カームラサンの奥之院興廃記

好きな音楽のこと、惹かれる短歌のことなどを、気の向くままに綴っていきます。

むかしの草稿ノートから。

2018-11-06 06:28:13 | Weblog
『屋根裏のダダ』冒頭。

 その夜、乾電池が飛んで来たのだった。僕の他には誰も居るわけがない、四階音楽室の、深い渋色をした、この学校のよかった時分を伝える唯一の遺品のベーゼンドルファーの椅子に腰を掛けて、傷だらけの鍵盤の蓋を閉めたまま、僕は口を開こうとしていた。僕から見て左手の、真っ暗な校庭に面した窓に映った人影に向かって、二言か三言ぐらい、何かを言おうとしていた。だがしかし、それは、僕らが平生考える言葉ではなくて、極めて動物的な音声だったはずだ。僕の喉は悲鳴を上げたくてうずうずしていたのだから。
 その人影は僕の強ばった顔を見ておそらく笑っていたようだ。僕はしっかりと見ていたわけではないから、確かではないけれども。そして、僕の目の前から消えた。その後、使用済み乾電池が不意に窓の向こう側からガラスを突き破って僕の開きかけてとまった口の中に飛び込んで来やがった。僕はそれをまんまと呑み込み、その翌朝下痢をしてパンツを汚してしまったのだった。
 学校のグラウンドの隅には井戸があった。その口にはいつも苔むした重たい石蓋が被せられていて、傍らに謂れのわからない小さな古びた祠があった。なんでも昔、この井戸に墜ちた生徒がいたらしい。詳しくはわからないけれども、時々誰かがお供えした花が祠の前にあるのを見たことがあった。
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