臨床診断は明らかな技術で、この百年で長足の進歩を遂げた。その基本は患者の言葉に耳を傾けなさい、患者はあなたに診断を告げている(Listen to your patient, he is telling you the diagnosis)というウイリアム オスラーの言葉に象徴されている。
しかしながら21世紀に入り医学は更に一歩進んで、多くの癌は早期に発見できれば治癒、少なくとも長期生存が望めるようになった。二人に一人が癌になり三人に一人が癌で死ぬ今、癌の早期発見は認知症治療と並んで喫緊最大の医学的そして社会的課題になっている。
しかるに癌の早期発見は、従来の臨床診断技術では非常に難しい。自覚症状や診察所見で早期癌を見つけるのは殆ど不可能で、見つかった場合は僥倖と申し上げたい。早期癌はしばしば他の疾患の診療検査中に副次的に見つかる。神業の医師が居るわけではない。
保険診療は病気を対象にしているので、全く症状がないのにやみくもに検査することはできない。唯、現実には有名人が肺癌で亡くなれば肺癌が心配、大腸癌で亡くなれば大腸癌が心配という、心配病の患者が増えて、とても妥当とは言えない膨大な医療費が費やされている。
日本特有の人間ドックというのは、早期癌が見つかることもあるが見逃すこともあるという独特のシステムで、医者が率先して受けている形跡はなく、迂闊なことは言えないが、万全のシステムではない。
臨床経験45年の私は、長いから優れているとは言えないが限界を感じることはできる、ここで臨床医学にAIの登場に期待している。職を奪われる危険を顧みず、囲碁将棋で人間のトッププロを打ち負かしたAIによって、臨床医学にも革命が可能だろうと診ている。引退が近いからそんなことを言うと言われては遺憾だが、医療的にも医療経済的にも多くのことが期待できると思う。
尤も、鬼が笑うかもしれない。馬齢を伸ばしてどうすると。