カームラサンの奥之院興廃記

好きな音楽のこと、惹かれる短歌のことなどを、気の向くままに綴っていきます。

島バス

2009-11-26 10:12:05 | Weblog
 私が短歌を始めて間もないころ、歌誌『塔』2001年6月号に初めて掲載して頂いた拙歌。

草壁から土庄へ行く島バスに吾は乗りたり畑の蝶(てふ)と


 「島バス」に関する新聞記事から、メモです。。。

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小豆島バス路線事業撤退で揺れる地域交通
(2009年11月25日朝日新聞記事)

 小豆島の路線バスを運行する小豆島バス(本社・土庄町)が路線バス事業の撤退を検討しているとして、島の住民らがバス事業を引き継ぐ新会社を11月上旬に設ける方針を固めた。近く新会社の概要などを明らかにする。
 島の自治会や商工会メンバーら13人が新会社の発起人になる。その一人で土庄町自治会連絡協議会長の谷久泰司さん(68)は「高齢者が多く、買い物や病院に行くにもバスを利用しなければならない。島にとって路線バスはなくてはならない存在。問題を放置しておくわけにはいかず、自治会を中心に立ち上がった」と話している。
 13人の発起人は1日、土庄町の自治会長ら約50人を対象に新会社の説明会を開催した。谷久さんらは「来年4月の運行開始を目指す」とする方針を示した。
 計画によれば、車両は小豆島バスから無償で譲り受け、従業員30人を新規採用▽小豆島バスが運行する生活路線など8路線を引き継ぐ――などが柱。新会社の資本金3千万円のうち約400万円については、1世帯あたり300円の出資を島民に募る案もある。
 小豆島バスは「島バス」の愛称で親しまれてきた。現在も季節便を含む11路線を運行し、島民の足を支えている。だが、過疎化による人口減や乗用車の普及で利用客が減少。経費削減などで対応してきたが、昨年来の急激な景気後退もあり、6月末、路線バス事業からの撤退方針が示された。
 県と小豆島町、土庄町、地元自治会などは同月、「小豆島地域公共交通協議会」(会長=土井健司・香川大工学部教授)をつくり、路線バスの利用状況や必要性など、多方面からの検討を進めている。
 2日に一度は路線バスを利用する土庄町屋形崎に住む中村美征さん(70)は「慣れ親しんだ路線バスがなくなってしまうことは想像できない。小さいころはバスはいつも満員だったが、乗用車が増えるにつれてバスの車内が寂しくなった。車を運転できないので、バスがなくなってしまったら近所の人に頼んで送ってもらうしかないのか……」と話す。

    ◇   ◇

 過疎化、高齢化、そして出口の見えない不景気の影響などで、地域交通が大きく揺れている。「島民の力で守りたい」と住民らが立ち上がった小豆島。「島の足」を巡る動きを追う。

 ◆真鍋知事「路線バス役割、ますます重要」
 小豆島のバス問題について、真鍋武紀知事は5日の県議会本会議で、「小豆島地域公共交通協議会」で効率的な運行を検証するための試験運行などを計画していると説明した上で、「高齢化の著しい進展や観光需要の高まりの中で、路線バスの役割が今後ますます重要になる。協議会の議論と新会社設立に向けた動きが両輪となってバス路線の維持・再生が図られるよう、県としても地元2町や関係者と連携しながら、積極的に取り組んでいきたい」と述べた。谷久浩一議員(自民、小豆郡選挙区)の質問に答えた。
 また、高速道路の無料化について、真鍋知事は「現状のまま無料化された場合、公共交通の経営はさらに悪化し、存続できないものも出てくるのではないか。抜本的な対策を講じるよう新政権に強く訴えていく」と話した。大西邦美議員(民主、高松市選挙区)の質問に答えた。

 ◆発起人・谷久さん 買い物・通院に大切・住民から出資の計画も
 発起人になった谷久泰司さんに聞いた。
 ――なぜいま立ち上がったのですか?
 島は高齢者が多い。大手スーパーの出店で小売店が少なくなり、買い物は遠出しなければならない。高齢者にとって、買い物に行くにも病院に行くにもバスは大切な足。ほっとくわけにはいかなかった。
 コミュニティーバスを走らせるという意見もあったが、路線バスと違い、利用する所だけを走るので、空白の地域ができてしまう。
 ――今後の計画や課題は何ですか?
 自治会を通じて、住民に1世帯300円の出資を集める計画もある。地域で路線バスを支えていくという意識を持ってもらえたら。ただ、会社を立ちあげてからが本番だ。経営面で具体的な課題が出てくると思うが、多くの人が利用しやすい、楽しいバスにしたい。
 ただ価格や路線の見直し、工夫が必要だと思う。昔は、行楽シーズンになると寒霞渓行きのバスは大勢の観光客でにぎわっていた。島を元気にするイベントなども考え、地域全体を盛り上げたい。そうでなければ、事業を受け継いでも意味がない。
 ――政権が変わりました
 離島などには、本当に困っている人がたくさんいる。きちんと目を向けて欲しいという願いがあります。

http://mytown.asahi.com/kagawa/news.php?k_id=38000340911250001

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「ルポ・島バスに乗る」
(2009年11月25日朝日新聞記事)

 小豆島の発展やにぎわいは、「島バス」の歩みとも重なる。景気後退の中で、島の住民らが守ろうと立ち上がった路線バス。6日、大きな車両に乗り込み「島の足」を実感してみた。

 午前10時すぎ、小雨が降る土庄港平和の群像前停留所には、お年寄りや主婦の姿があった。土庄港ターミナルから来た「田ノ浦映画村」行きに乗った。
 池田港、草壁港、坂手港などを順に回る「坂手線」は、土庄中央病院や内海病院などをまわる。車両は低床でバリアフリーだ。車内はお年寄りや観光客らが多い。
 「どこいくんな?」「病院まで」。顔なじみ同士、会話がはずむ。スーパーの帰りや病院帰りのお年寄りが目立つ。商店が並ぶ通りや銀行、病院付近の停留所では乗り降りが特に激しく、生活路線だとわかる。
 10分ほどたち、ほんのり紅葉してきた山々が目に入ってきた。人通りはぐんと減る。くねくねと曲がりながら進んでいく。停留所で運転手が降りるおばあちゃんに「気を付けてね」と声をかけていた。
 「観光客のみなさん、ここが『岬の分校』です。今日はちょっと天気が悪いけど……」。アナウンスが車内に響いた。20分ぐらいで終点の田ノ浦映画村に到着。今度は「お疲れさま」と声をかけられた。
 土庄町の主婦中野節子さん(61)は雨の日にはバスを利用するという。「昔は、車内が人であふれて座れないほど混雑していた。今は1人で終点まで行っちゃう時もある。寂しいね」
 土庄港平和の群像前停留所近くの土産品店「旭屋」の岡田健三さん(62)は「昔は次の船が出るまでの間に、お客さんが店に立ち寄っておみやげをいっぱい買ってくれた。街中には島バスがたくさん走り、『島バスに就職できたら』っていうほどのあこがれだった。どんどんさびれていっちゃう。どんな形であれ、利用者が困ることのないようにしてほしい」と求めていた。

 ●「交通権」の保障重要 行政も支援に懸命
 小豆島バスの社史などによると、島内では1919(大正8)年、初めて個人会社による乗り合い自動車が走り始めたという。その後、島内の近代的な公共交通機関を発展させようと、同社の前身「小豆島自動車」が28(昭和3)年に事業を引き継ぎ、株式会社として発足している。
 38年には島内を一周するバス路線ができあがった。島内唯一の公共交通機関として「島バス」の愛称で島民に親しまれるようになった。小豆島バスに社名を改称した66年ごろには、路線バスの利用は年間500万人余りに達した。
 ところが、過疎化や乗用車の普及に伴い、利用者は約50万人に減少した。小豆島バスに対し、国と県は年計4千万円を補助し、土庄町も年計約1500万円を運行委託料として支払っているが、景気の急激な後退の影響を受けている。
 土庄町の担当者は「高齢者や学生などにとって重要な交通手段。廃止は何としても避けたい」と強調する。同町は今後、路線バスの利用状況を曜日別や時間帯ごとに調べるなど運行効率化のためのデータを集めるとし、「経営が厳しくなってきた状況下では、行政も対策を真剣に考えていかなければならないと思っている」とする。
 土庄町や小豆島町などは6月に「小豆島地域公共交通協議会」を設置。民間コンサルティング会社に路線バスの効率的な運用の調査を委託したり、高速艇やフェリーとの効果的な連携を検討したりするなど、島の公共交通機関のあり方の模索を始めている。

 <小豆島地域公共交通協議会会長の土井健司・香川大工学部教授の話> 人が安全に移動できる権利を保障する『交通権』や、どんな人も外出できる機会を住民に保障するという観点が必要だ。交通弱者だけでなく、住民全体にとっても乗用車以外の交通手段を確保することは大切。今回、行政はバスの運行を広い概念で福祉ととらえて支援し、住民も積極的にバスに乗る意識が求められている。

http://mytown.asahi.com/kagawa/news.php?k_id=38000340911250002
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