玉川上水の辺りでハナミズキと共に

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり (道元)

*知と信のテキスト

2020年05月28日 | 捨て猫の独り言

 大峯顕と池田晶子の対談の単行本が2007年に本願寺出版社から出た。「君自身に還れ」という本で副題は「知と信を巡る対話」となっている。大峯顕は1929年生まれで大学教授、毎日俳壇選者、專立寺住職などを務めた。この本は池田晶子が46歳で没した2月23日の、すぐ後の3月に出版されている。

 本の帯には「強い光芒を曳いてあなたは突然去ってしまわれました。仏教についてもっと話し合いたいと言っていた矢先でした。生きるも死ぬもすべて他力によるという真実を、現代社会に向かって果敢に語った鮮烈な生涯、その清冽な言葉の中にあなたは現在しています。引鶴の空蒼ければ湧く涙(大峯顕)」とある。

 

 大峯顕もまた2018年に87歳で亡くなっている。ドイツ観念論の創始者といわれるフィヒテや西田幾多郎の研究者でもある。タイトルの「君自身に還れ」は「君の外にあるものすべてから目を向け変えて自分の中へ還れ。これが哲学というものが哲学者に対してするところの第一の欲求だ」というフィヒテの言葉による。また浄土真宗の教義に詳しく、中でも親鸞に対して絶大な信頼を寄せる。

 二人の対話によって、多角的な光が当てられて私の理解が進んだことが幾度もあった。巻末に「いや、面白かったですね」「問い詰めたかったところはいつも逃げられてしまいました(笑)」「こんなにうまくいくとは思っていなかった」と記されている。私には繰り返し読むほどに興味深い本となった。理解できたことなどレポートするつもりだ。

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*八国山緑地

2020年05月25日 | 捨て猫の独り言

 私の片道1時間ウォークは東西南北にこれまで4つのコースだった。こんど都立公園である「八国山緑地」のコースを新たに加えることにした。方角は自宅から北になる。高尾山の標高600mに対して八国山は90mにすぎない。高尾山は往復3時間以内では無理だが、八国山ならば可能だ。なによりも八国山は、高尾山の山歩きと同じ気分を手軽に味わえそうなので期待は大きい。

 このコースはすべて歩きだと時間的に無理がある。まず40分かけて公園入口まで自転車で行く。入り口広場に自転車を置いて、そこから歩き始める。小平市の北にある東村山市と、埼玉県の所沢市との都県沿いにある東西2㎞の尾根道がメインのコースだ。林の中を小鳥のさえずりを聞きながら尾根道をのんびり歩いて往復で80分ぐらいかかる。

       

 狭山丘陵は東京都の水瓶として造られた多摩湖(東京都)と狭山湖(埼玉県)の水源保護林を中心に市街地の中に浮かぶようにして存在している。私はかなり前にこの尾根道を歩いたことがあった。これから、たびたび歩くことになりそうだ。エゴノキとヤマボウシが咲いて、熟した桑の実を3粒食べた。野鳥観察、マウンテンバイク、ふもとの広場でのんびり過ごす子供連れ、木陰で将棋を楽しむ人などに出会った。

 

 八国山の名は上野(こうずけ)、下野(しもつけ)、常陸、安房、相模、駿河、甲斐の八カ国の山々が眺望できたことに由来するという。すぐ南側には6月の花菖蒲(入場無料)で有名な市立の北山公園がある。ここから八国山緑地のこんもりとした山全体を見渡すことができる。東村山市が不動産業者から買い戻して造った公園という。市民の努力で豊かな里山の風景が保全された。北山公園の花菖蒲は一度アトランタの孫たちと見に来たことがある。

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*否定の否定

2020年05月21日 | 捨て猫の独り言

 週に一度ぐらいにアトランタの娘家族と連絡を取りあう。自分用のスマホのない私は、たまに横から顔を出す。先日私がスマホを持って孫たちに家の内外を撮って見せた。簡易仏壇にさしかかると「般若心経」を思い出したらしく、それを読めと言い出した。たわむれに三人で唱和したことがある。私が経文を片手にぱらぱらめ繰り落としながら一気に読み上げると笑って聞いていた。

 私の般若心経の理解は孫たちと同じぐらいなのかもしれない。唱えるお経のリズムの心地よさを楽しんでいる。お経は言葉をもって言葉をこえた世界を表現しようとしているから難解だと言われる。般若心経には無という文字が頻繁に出てくる。あらゆるものを否定する。否定しようとする自分も否定する。これから先に孫たちが仏教に関心を持つことがはたしてあるのだろうか。

 とことん否定はニヒリズムにいたる。他の宗教は「人間に生きる喜びと勇気を与えてくれるものでなければならない。だから仏教は正しい宗教ではない」と批判する。しかし否定のどん底で、くるっとひっくりかえってその否定をもう一回否定してみると、この世はこのままで美しく見え、この世はこのままで楽しく見えてくる。「二重否定は肯定」というのはほんとうだろうか。(写真は東村山市の大善院にて)

 

 歌手の菅原洋一さん(86歳)が6月に息子との親子コンサートを開くという。3年ほど前に胆のう摘出手術を受けた氏は、近ごろは自然の摂理や死についてよく考えるという。その記事の中の「死を意味する仏。死の瞬間は苦しいが、その硬直の時間が過ぎれば体も魂も ほどけ やすらぎが訪れるのではないか(笑)」という菅原氏の親父ギャグに誤りがあった。仏とは生きて悟りを開いた人間のことをいう。

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*写真プラス詩

2020年05月18日 | 捨て猫の独り言

 ある日、詩に出会った。「この存在は、耳で世界を見て、眼でうたを聴いて、豊穣の最中にいる。  この存在は、名も形も超えて、思考も経験も超えて、万物にひそんでいる。  この存在は、ひたむきに目の前のものへ 融解しようとしている。  この存在は、無限を有している。私もあなたも、この存在であった。  かつて、か?いまもなお、か?」(写真はいずれも5月13日)

 

 定期購読者で支えられている「週刊金曜日」のおもて表紙の裏には1983年生まれの「ろう」の写真家・斎藤陽道(はるみち)氏の写真が毎回掲載される。そして写真にはいつも詩が添えられているのだ。今回の5月15日号では写真よりも詩の方のにひき込まれた。最近の私の関心のある言葉「存在」と「無限」に感応したのかもしれない。作者について調べてみようと思った。

 写真家とだけある。石神井ろう学校を卒業。20歳で補聴器を捨て、カメラを持ち、聞くことよりも見ることを選んだ。おなじ「ろう」の写真家である妻・盛山麻奈美との間に息子を授かる。「聴者」だった。歌が嫌いになってしまっていた陽道。あるとき抱いた赤子に突然泣かれ、ふと子守歌がこぼれた。そんな斎藤を追ったドキュメンタリー映画「うたのはじまり」が制作されて公開中だという。

 画面全体に、まばゆいばかりのユキヤナギが生い茂っている写真だ。中央にはユキヤナギの少しの隙間ができて、ほこらのようになっている。うっかり見逃すところだった。よく見るとその薄暗い洞の中にこちらを向いてしゃがんでいる裸の幼児がいる。落ちている花びらに興味を示しているのだろうか。そんな写真だった。おそらくこの幼児は陽道が抱いた赤子だろう。そんなことを考えながら詩を読み返した。

 

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*野菜作り

2020年05月14日 | 捨て猫の独り言

 アトランタの孫たちは夏休みを利用して7年続けて来日していた。それも昨年で終了した。庭でキュウリやトマトを収穫する孫たちの姿をこれからは見ることができなくなった。今年はゴーヤの緑のカーテン作りは止めようと思ったが考え直して続けることにした。家屋と独立に4mの2本の竹竿を垂直に建ててネットを張るので、これが面倒なのだ。

 大型連休中に竹竿を買いにホームセンターに出かけた。屋外にあるレジには長い行列ができている。買いたいどの竹竿も上から下まで一筋の割れ目が入っている。店の人に交渉して半額にしてもらった。私にしては上出来である。ついでに見た苗はいつもより高値がついている。後日農協で手に入れた苗はホームセンターのほぼ半値だった。連休を過ぎるとホームセンターの園芸コーナーの人出は少なくなっていた。

 庭の畑でダイコンを収穫するのは初めてのことだった。収穫の初期の頃は近所に配ったりした。そのうち消費が追いつかずに、手をつけずにいたら葉がどんどん繁りしだいに白い花が咲き始めた。固い繊維の大根と化して、口に含んで残った繊維部分を口から出しながら食べたりした。とうとう最後の何本かは引き抜いて処分する羽目になった。ほどほどがわからず生産過剰に陥っていた。

       

 この夏はいつものトマトに代えてニンジンを植えることにした。ダイコンに続く根菜第2弾というわけである。適当に選んだ種は愛称が「紅かおり」という人参だ。芯まで鮮やかな紅色で、フルーティな甘さが強く、サラダやジュースに最適という。この品種は東洋大学下村講一郎教授との共同開発から生まれましたと記されていた。順調ならば収穫は9月ごろと予想している。

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*読み応えあるタウン紙

2020年05月11日 | 玉川上水の四季

 月に二回朝日新聞と共に多摩地域で配達されるタウン紙がある。その5月8日号の一面トップに「生き物の多様性を実感」という見出しで鈴木忠司さん(79歳)の記事が出ていた。2009年のオープンギャラリー開始の時もあれこれのタウン紙が取り上げていた。記事は鈴木さんが撮影した4枚の写真および玉川上水で鉛筆画を描いている鈴木さんの後姿の写真と顔写真で囲まれている。 

 武蔵美の油絵科を卒業、小平市の職員時代も油絵を描いてきたが、定年後はもっとも手軽な鉛筆画を描くようになった。記事の最後は「鉛筆画20年、これからがスタート」という言葉で締めくくられている。あれだけの写真をものにしている人が、鉛筆画にも情熱を傾けているのには私は日頃から驚いていた。記事の中で「どんどん宅地化が進んで」などの後ろ向きの発言が全くなかったのは、いかにも鈴木さんらしいと感じた。(写真はクリックで拡大)

 

 4面にある元国立感染症研究所研究主任で、現在は「住宅地にバイオ施設(病原体実験施設)を作ってはいけない」という信念のもとに科学者として市民運動に協力している新井秀雄さん(78歳)の記事も興味深い。新型コロナウイルスは人工的に作られたものかという質問に新井さんが答える。「新型コロナウイルスの出現については様々な説がある。エイズウイルスの発見者で、ノーベル賞受賞者・フランスのモンターニエによれば、武漢にある研究施設ではコウモリから採取したコロナウイルスをたくさん持っていたとの情報があり、ここでエイズのワクチンを作る過程で出来たものではないかとされています」

 PCR検査が進んでいるとは思えないのですがという問いに。「かつてチフスなどの感染症の際には感染研では総力を挙げて検査をした経緯があります。国立の施設である感染研と衛生研の他、各自治体の衛生研究所や公立の大学、研究所にも豊富な人材・機器が揃っているはずだが、それらを総動員しているという情報が聞こえてこないのが疑問です。決断するリーダーが不在なのか、個々の意識の問題なのか。公務員としての役割を果たしてほしい」

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*世界同時鎖国の日々

2020年05月07日 | 捨て猫の独り言

 新聞には連日米ジョンズ・ホプキンス大学によるコロナウイルス感染者と死亡者の集計結果が掲載されている。アメリカが群を抜いて多いのはどうしたことだろう。トランプ大統領は2月26日に「万全の態勢でコントロール」3月18日に死亡者が100人を越え「私は戦時大統領」4月11日死亡者が2万人を越えイタリアを上回り世界最多となる。4月14日「WHOへの資金拠出停止」5月6日のアメリカの死亡者7万人に迫る。

 3月20日付ワシントンポスト紙の見出しは「コロナウイルスを中国ウイルスと平気で呼ぶトランプ。専門家は、それは危険な態度だと警鐘を鳴らす」だったという。そのような発言はアジア系アメリカ人に対する偏見や差別を助長しないか。アトランタで生活する娘や孫をもつ私にとって他人事ではない。コロナウイルスの対応の失敗から焦点を移すのが目的とすればまさにトランプらしいやり方だ。

 

 月々に届いていた「親鸞アニメ上映会スタッフ」からの案内ハガキは年賀状を最後に途絶えている。最大の理由は会場にしている公民館などが閉鎖されているからだ。私の親鸞への関心は持続しているのだが、昨年の後半はほとんど欠席させてもらった。もしも近い将来に案内葉書が届いたなら、今後は会の出席を辞退する旨の返事を書こうと考えている。

 週一度の囲碁会の方も引き続き5月も中止の連絡があった。ネットで世界中の不特定の相手と対局することが可能な環境にあるが、まだ一度も試みたことがない。草むしりや読書が優先と理由付けして踏み込めないでいる。NHK杯囲碁トーナメントを録画してプロの対局を見ることで満足している。先日は3時間以上テレビの前に座り1965年制作の映画「ドクトル・ジバゴ」を見た。

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*連載の終了

2020年05月04日 | 捨て猫の独り言

 小鳥が死んでいる。なんとかしてくださいと言われた。場所は勝手口の横、屋外の水道栓のコンクリートの桝の下だ。桝を支えている二つのブロックの間にある太いビニール管の曲がったところの上に死骸は納まっていた。そこはいわゆる地べたではない。そのせまい空間にはタワシとか砥石などがある。このシジュウガラは自らここを死に場所と意志したのではないかと疑った。

 哺乳類とは異なり死臭などは感じない。よく見かけることのあるセミの亡き骸と同じ感じだ。頭部を曲げて胸に押し付けるように清らな姿で死んでいる。息絶えてからどれくらい経過しているのか見当がつかない。見つけたのは全くの偶然だった。さっそく庭木の傍らに埋めた。これで二度目の小鳥の埋葬だ。最初の場合はガラスに激突という事故死だった。(キンラン5月1日・最終)

 

 宗教学者の山折哲雄氏(89歳)の新聞連載コラム「生老病死」を毎週切り抜いていた。今年1月からの標題をいくつか書き並べてみる。「安楽死による最期に思う」「子規が苦痛の果てに得た瞬間」「西田(幾多郎)が掘りつづけた自分の場所」「死をも呑みこんで輝く無」「(鈴木)大拙の腹の底からわき出る声音」「近代の観念ではのりこえられない(死)」「歴史の記憶たどる死の作法」

 5月2日の標題は「夢にふるさと豊かな気持ちに」だった。そして「連載終了」の社告もあった。4月に入って肺炎が重症化して入院中という。「主治医から肺炎が進み呼吸が困難になった場合、人工呼吸器をつけての延命治療を希望するかと尋ねられた。以前に書いた通り、自分の最期は断食死でと願っていたので延命治療はお断りしたいと伝えた」そして最終行に「こうした思いを読者の皆さんに伝えることができ、ありがたいことでした」とあった。

コメント (2)
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