高円寺界隈のお寺めぐりを決行する前に結婚式の招待状が届いた。新郎は住職と数学の非常勤講師の2つの仕事を同時に持つ37歳である。私の職場では席が隣である。正法眼蔵随聞記を贈ってくれた。曹洞宗の修行の場といえば、まず永平寺で、つぎに東京別院、名古屋別院があり、さらにその他の地方にも存在するという。彼は東京別院において修行=安居(あんご)証明書を取得した。住職の居室を方丈といい、引退すると東堂さんとなる。
結婚披露は9月16日(土)の夕刻であった。大江戸線の都庁前で降りて新宿中央公園前を歩く。途中に路上生活者の住居が散見された。これから過ごす時間とくらべると気持ちは複雑である。薄暗く人影まばらな場所に出たが、吸殻や空き缶の散乱する狭い階段を昇ると超高層複合ビルのパークタワーは目前だった。道を迷わずにすんだ。さらに好都合なことに一人の僧が袈裟を着て先を歩いていく。39階のロビーには袈裟やスーツ姿の僧が団体でいた。これだけの僧が集まると壮観だ。気おされて部屋の隅に行き眼下の新宿の街並みを眺める。よく冷えたカクテルジュースはこれまで経験したことのない上質の味だ。この頃にはあの路上生活者の身の上のことなど忘れてしまっていた。大勢の僧に囲まれて埼玉県高麗(こま)の里の過剰な100万本の曼珠沙華を連想した。
出席者は160人ほど。円卓17のうち7卓が僧で占められていた。例えば「露草」 の卓には常仙寺住職○○○○様、道場寺東堂○○○○様などと10人の名がある。「桃」 の卓も10人で、私の右隣には同僚としてはこの日私と2人だけの男性、左隣には新郎に小学校でフルートを教えたという和服のご婦人である。白ワインのつぎの赤ワインも普段私が飲みつけないなかなかなものだった。あまりお飲みにならない当のご婦人がドイツワイン専門店銀座ワイナックスを紹介してくれた。ワインの試飲にあたり特別な計らいをしてくださるとのことだった。ワイン通なら知っておかねばならない店だろうなと思いつつ神妙に聞く。会場の大型画面には新郎自身が住職である寺において午前中に挙行された仏式の結婚式が映し出された。執り行った老僧も生涯で2度目という稀なものだそうだ。新婦は一般のご家庭の出である。これから家族ならぬ寺族(じぞく)の仲間入りをする。意義深い披露宴なのだと感じた。
にぎやかな卓がある。東京別院で共に修行した僧達であろう。東日本の各地から参列しているという。同世代の絆を意識するのは出家でも在家でもそれほど違わない。老僧の挨拶を聞くとき新郎は合掌して聞く。それ以外新郎新婦に特別のことはない。その後二人は1週間のフランス旅行に出かけた。