玉川上水の辺りでハナミズキと共に

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり (道元)

*年末雑感

2018年12月30日 | 捨て猫の独り言

 毎年居間に掲げる鹿児島銀行2019年版の一枚カレンダーが届いた。今回の撮影地は薩摩川内市入来町にある「長野滝」だった。鹿児島県人でもその存在を知る人は多くはない。大河ドラマ「西郷どん」のロケ地となって一躍脚光を浴びるようになり、地元では急いで道案内の立て札を用意したという。帰省のおりに訪ねてみたい場所の一つになった。

 昨年「沖縄カラスウリ」の「輪飾り」をいただき玄関ドアに吊るした。小さな緑の実がそのうち赤くなるのを楽しんだ。先日クロガネモチを剪定した時に赤い実のついた小枝がたくさん出た。木の枝で編まれた輪は捨てずに残しておいたことを思い出し、クロガネモチの赤い実をそれに突き刺し輪飾りを作った。隣家には緑道で拾ったドングリで作った輪飾りが吊るされていた。

 

 新聞二紙を一年ごとに購読していると、うるさく勧誘員が訪れる。11月に朝日から毎日に変わった。コラムをやめた近藤勝重が、以前より字数は少ないが「昨今ことば事情」と題して、金曜日の夕刊に書いている。12‣14には「新駅名が高輪ゲートウェイとなる時代である。〈ゲートウェイ?四十七士が困るじゃろ〉TBSラジオの時事川柳番組に寄せられた一句だが、せめて皮肉を言っておこうというところか」とある。

 同じく金曜日の夕刊の「江戸から見ると」も愛読している。執筆する田中優子は1952年生まれで2014年から法政大学総長、江戸文化研究者である。ほかに江戸びいきといえば、数学者の森毅、NHKテレビに出演していた杉浦日向子の名が浮かぶ。年末年始の読書として大活字本で田辺聖子の「古川柳おちぼひろい」を借りた。江戸は宝暦のころから寛政にいたる三十何年かの間の古川柳の秀句を蒐めたものという。

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*クロガネモチの剪定

2018年12月24日 | 捨て猫の独り言

 柿はすべての葉を落とし、ヒヨドリやシジュウカラたちが高い枝の実をついばむために朝の7時前後にやってくる。あと残る5個ほどの実がなくなればその賑わいも終わる。私の落葉拾いは柿とハナミズキに始まり、常緑高木のクロガネモチの古い葉の落葉で一段落した。フキノトウもネリネも終わり、サザンカの紅の落花だけがあでやかだ。

 昼食にたびたび行く食堂がある。そこの席から民家の庭にあるクロガネモチとモッコクの高木二つが並んでいるのが見える。どちらも手入れが行き届いて、とくにクロガネモチの方は赤い実が鈴なりで、まるでクリスマスの飾りつけのように輝いている。その木の姿に刺激を受けて、庭のクロガネモチもなんとかならないだろうかと思い始めた。(理想のクロガネモチとモッコク)

 

 進んで庭木の手入れをすることはあまりなかった。言われてしぶしぶやる私の剪定はやみくもで、木を痛める結果になっていたような気がする。みごとな民家のクロガネモチの剪定の実際を機会あるごとに眺めて参考にし、本棚に眠っていた剪定の教科書も読んだ。今回は二度目となる芯止の作業も行った。太くなっている先端部分をチェーンソーで切り落とし、切り口にはトップジンMペーストを塗った。

 かなり思い切った剪定になった。職人さんが見たらきっと苦笑するにちがい出来栄えだ。まあ、これから剪定をくりかえして理想の姿にすればよい。その隣にモッコクの低木がある。これも初めて剪定を試みた。見渡すと、ウメの木が瀕死の状態であることに気付いた。ウメのウロを見つけ詰め物をと考えたが、その反対側にさらに大きなウロがあり、手当することは諦めた。これはアブラムシが発生した時に、あわてて無茶な剪定をしたのが原因だと思う。

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*辺野古新基地

2018年12月20日 | 捨て猫の独り言

 沖縄の願いは普天間基地即時撤去、辺野古新基地建設NO!である。それに配慮すれば安倍政権は普天間飛行場の運用停止と移設計画の見直しを米国に求めてゆくという選択肢も考えられた。しかし2011年‣6の日米安全保障協議委員会で辺野古にV字形の滑走路の建設の合意をたてに「辺野古が唯一の解決策」にしがみつくばかりである。

 

 とうとう12月14日に埋め立て工事は強行され、辺野古の海に土砂が投入された。新聞の見出しに「原状回復は困難に」とあったが果たしてそうだろうか。今回土砂投入を始めたのは米軍キャンプ・シュワブ南側の護岸で囲った海域で、埋め立て区域全体の約4%だ。これで工事が本格的に始められるというわけでなく、沖縄に対する嫌がらせに過ぎない。

 安倍政権の政治目標が沖縄県民を諦めさせることにあるなら、政治に対する考え方が根本的に誤っている。できるだけ早く土砂投入に踏み切って来年の選挙までの間隔をあけ、影響を最小限にとどめたいとする姑息な考えがあるのかもしれない。水深の深い東側の工事は未着手で、そこには軟弱地盤の存在が指摘されている。

 県の独自の試算によれば、その大規模な地盤改良工事には5年かかり、移設完了には13年以上先になるという。政府が2014年に県に約束した5年以内の普天間飛行場の運用停止の見通しは全く立たず、政府が当初計画で約2400億円と試算していた工事費用も2兆5500億円にまで膨らむといわれる。「投入された土砂は一部でしかない。諦めずに移設について話し合い、考える時間はまだある」

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*注視したこと

2018年12月17日 | 捨て猫の独り言

 このひと月の新聞(毎日)報道で、私が注視したのはつぎのような記事である。11‣29朝刊「馬毛島買収年内合意へ」米空母艦載機の陸上離着陸訓練は硫黄島が悪天候で使えない場合には、厚木や三沢で実施されるため、現在、空母艦載機部隊が駐留している岩国を含む3県が騒音被害などを訴えていた。馬毛島は鹿児島県西之表市の無人島だ。記事にはないが、空自は「いずも型護衛艦」の訓練拠点として使用予定のようだ。

 12‣6夕刊「米軍2機接触、墜落」米海兵隊岩国基地所属の戦闘機と空中給油機が高知沖で接触し、海上に墜落した。1人救助6人不明。岩国所属機をめぐっては先月12日に沖縄沖で空母ロナルド・レーガン艦載機が墜落し乗員2人が救助されたばかりだ。2016年にも海兵隊のFA18が高知県沖に墜落し、乗員1人が死亡している。この記事にはないが、今年の6月には嘉手納基地所属のF15が沖縄沖で墜落し乗員は救助されている。(伊豆にて)

 

 米軍機の墜落はこれまで全国各地で起きている。たとえば、59年の沖縄県石川市(現うるま市)の宮森小学校の事故では児童17名を含む18人が犠牲になった。その後72年の本土復帰からこれまでに沖縄と周辺では米軍機の墜落が48件、不時着が558件という。68年には板付基地に向かうファントム機が九州大学に墜落した。それまでに板付関連では252件、うち31件が墜落炎上で死者は20人だという。72年板付基地の大半は返還された。

 12‣12朝刊「いずも空母化与党了承」公明党は攻撃型空母にあたると懸念しこれまで了承を見送っていた。政府はこの日、短距離離陸・垂直着陸型のF35Bを、改修艦に常時は搭載しない方針を示し専守防衛の範囲に収まるとした。そして手際よく12・13朝刊「F35戦闘機105機購入へ」米国製ステルス戦闘機F35はすでに購入を決めている42機と合わせて計147機体制となる。Bは1機あたり150億円とされる。

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*安田屋旅館

2018年12月13日 | 捨て猫の独り言

 安田屋旅館は静岡県沼津市内浦三津(みと)にある温泉旅館である。沼津市は伊豆半島の付け根に位置する港町だ。駿河湾の奥まったところに、付け根をえぐるように入り江ができて沼津市街とほぼ正対する位置に三津がある。安田屋は後ろには山が迫り道路一つ挟んで目の前は三津浜という場所にある。沼津駅からバスで35分かかる。

 

 安田屋は大正7年に現在の場所で営業を始め、現存する木造の建物は国の登録有形文化財に登録されている。太宰治がこの旅館に昭和22年の2月から約半月滞在し、小説「斜陽」の第一と第二章を書いたという。その部屋が「月見草」の間として残っている。太宰は翌年の6月に自殺した。館内には資料室兼記念館の「伊豆文庫」が設けられている。

 月曜日とあってどうやら太宰が滞在した部屋に宿泊客はいないようだ。あたりに人影もない。カーブのある急な階段を登って月見草の部屋の扉を引いて中に入った。カーテンを引くとガラス戸越しに淡島が見えた。無断侵入なので角部屋のもう一つのカーテンは引かずに早々に立ち去った。もっと大胆でもよかった。

 

 翌日の朝、漁港の辺りを散策して戻ると玄関わきの応接間のテーブル火鉢には炭が熾きている。そこ置かれた雑誌に安田屋の若女将のつぎのような談話が掲載されていた。「太宰はとてもお酒が好きでした。当時はお酒は貴重でなかなか手に入らないこともあり、店主は近くの漁師と物々交換してお酒を調達したと聞いています。太宰が亡くなった後、報道陣がたくさんいらっしゃったということです」

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*小学生名人

2018年12月10日 | 捨て猫の独り言

 少年少女囲碁大会の決勝戦はNHKテレビで放映される。小学生と中学生の部があり、毎年8月にはこれを見逃さないようにしている。39回目を迎えた今年の小学生名人は沖縄県代表の小学3年生(9歳)の川畑拓也君だった。沖縄県代表の優勝は25年ぶり二人目だという。低学年優勝ということで囲碁フォーカスでは沖縄の川畑君の自宅に出向いて取材し、その様子を放映した。

 また小学2年生の優勝は第7回で山下敬吾九段、第18回で井山裕太九段の二人がいる。それぞれの決勝戦の相手が高尾紳路九段、万波菜穂四段ということでこの四人の懐かしい映像が放映されることがよくある。沖縄は碁の盛んな土地柄だ。沖縄出身の囲碁棋士といえば宮古島出身の知念かおり六段だろう。その夫は台湾出身の楊嘉源九段だ。(品川プリンスホテル界隈)

 

 拓也君は浦添市立湊川小学校に通う。父親の話によると、囲碁教室に通う年の離れた兄と姉を、母親と一緒に迎えに行って囲碁をやっている姿を見てやってみたいと言い出し、あっという間に夢中になったという。囲碁教室で教える石嶺智子さんの話では、まじめというより好きで楽しくやっていて、興味を持ったものはとことん突き詰めるという。「囲碁は相手の石を殺したり、自分の石を生かすのが楽しいです」と話す、明るくわんぱくな男の子だ。

 与那原町のカルチャーセンターで講師を務めている秋田出身でプロ棋士の梅木九段によると、子供が強くなるには一に碁が好きなこと、二に早く打てることという。川畑君は手が見えるために決断が速い、それが早打ちを可能にしている、基本的に質の悪い手が浮かばないのだろう。メンタル面では打たれ強いと評価する。ご両親は今ではこの末っ子が生まれて、ほんとうによかったと思われていることだろう。将来の夢はと聞かれて、拓也君は「プロ棋士になること・・・・カナ」と答えた。 

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*女性リーダー

2018年12月03日 | 捨て猫の独り言

 2016年の年の初めには、台湾とアメリカに新たな女性リーダーが出現するというのが大方の予想だった。1月には予想通り台湾に民進党の蔡英文総統が誕生した。しかし11月になってアメリカにヒラリー・クリントン大統領が誕生することはなかった。それよりずっと前にドイツには2005年に女性のメリケル首相が誕生している。理系の博士号(物理学)を持つ。1954年生まれで昨年4期めを迎えているが、今回の地方選挙の大敗の責任を取り3年後の引退を表明した。(写真はビワの花、ユズ、茶の花)

 

 「私は誰かのことをあれこれ言うのではなく、当人と直接話すべきだという考えです」というのはメリケル首相がよく使う表現だ。目を見て語り合えば、解決策は見つかるという信念だろう。「他人が違う意見だからといって恐れることはないと断言し、人間関係につきものの「好き嫌い」とは無縁。人の悪口は一切口にしない。この姿勢は2005年首相就任以来一貫している。

 上記は「対話姿勢 今こそ評価を」と題する11月23日の記事である。書いたのは毎日新聞ベルリン支局の中西啓介記者だ。福島原発事故後の2011年には「2022年までに国内17基すべて原発を廃止する」ことにし、2015年には東欧に足止めされていた中東難民らを受け入れる判断をした。統一通貨ユーロ危機では欧州連合などによるギリシャ救済を実現させた。いずれメリケルなき国際社会が訪れる。

 台湾では9月24日にあった統一地方選で1956年生まれの蔡英文総統が率いる与党・民進党が大敗した。同日実施された住民投票では脱原発政策や同性婚容認といった、蔡政権で進みつつあったリベラル路線が否定される結果となった。民進党の牙城である南部の高雄市で圧勝した国民党の韓国瑜氏の存在が大きかったとされる。おもろいおっちゃんらしい。蔡総統には残りの任期で政策実現へ向けての奮闘を期待したい。

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