テープの声、といえば、前にチャイコフスキーの声が録音されている蓄音機の記録管の内容を再生したものというのを聴いたことがある。生きる者が死者の声を聴くことができるという意味でテープなどの記録メディアの発明はすごいことだなあとあらためて思う。そういえば母が、昨夏に亡くなった父について、元気だった頃の声を録音したり元気だった頃の姿をビデオに録画したりなぜしておかなかったのだろうね、いくらでも安いビデオカメラが世の中にはあったのにね、と言うたび、いつでもできると思っていたし、まさかこんなに早く逝くと思っていなかったからね、と私は答えるのだが、そもそもカメラがあったとして父は他人からあらためて畏まってマイクを向けられたりカメラレンズを向けられたりすることを極端に嫌がるひとだったから、たぶんつよく拒絶されて騒ぎになってなにも記録できぬまま終わったような気がする。しかし、それでも世の中には奇跡的なことがあるもので、父が高校教員を定年で退職するときの最後の授業音声を教室でひそかに録音して残していました、という父の教え子にあたる方がいらして、お好きなようにダビングしてください、と母にテープを貸して下さった。母は嬉しくお借りしたもののひどい機械音痴なので私にどうにかしてダビングするようにとそれを幾重にも厳重に丁寧にくるんで送ってきた。そこでしごとのあと、早速ダビング屋を探して持ち込んでみた。店先で試しに聴いた父の元気だった頃の声は非常に懐かしかった。もうすぐそのダビングテープは出来上がる予定である。
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一つの画像は吉田調書関連。もう一つは東京オペラシティコンサートホールで先日の22日に開催されたNHK交響楽団特別演奏会〈ペーテル・エトヴェシュの音楽〉にも携行した、まだまだ歴史の新しい岡山大学短歌会機関誌の出来立てほやほやな第2号である「岡大短歌2」。ご関係者さま、楽しみに拝見させていただきます。
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オペラシティのアートギャラリーのショップの方曰く、昨秋に開催した〈五線譜に描いた夢〉展の図録、各地からの問い合わせがいまだに多くてよく売れています、とのこと。この展覧会、開催情報を事前に知っていたら必ず出掛けたはずと思う。本当に、この図録だけでも、貴重な史料写真がたくさんで、読みでがあります。
そこはどこか気持ちのよい新緑あふれる山のなかの何かの施設(広大な敷地の中にはクリーニング店や和菓子店がある)の管理事務所受付。その受付に、若い女性がやや困ったなという顔をして〈28日出来上がり予定〉と書かれたクリーニング店の受付票を持ってやって来る。〈気付いたらクリーニング店の受付票を持っていたのです。いろいろなことがわからなくて。。いったい今日は何日なのでしょうか?〉とその女性が聞くのでカレンダーを見ると、今日は29日。〈もう出来上がっているはずなので、よかったらクリーニング店へご案内しましょう〉と女性と出掛ける。その途中に和菓子店があり、ここのお菓子おいしいんですよ、ちょっと見ていきましょうかと誘うと〈ええ、和菓子大好きなので、興味津々です〉と女性微笑む。店はちょうど涼やかな美味の葛饅頭ができたところ。和菓子店主と女性と私とで、本当の葛を使った和菓子のおいしさについてしばし雑談、談笑。その途中で、夢から覚醒。。
ブルネグロの森奥にまたまた〈お菓子の家〉あれば今夜は帰るなと言はるるに似る
ブルネグロの森奥深く忘れられて靴に三つのキノコ生えてゐる
遠き日に〈風〉だつた時間もあつたやうな気を覚えつつ、やはりまだ歩く
風に乗りて七千日前の声か、あれ。〈鬼ごつこ〉の鬼の子まだ探してゐるのか
〈懐かしき土地の思ひ出〉胸に鳴りぬ 上衣の中はすこしずつ空洞
空洞の上衣の下に足だけある夢から覚めぬ 北向きに投げ出したるはわが足にあらずや
鞄つかみ一刻も早く行かねばならぬも、またまた目的語その他省かれてゐるため