お抱え理容師が長旅に出て困った。白内障の手術のあと一週間洗髪禁止といわれた。美容室であお向けになって若い男の子に洗髪してもらって1500円とられた。一日置いてこんどは安くあげようと考えて床屋に飛び込んで1800円とられた。あととり息子の理容師で中学生の2人の子供をかかえて大変だと痛いぐらいに肩をもまれた。理容組合も安売りに対抗して料金設定自由化のながれにある。昔は羽振りがよかったとしきりにぼやいた。私が見栄をはって事前に値段を交渉しなかったのが失敗だった。
いよいよ散髪のため大学構内にある床屋さんに出かけた。そこの設備のすべては学園のものだ。料金を市価より千円安く設定することが学園との契約である。学生たちは今では10分1000円のヘアカットに流れた。ここは教職員がちらほら来てくれるだけである。20年間自宅の店とここの2ヵ所を夫婦でやってきた。今はここだけをおかみさんが一人でやっている。
私の周辺の同僚でこの店の常連客の名をはじめて聞かされた。なぜか名前だけのこのささいな事実に少しとまどう。私はもう二度と来ないかもしれない。 「家で散髪の方でも調整のため年に一度お見えになる方もいます」 さすがにぬかりはない。 「3ヵ月半の船旅ですか」 と聞かれて 「私の散髪で節約した分を今回の旅費に当てたようです」 と答えたら巨体をゆすってお笑いになったあと 「あ~あ、おっかしい」 といった。
病院の手術台と違って床屋さんの椅子は 「よきにはからえ」 の王様気分だ。いいものですね。ついまどろんでしまう。