非常なる憧れを持っていたようだ。だからなのか、七歳の頃から不思議と私の胸奥へさまざまな美しいオーケストラの音楽がたくさん降りてくるようになって、私は長年その理由が分からなかった。
正直、まだまだよく分からない。
太田愛先生の鑓水シリーズ第一作『犯罪者』(角川文庫)の上巻を読み終えて、下巻に進む。
ハクビシンが夜闇を駆けていつた タイタスフーズのあの事件のこと
つい先日、胸奥でヴァイオリンとオーケストラの牧歌が鳴ったので取り敢えずメモしてみた。
覚者=仏陀という理解が本当に正しいのかどうかは措いておいて、世の中には、覚者の方がたしかにいらっしゃる。そういう方々は宗教団体を率いているわけではなくて、常に平常心で生きて表現し発言していらっしゃる。
夢を見た。どこかの古い大学の大きな図書館の書庫に生き生きと楽しそうに父が働いていて、さまざまな調べものをしに来た人たちのために次々と資料本を書庫から探し出しては提供していた。
去年の夏の島での墓掃除&お参りは、猛暑酷暑の四十度超えの中での作業となって、じつにじつに辛かった。今夏は、幸いなことに酷暑シーズンの一歩手前のところで休みを頂けて、四国高松滞在の四日間は連日船で島へ通い詰めた。掃除してお参りして地元の総代さんにお墓の今後のことをじっくりご相談お話しすることができた。