カームラサンの奥之院興廃記

好きな音楽のこと、惹かれる短歌のことなどを、気の向くままに綴っていきます。

「アルペジョーネ」

2006-10-31 13:38:31 | Weblog
2006年10月31日10:20am

「アルペジョーネ」

 いま学校に出掛けながらFMを聴いています。シューベルトの『アルペジョーネ・ソナタ』を、代用のチェロではなくて本来のアルペジョーネで弾いている珍しい演奏。吉田秀和さんが最近手に入れられたCDとのこと。たしかに情趣のちがいがよくわかります。ピチカートの音色などまったくチェロのピチカートとちがいます。ハープのように太くて艶やかな音という表現ができるかもしれません。それから、気付いたことは、シューマンのチェロ協奏曲が、このアルペジョーネソナタをかなり勉強し意識したものではないかということ。じつはよく知られていることなのかもしれませんが、私は今日気付きました。。シューベルトのグレート交響曲発見初演の逸話しかり、シューベルトとシューマンとはつながりが深いようで興味深いです。
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備忘メモ(その2)

2006-10-31 01:57:56 | Weblog

 備忘メモのその2。


武満徹『夢のモンタージュ~ジャズ~』(『音、沈黙と測りあえるほどに』新潮社、1971年 所収)より

 サイラス・モズレー氏(哲学研究のため在日中のアフリカ系アメリカ人)は“ブルースは個人的事件なのだ”と語った。
 1914年に、トム・ブラウンという男がオリジナル・デキシーランド・ジャズバンドを編成して、ジャズは白人によっても演奏されるようになった。
 ジャズは黒人のうたであった。そして今日、ジャズはわれら世界の音楽だ。ラングストン・ヒューズ(『ジャズ入門』などで知られるアフリカ系アメリカ人)は、ジャズは偉大な大海のようだと書いた。
 ジャズが、他の民族音楽においてなされるような方法で解明できないのは、移り変わる瞬間ごとに演奏者の心にくみたてられる感情を音楽的におきかえるものだからであり、そこに完結したひとつの様式をもたないためである。ジャズのさまざまなスタイルは、様式であるよりはむしろひとつの状態であり、それらは、魂のひとつの容貌をうつしだしているものだ。
 ジャズはいつでも人生の現実について語っている。ここでは、真実はまるで裸形であり、それをいいあらわすには様式的に規制された方法というものはなんの役にたつものでもなかった。
 サイラス・モズレー氏は次のように書いている。
「ジャズは演奏されている間に想像もつかないほどの悲しみの底からつくりだされる感情です。この感情の発展につれてそれは各演奏者にひろがり、シンガーも、プレーヤーもみんなが影響を受けます。
 ワーク・ソングとハラーとニグロ・スピリチュアルと最後にブルースは渾然一体となりジャズを育ててきました。ジャズはリズムではありません。またメロディーでもありません。ジャズは次第に発展していくという形式でもありません。私はジャズを次のように定義づけてみました。
“ジャズは、演奏者が歌の途中、いかなる瞬間にでも感じたものを表現しようとする個人の自由というものです”」
 ジャズは集団的体験ではない。個人の音楽的体験である。それは神の存在があくまで個人的体験としてあるように、祈りの感情によってささえられ、そこから生まれたからだ。
 (後略)

+++

丸山繁雄『ジャズ・マンとその時代~アフリカン・アメリカンの苦難の歴史と音楽~』(弘文堂、2006年)p211、212

 1920年代のジャズはシカゴを舞台とした。シカゴをミュージシャンの主な活動の舞台としながらこの音楽が「ニューオーリンズ・ジャズ」と呼ばれたことには事情がある。ニューオーリンズにおいて生まれたての頃、この音楽にはまだジャズという呼び名はなく、「ラグタイム」と呼ばれていた。ジャズをつくった人びとが自分たちの音楽をあくまで「ラグタイム」の一部、もしくはその延長という認識でとらえていたことがしのばれて興味深いが、これはジャズ音楽が個人の創作意識である日創られたものではなく、集団による自然な文化的創造であったことを傍証している。名前を付け替える暇もなく、またその必要も感じず、音楽が変わっていったのだ。
 シカゴにすみかを変えたこの音楽はある日、酒と演奏に酔ったシカゴの聴衆のひとりが“Jass it up”と声援を送ったことからしだいに“jass”やがて“jazz”と呼ばれるようになった。「jassとはシカゴの暗黒街の俗語でわいせつな意味をもっていたが、この種の俗語は何にでも用いられているうちに本来の意味を失い変化していくものである。たとえば日本語の『よがる』という言葉はわいせつだ。『ひとりよがり』といったらわいせつの極致のような言葉になるはずだが、本来の意味を失って紳士淑女も堂々と口にできるようになっている。その頃のjassがそうだったのである」と油井正一が語る。
 さらに油井は「ニューオーリンズ・ジャズ」と呼ばれた経緯には「このジャズという新しい音楽はニューオーリンズから運ばれたものであるし、ジャズといえばニューオーリンズ・スタイルしかなかったのだから、『ニューオーリンズ・ジャズ・バンド』などという名称は(今でこそスウィングありモダンありで当然区分されるべきであろうが)当時としては重複のきらいがあったわけだ。あえて重複させたのは北部人にエキゾチシズムを売るためだったか、あるいは南部出身者に共感を与えるためだったのだろう」と述べる。
 (後略)

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短歌メモ、セミナーの感想など

2006-10-30 23:42:42 | Weblog
 短歌メモです。

まつぷたつ伯爵の家なる軒下をサウメン走りぬ 氷のみづと  河村壽仁

***

 さきほど、「野村誠さんと小沼先生のトークセミナー」を聴講してきました。野村さんと先生の話も、野村さんの生演奏(ピアノソロ作品『たまごをもって家出をする』<2000年作曲>)も、すごく面白いものでした。以下、簡単に、独断と偏見で、真っ暗な客席でぐちゃぐちゃとメモした事柄を書き出してみます(事実の正確さよりも私の主観がかなり入っています)。

 今回、小沼先生が野村さんから聞き出そうとされていたポイントは

(1)野村さんが、特別養護老人ホームでの共同作曲や、障害をもった子供たちと共同で作品をつくりあげるパフォーマンスを志向されているのはなぜか? 言い換えると、一般的な「作曲家」像を、いわゆる「コンサートコンポーザー」か否かで線引きをして、通常のコンサートで受けるような作品を発表し続ける輝かしい「昼」型と、通常のコンサートを志向しない、どちらかというとちょっと変わった「夜」型とにわけたとき、野村さんは「夜」型に分類されると思われるが、野村さんをしてそうさせる動機は何なのか?

(2)野村さんにとって、「作曲」とは何なのか?

(3)野村さんにとって、「作品」とは何なのか?

ということだったように感じました。

+++

(1)について。野村さんの言われていたことを独断でまとめると、「そのように志向するのは、<作曲家はかくあるべし>という世の考えをぶち壊すことに興味があるから」ということではないかと思いました。メモしたノートを見ますと、正確ではないと思いますが、「コミュニケーションはひと対ひとの中から生まれてくるもの。目の前の人を頭から<○○>と決め付けて付き合うことはつまらない。その人の中に、自分が持ち得なかったものを見出すような積極的な鑑賞態度があると、コミュニケーションが楽しくなってくる。だから、たとえば特別養護老人ホームでの共同作曲は面白い、、、」と書き留めています。

(2)について。野村さんの言われていたことを独断でまとめると、以下のとおり。「生のメタファーとして音楽はある。一度過ぎた音は戻ってこない。生まれてしまったら死ぬまで突き進むしかない。音楽とはそういうもの。最近では、一秒一秒と過ぎていく時間が愛おしくてならない。作曲についてもスタンスは同じ。一度清書譜に書き込んだ音は変更しない。そういう覚悟を常にもって、自分の死んだ後にも聴いてもらえるような音楽を作りたいと思って作曲している。。。」

(3)について。「<完成>するまでは<作品>ではないが、ワークショップも<作品>。素材だけを提供する作者にとっての素材も、傍から見て云々するよりも前に、それは<作品>である。。。」

+++

 とにかく興味深くて楽しかったです。野村さんの作品をもっともっと聴いてみたくなりました。
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今日

2006-10-30 13:26:19 | Weblog
 昨日は朝からジャズの本に埋もれていました、、、夕方、それに少し疲れて、銀座山野楽器本店までサイクリングし、念願のクラーク社製ティンホイッスル(D管)を入手。小さいですが、音色が心に染みとおるような、素敵な楽器です。

 今日は、作曲家の野村誠さんのトークセミナー「夜の思想・夜の学び~人間・場所・音楽」に出掛けてみようと思っています。どんな話をうかがえるのか楽しみです。

+++

2006年10月30日(月) 20:00~21:20 早稲田大学 学生会館「多目的ホール」

トークセミナー「夜の思想・夜の学び~人間・場所・音楽」

子どもやお年寄り、動物との共同作曲や即興演奏、テレビ番組『あいのて』(NHK教育)等、国内外で活躍する若き現代音楽の脱力系旗手・野村誠と、野心的な音楽論を展開する小沼純一によるスペシャルトークセミナー。音楽を音楽のためだけのものにしない、音楽だけで閉ざさない。人間関係やその場に起こる偶然性を音楽に織り込んでいく野村誠の世界とは? 音楽と福祉、音楽と教育・・・分断されてとらえられがちなジャンルの境界を、いともやすやすと飛び越える野村流の音楽に、身を沈めてみよう。夜の闇のなかで、脱力し、耳をそばだててみよう。きっと、人間とアート、社会とアートをとらえなおすきっかけが見つかるかもしれない。野村誠による渾身の脱力生演奏もあり!
(本セミナーは第10回「オール早稲田文化週間」プログラムです)

出演:
野村 誠 (作曲家・鍵盤ハーモニカ奏者・共同作曲実践家)
小沼純一(早稲田大学文学学術院教授)

日時:2006年10月30日(月) 20時~21時20分(19:30開場)
場所:早稲田大学 学生会館「多目的ホール」(東京都新宿区 戸山1-24-1)

■野村誠 プロフィール

1968年名古屋生まれ。現代音楽の可能性を追求する音楽家。鍵盤ハーモニカでの路上演奏や、老人ホームでの共同作曲など、コンサートホール以外での音楽活動にも積極的。また子どもや他者と創作することに関心があり、企画・作曲・演奏のすべてを市民と協働で作り上げるコンサートの実現、日英共同でオペラを制作、障害のある人の舞台表現活動の可能性を探るなど、多方面にわたり活動。作曲作品多数、国内外での演奏・新作発表のほか、ワークショップも精力的に行なっている。
詳細は『野村誠のページ』へ。 http://www7a.biglobe.ne.jp/%7Enomu104/ 


■小沼純一 プロフィール

1959年東京生まれ。学習院大学文学部フランス文学科卒業後、中外製薬(株)勤務などを経て、現在早稲田大学文学学術院教授。
第8回出光音楽賞(学術・研究部門)受賞。
著書に、『武満徹 音・ことば・イメージ』(青土社)、『パリのプーランク その複数の肖像』(春秋社)、『アライヴ・イン・ジャパン 日本で音楽する外国人たち』(青土社)、『サウンド・エシックス これからの「音楽文化論」入門』(平凡社)ほか多数。CDのライナーノートの執筆や、コンサートの企画・コーディネート・監修・アドバイスなどは厖大な数に及ぶ。タワーレコードフリーペーパー『Musee/intoxicate』への連載も好評。
詳細は『小沼研究室』へ。 http://www.f.waseda.jp/jkonuma/

入場無料:どなたでも無料でご参加いただけます。
参加方法:E-mail またはFAXによる事前の申し込みが必要です。(10月22日締め切り)
住所・氏名・ふりがな・電話番号・参加人数(以上 必須事項)、年齢・メールアドレスを明記のうえ、下記連絡先にメールもしくはFAXにてお申込み下さい。
(参加者が複数にのぼる場合、その方のお名前もご記入下さい。)

*なお、当日、定員にみたない場合に限り、お申込みでない方もご入場いただけます。

主催:第二文学部社会人間系専修 文化講座実行委員会
問合・申込:第二文学部社会人間系専修室
TEL:03-5286-3542 (平日17:00-21:00 夏季休業中を除く)
FAX:03-3203-7718 
メール:syakai-ningen@list.waseda.jp
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神秘のタロット「暁玲華 Spiritual Power」のこと(メモ)

2006-10-30 09:03:28 | Weblog
 メモです。

暁先生のブログ日記《スピリチュアルパワー》の記事より。
http://akier.exblog.jp/4096803

(以下、引用させて頂きます)

 私の無料タロットコンテンツが2社に入っています。
 一つはTOKYO姉妹の「姉妹FORTUNE」。
 もう一つはCIANの「CIAN TAROT」でした。
 シアンタロットはオープンサイトなので、結構便利で、そのうえ全体運、仕事運、恋愛運と選択肢が3つもあります。展開も凝ってて、3つともシャッフル後の展開が変わります。
 全体運はスピリチュアルな視点もいれて、ほかとの差異をはかるという、私らしいものでもありました。
 その、シアンタロットがクライアントの会社の都合でクローズせざるを得なくなり、今まで、毎日のようにクリックしていただいた方には本当に申し訳ないと思っています。
 しかし、近日リニューアルして、またまた舞い戻ってくることになりました。
 名称が変わって神秘のタロット「暁玲華 Spiritual Power」。
 このブログと同じ名前のタロットコンテンツです。
 来月早々にも、はじまります。
 今回はクローズサイトになるので、登録が必要になりますのでお手数ですが一度は初回に新規登録手続きをすることになります。
 登録は私のオフィシャルサイトのブログページの中にある、「ざ・こもんず」の登録をしてはいれば、次画面のおてがみネットにアップされる予定です。
 ついでに私のブログも読めてしまうので、是非御一読を!
 開始したら、またお知らせしますが、とりあえず数ヶ月の命であったシアンタロットが終了しましたこと、お詫び申し上げます。

(以上で引用おわります)
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角川『短歌』11月号の受賞作を一読して

2006-10-29 13:35:08 | Weblog
 メモ。

 いま発売されている角川書店の短歌雑誌『短歌』11月号は、第52回角川短歌賞発表号となっていて、今回の受賞作、澤村斉美さんの《黙秘の庭》(50首)を掲載しています。選評やそのほかの関連記事を見る前に作品だけをまず一読しましたが、全体として落ち着いた語勢で紡がれた、表現レベルの高い一連だと感じました。

 あらためて、澤村さん、ご受賞おめでとうございます。

 50首の中から、以下私が惹かれた10首を引かせていただきます。

***

澤村斉美・作『黙秘の庭』(50首)より

花冷えのやうな青さのスカートでにはたづみ踏むけふの中庭

昼過ぎて木陰の椅子は泣くためにある きみは研究をつづけよ

場が人を放さないのだ中庭の水には影をあたへて立てり

日の光は光の休むところなりしづかな声をそのまま行かす

天体は暁低く空を行くいまは詮なきことにとらはれむ

鉄橋に向かひて叫ぶ人のをりうつつの人と思はれず朝

しかられてゐたころ椎の木の中に居場所のありき暗き鳩笛

はじめから失はれてゐたやうな日々海沿ひの弧に外灯が立つ

遠いドアひらけば真夏 沈みゆく思ひのためにする黙秘あり

海の青はつめたいだらうスカートに伝はる海の声を聞きゐる

+++

にわ‐たずみ〔にはたづみ〕【潦・行潦】
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%AB%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%81%9A%E3%81%BF&dtype=0&dname=0na&stype=1&pagenum=1&index=14158400

(ニハは俄か、タヅは夕立のタチ、ミは水の意というが、平安時代には「庭只海」と理解されていたらしい。・・・広辞苑)

[名]雨が降って、地上にたまり流れる水。行潦。
・「はなはだも降らぬ雨故―いたくな行きそ人の知るべく」〈万・一三七〇〉

〔枕〕地上にたまった水が流れるようすから、「川」「ながる」「すまぬ」「行方しらぬ」にかかる。
・「―流るる涙留めかねつも」〈万・四一六〇〉
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備忘メモ

2006-10-29 00:58:11 | Weblog
 (前略)一般に私たちが音楽とよんでいるものは、あらゆるものごとの背後で働いている、自然界の根源にして起源である宇宙の調和、すなわち宇宙の音楽から、知性がつかみとった小さな縮図にほかなりません。そのため、いつの時代の賢者も音楽を神聖な芸術と考えていたわけです。というのも、賢者は音楽の中に全宇宙の像を見ることができ、そして賢者は音楽の王国の中に全宇宙の働きの秘密や本性を明らかにすることができるからです。(中略)宇宙の音楽は、私たちが音楽とよんでいる小さな像の背景にあたるものです。音楽に感じたり惹かれたりするのは、私たちの奥深くに音楽が存在していることを示します。(後略)
 ハズラト・イナーヤト・ハーン『音の神秘』土取利行訳(1998年、平河出版社)

***

Jazz(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%BA

+++

 (前略)
 いまでは、人気ジャズ・クラブだとたいていのところは予約をしておかないと入れない。ところが80年代初頭なら、滅多なことがない限り、ぶらりと行っても入ることができた。それは、ジャズに対する人気と一般のひとが寄せる認識にも変化があったことを意味している。
 ジャズはマイノリティの音楽――。80年代初頭には、まだこんな考えも一部に残っていた。とは言え、ジャズはクラシックと共に知的な趣味にも数えられていた。ただ、不思議なポジションにあったことはたしかだ。「趣味がクラシック」とは大声で言うことができても、状況によっては「ジャズが趣味」と言えば、「へぇ?」という顔をされる。
 留学前に、教授からは、「アメリカに行ったら、医者仲間の集まりなどで、《ジャズが好き》なんて言わないほうがいいぞ」と釘を刺されたほどだ。医者とか弁護士とか、一般に知識階級と呼ばれているひとの間で、当時は「ジャズが趣味」とはたしかに言い出しにくい雰囲気があった。しかし、彼らの中にもジャズ・ファンは少なくない。矛盾はしているが、この微妙なところがジャズの置かれた立場だったように思う。
 (後略)
 p47,48 小川隆夫『となりのウイントン』(2006年、NHK出版)
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尚美学園大学学園祭<尚美祭>10/28・29(memo)

2006-10-28 23:12:42 | Weblog
尚美学園大学学園祭<尚美祭>10/28・29
http://www.shobisai.com/index.htm

尚美学園大学川越キャンパスへのアクセス
http://www.shobisai.com/access.htm

尚美学園大学
http://www.shobi-u.ac.jp/event/2005/event_928.html

尚美学園大学リバティベルオーケストラ
http://www.libertybell-orchestra.com/index.htm
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作家の耐用時間

2006-10-28 14:24:44 | Weblog
 作家夫馬基彦先生が、

ご自身の電子日記『風人日記』
http://www.jj.e-mansion.com/~fuma/nikki19.htm

に、「作家の耐用時間・年齢と、力作や代表作品が生まれる年代」について、

作家の耐用時間・年齢に関しては、これまで大勢の先輩を見てきた結果、個人差はかなりあるにせよ、平均して72,3才ではと感じている。多くは70歳前後での大病を機に、体力気力が衰え、2,3年でおおむね実質的作家活動は終るというのが普通だった。生きながらえても大したものは書けないし、代表作や力作はせいぜい60代までではないかと思える。むろん例外はあるが。

と書いておられました。

 それを拝読して、そういえば、先日亡くなられた小島信夫さんしかり、芹澤光治良先生しかり、90歳になられてもなお旺盛な執筆活動をなさっていたケースもありましたが、そういうのは例外なのかもしれない。。。と考えて、なにか寂しいなあ、、、としんみりと思ったのでした。。。

 所詮、仕方のないことではありますが。
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メモ三題。

2006-10-28 13:38:47 | Weblog
 メモ三題。

 興味を惹かれている事です。



映画《トンマッコルへようこそ Welcome to Dongmakgol》
http://www.youkoso-movie.jp/

 時間があったら是非見てみたいと思う一本です。

 、、、、個人的な印象ながら、最近話題の日本シリーズ優勝チーム北海道日本ハムファイターズと、このトンマッコル村の人々とがそれぞれ醸し出している雰囲気が微妙に似ている感じがするのは気のせいなのでしょうか。。。そんなことが気になる今日この頃です。

+++

文京ふるさと歴史館
http://www.city.bunkyo.lg.jp/rekishikan/

特別展《徳川御三家江戸屋敷発掘物語~水戸黄門邸を探る》
会期:2006年10月21日(土)~12月3日(日)
開館時間:午前10時~午後5時
休館日:毎週月曜日
入館料:一般300円、団体(20名以上)210円、中学生・65歳以上は無料以下、11月3日(金)文化の日は無料開放

 江戸城吹上付近に屋敷を構えていた寛永6年(1629)、水戸徳川家は、小石川(現在の文京区春日・後楽)の地に屋敷を拝領します。  その後、明暦3年(1657)の大火を契機として、江戸城内から完全に移転し、小石川の屋敷を本邸としました。  水戸徳川家については、水戸学や、尊皇攘夷など思想史に関わる研究は、多くの蓄積がありますが、藩主を始めとする江戸藩邸内での人々の生活の実態については、詳しいことはわかっていません。  今回の展示では、小石川や駒込屋敷跡地における発掘調査成果を中心として、指定文化財として遺された庭園・後楽園の知られざる歴史や文化についてご紹介します。

+++

あさくら ゆう(近世史以降の歴史研究家)著
『慶応四年新撰組近藤勇始末~江戸から五兵衛新田・流山・板橋まで』
【2006年12月刊行予定】
定価:1260円(税込)
ふるさと文庫187/188頁
出版社:崙書房出版
http://www.ron-syobou.co.jp/

◆慶応四年(一八六八)一月、新撰組は江戸に来た。京都で勇名を馳せた「新撰組」は鳥羽伏見の戦争により、多くの仲間を失った。新撰組はこの後、果たしてどのような闘いを見せるのか。そして近藤勇の運命は?慶応四年一月より近藤が最期を迎える四月までの出来事を、北海道から九州まで日本を縦断してくまなく探した著者が、いくつもの新史料をふんだんに使って書き上げた戊辰戦役史を塗り替える新たな一冊。

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