カームラサンの奥之院興廃記

好きな音楽のこと、惹かれる短歌のことなどを、気の向くままに綴っていきます。

今日の覚え書き

2009-04-30 21:51:47 | Weblog
 まずは、一年半ぶりに、定期検診のため掛かり付けの歯科へ。半年後にまた来てくださいといわれて歯科医院を出て、近くの、東中野の中華の名店「茉莉(じゃすみん)」へ。ここも二年ぶりぐらいでした。すこぶる美味のランチを頂きました。随分久しぶりですね、どうしていましたか?とご主人から言われ、ランチ、杏仁豆腐のあと、とくべつに美味しい中国茶をご馳走になりました。その後、テアトル新宿にて映画「ニセ札」を鑑賞。今年見たなかの「愛のむきだし」「西の魔女が死んだ」「落語娘」を超える作品にはなかなか出合えません。紀伊國屋書店新宿南口店でジブリ発行のミニコミ誌「熱風」の最新号(特集親鸞)を入手。紀伊國屋書店で時間をつぶしたあと、四ッ谷の洋食の名店エリーゼへ。ここも久しぶりの訪問。極上の一皿、チキンソテーのトマト風味を頂きました。おいしかったです。
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ベートーヴェン

2009-04-30 00:22:03 | Weblog
 ベートーヴェンのヴァイオリンソナタが全部で10曲あり、そのうち、スプリングソナタは第5番、クロイツェルソナタは第9番、ということを、今日あらためて学びました。というのは、二三日前に友人のKさんから二種類の宿題を出され、そのひとつが「ベートーヴェンのヴァイオリンソナタの第6~8番のそれぞれについて、どんなところが好きでどんなところが嫌いか、感想を聞かせて欲しい」だったのです。早速、全音楽譜出版社の「ベートーヴェン ヴァイオリンソナタ全集」第2巻(楽譜)を求めて勉強を始めました。


 私が好きなのは、今のところ、第7番ハ短調です。
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明日から連休

2009-04-29 22:51:20 | Weblog
 学校の事務室は、今日が通常の出勤日になった代わりに、明日から連休です。連休、ですが、のんべんだらりなある意味理想的な休暇にはならない予定です。明日たまった所用を済ませて、明後日から連日お寺の引っ越しのお手伝いをさせて頂く予定です。連日肉体労働の予定(予感)です。
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千石緑地の辺り

2009-04-29 15:40:24 | Weblog
 メモさせて頂きます。。。

東京紅團 《村上春樹の世界》早稲田時代を歩く
http://www.tokyo-kurenaidan.com/haruki-waseda1.htm

(前略)
村上春樹は昭和46年、陽子さんと学生結婚します。「三鷹のアパートで二年暮してから、文京区の千石というところに越した。小石川植物園の近くである。どうして郊外からまた一気に都心に戻ってきたかというと、結婚したからである。僕は二十二でまだ学生だったから女房の実家に居候させてもらうことにしたのだ。」、奥様の実家の千石の家は布団屋だったようです。「僕が居候していた女房の実家は、昔の徳川家の屋敷の一画に建っている。一画と言っても庭のずっと隅の方だから、べつに由緒も何もない。ただ困ったことにはというか何というか ー この家は実にかつての地下牢の上に建っているのである。つまり家の下には、その跡があるわけだ。で、もちろん幽霊が出る。僕ははじめのうちはそういうことを知らなくて、なんだかいやに湿っぽくて暗いなあ、というくらいにしか感じなかった。夜中に便所に行ったりすると妙に気持悪い雰囲気があったりした。女房が時々幽霊を見た。幽霊といっても人の形をとったものではなく、白いかたまりのようなもので、それが家の中をしばらくふわふわと飛びまわってから壁に吸い込まれていくのである。」
(後略)

 ***

千石緑地《文京区サイト》
http://www.city.bunkyo.lg.jp/sosiki_busyo_kouen_annai_kuritukouen_kouen_sengokuryokuchi.html

一橋徳川家より寄付された自然豊かな樹林地です(もともと一橋徳川家屋敷内)。武蔵野台地の先端にあたる白山台地と、指ヶ谷の低地の境界にある、ゆるやかな傾斜地に展開しています。こんもりとした木立のなかでもムクノキは区内でも有数の巨木で、その樹齢は100年以上と推定されています。樹林や植物が傷つけられたり、林床が踏み固められたりすることを防ぐために浮橋状の木製園路を設置し、その園路を歩くと自然の中を一周できるようになっています。

所在地:東京都文京区千石1-6
都営地下鉄三田線「千石」駅徒歩10分

 ***

江戸東京医学史散歩10:「文京区立千石緑地」(一橋家敷地跡)
http://homepage3.nifty.com/sisoken/edotokyoA.htm

(前略)
千石緑地の辺りは、もと一橋徳川家の敷地跡で、慶喜の三女・鉄子の壻で、一橋家当主の徳川達道(さとみち)が住んでいた場所でもありました。旧小石川区林町92番地にあたります。
小石川林町の辺りは、昭和20年(1945)5月25日の大空襲で全て焼けましたが、一橋家は鉄筋コンクリートの洋館であったので焼け残ったそうです。現在、「文京区立千石緑地」の隣は、「徳川マンション」になっています。
小石川区林町は、現在の文京区千石一丁目および千石二丁目にあたり、一橋家のほか、酒井兵庫助、近藤縫殿助(ぬいどのすけ)、三宅對馬守、松下周防守(すおうのかみ)、林大學頭(はやしだいがくのかみ)などの旧武家屋敷跡を合併してできた町です。林大學頭の屋敷があったので、その林をとって、町名を林町としたともいわれています。林家(りんけ)は、幕府の儒官を務めました。
(後略)
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ギンレイ

2009-04-28 22:08:42 | Weblog
 ギンレイとは銀鈴なのかもしれません。由来はわかりませんが、ふしぎな名前で、惹かれます。

 仕事のあと、ギンレイホールに出かけて、『画家と庭師とカンパーニュ』と『ラースと、その彼女』の二本立てを鑑賞しました。

 いずれも初めて聞くタイトルでしたが、どちらも心の温まるストーリーでした。
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チマローザ

2009-04-27 07:39:19 | Weblog
 今朝のラジオからチマローザ作曲「フルート四重奏曲第六番~アンダンテ」が流れてきて、ふと、大江光さん作曲の音楽のことが思い出されました。チマローザの音楽と大江さんの音楽には共通する手触りがあります。そんなことを思いました。
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リャードフ

2009-04-26 22:07:26 | Weblog
 日曜日。今日も朝からお寺の手伝いをさせて頂きました。夕方終わって、帰途、池袋のヤマハへ。ここのところ楽譜ショップに寄るたびずっと探していたリャードフの3つの交響詩『バーバ・ヤガー』『魔法にかけられた湖』『キキーモラ』を収めたポケットオーケストラスコアを見つけて購入。リャードフのオーケストレイションは本当に美しくて巧みです。さすがリムスキー・コルサコフの弟子です。
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浄夜

2009-04-26 02:50:31 | Weblog
 ラジオから流れるシャーリー・バッシー歌唱の「ゴールドフィンガー」や、マット・モンロー歌唱の「ロシアより愛をこめて」を聴いて、よしなしごとを思い出しはじめると、切りがなくなってくる気がする。そういえば、作曲家黛敏郎氏は生前、007シリーズがたいへんお好きだったそうで、司会を務められていた「題名のない音楽会」の映画音楽特集でこれらの音楽を何度も取り上げられていた。作曲家の無類の映画好きというと、武満徹氏の名前も忘れられない。

 夜にどんどん浄められていく気がする。
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今朝の夢

2009-04-25 07:06:06 | Weblog
 どこかの学校の合宿で、あちらこちらに蝋燭の灯る微妙に暗い旅館に宿泊している。尿意を催してトイレに立つと、袂で顔の下半分を隠した着物姿の女の子がどこからかやってきて「だれでしょう」と言うから、「こっちはトイレしてるんだからお帰りなさい」と答える。女の子は顔を隠していた袂を外して私に、「ばあああ!」と言う。どうやら女の子は、トイレに棲みついているらしい。私は、しつこいなあ、と思いながら部屋に戻った。。
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福永耕二氏

2009-04-24 20:42:48 | Weblog
 福永耕二氏の名前は、先日たまたま聞いていた某ラジオ番組のゲストの俳人中原道夫氏が「好きな俳人」のひとりに挙げられていて、初めて知りました。


新宿ははるかなる墓碑鳥渡る  福永耕二[第二句集『踏歌』1980年(文庫化:邑書林句集文庫、1997年)]


福永耕二(1938年1月生~1980年歿)
鹿児島県生まれ。地元の米谷静二の指導で、高校の時から俳句を作り、「馬酔木」「ざぼん」に投句。20歳で「馬酔木」巻頭となる。鹿児島大学卒業後、地元で教職に就くが、水原秋櫻子の許で俳句を学びたい気持ちを押さえ難く、1965年に能村登四郎の紹介で登四郎と林翔の勤務する市川高校の教諭となる。1969年「馬酔木」同人、1970年同誌編集長。また同年に創刊された「沖」にも参加し、積極的に若手の指導に当たった。1980年、42歳で急逝。句集は三冊。第一句集『鳥語』、第二句集『踏歌』、遺句集『散木』。耕二俳句の特長は、いつまでも古びることのない清新な抒情にあふれているところにある。(後略)
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