玉川上水の辺りでハナミズキと共に

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり (道元)

*台湾の多様性

2023年07月03日 | 台湾のこと

 台湾の歴史は複雑だ。17世紀にはオランダが統治、つぎは清朝がそのつぎは大日本帝国が50年ほど植民地とし、戦後は大陸から渡ってきた国民党(漢人)の独裁体制だ。この独裁時代に米国に留学する人も多く、弾圧された台湾人が逃げ込む場所が米国だった。

 

 1980年代の民主化で台湾内部は大きく変わる。李登輝が初の民選総統に選ばれた96年以降は4年に1度、総統を直接選挙で選んでいる。投票のたびに自分は台湾を治める主人公、台湾人であるというアイデンティティが強化されているようだ。台湾の世論調査によると6割強が台湾人、3割強が台湾人であり中国人、残りが中国人と答えている。

 台湾は世界保健機構など国際社会から排除され国民国家である主権は制限されているが、政府と軍隊を持ち内部には主権が実在する。それに対して中国は民主的に運営される政治体であることについて自信を深めつつある台湾社会を許してはならないと思っている。その意味では「台湾有事」はずいぶん前から始まっている。

 来年1月の台湾総統選挙には世界的な関心が集まるだろう。私の注目するのは、2大政党の民進・国民両党とは別に、第3勢力の台湾民衆党の公認として立候補を表明している柯文哲・前台北市長(63)だ。「民進党は中国に拒まれて全く対話できず、国民党は中国に従順すぎて対中交流で台湾人の信頼を失っている」と主張している。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

*台湾の半導体産業

2023年04月24日 | 台湾のこと

 台湾では来年早々に総統選挙が行われる。この3月末には民進党の蔡英文総統が訪米し、ほぼ時を同じくして国民党の馬英九前総裁が訪中した。このように総統選挙を目前に、米中の外交上の駆け引きが活発化している。

 「一つの中国」が米国の政策である。米国は台湾総統の公式訪問を認めることができない。これまで台湾総統の訪米によって中国を刺激することは避けられてきた。今回も蔡英文総統は中米のグアテマラなどを経由してロスアンゼルスで下院議長と会談している。

 一方国民党と共産党は、かつて中国の支配を巡って戦った宿敵で、どちらが正当の政権かという歴史的な矛盾を抱える。ただし国民党の馬英九前総裁は現職総統時代に対中貿易や交流の拡大を進め、党内でも台中融和に積極的だという。

 台湾は最先端の半導体の9割を生産し、世界のコンピューターの処理能力の3分の1以上は、台湾産の半導体がもたらしているという。もし台湾が中国に封鎖されれば台湾の半導体に頼る企業には打撃となり、その後、さらに世界経済に打撃が生じる。世界最大の半導体受託製造企業TSMCの創業者が張忠謀(モリス・チャン)だ。プラスチックの王永慶といい、台湾はよく偉大な実業家を輩出する。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

*台湾の尼僧

2023年03月23日 | 台湾のこと

 またしても市立図書館のリサイクル本だが「台湾に三巨人あり」を読んだ。講談社から香港返還の3年前の1994年に出版されている。三人とは李登輝(1923~2020)、王永慶(1927~2008)、證厳法師(1937~)である。この本が出たときは三人とも健在だった。李登輝元総統の死去の際には日本でも大きく報じられた。あとの二人は私は今回初めて知る名だった。

 目次には、王永慶は「台湾で〈経営の神様〉と呼ばれる男」、證厳法師は「台湾を慈愛の灯明で照らす尼僧」とあった。王永慶は米屋の丁稚から世界一のプラスチック王国を築き、日本以外では松下幸之助よりも有名で華人社会では知らぬものはないとの記載があった。2008年に滞在先のアメリカの病院にて91歳で死去した。(モクレンとハナダイコン)

  

 貧民救済事業である「慈済功徳会」は、1966年に一人の小柄な尼僧が台湾の東海岸にある花蓮で30名の主婦たちとともに、一人毎日50銭の貯金をすることから始まった。もともとは家庭の主婦から始まったが、今では数多くの一般社会人までが加わり会員数はうなぎのぼりに増加し、その事業は海外まで広がりをみせている。1989年李登輝総統は「慈悲救済」の字額を贈って台湾で最も高貴なる人であると讃えた。

 證厳法師は言う「成仏の意味は覚悟であって、覚悟ができる人はみな仏になれるのである。これと同じく菩薩の意味は善行であって善行ができる人はみな菩薩になれるのである」法師はいまだに布衣にわらじ履きで、質素な生活に甘んじ、政治活動には一切関与せず、現在も貧民救済の先頭に立って、慈善、医療、教育、文化の四大事業に邁進している。台湾では仏教が生活の中に根づいていることに感銘を受けた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

*東シナ海を漂流

2018年04月16日 | 台湾のこと

 朝鮮半島の非核化と和平が実現して欲しいと切に願う。米韓に続き中国も北朝鮮との対話に乗り出した。中でも韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領に期待し、その行動を注視してゆくつもりだ。関係各国が対話を生かし合うことを願う。(ニリンソウ、シャガ、イチリンソウ)

 つぎのような興味深い新聞報道があった。台湾東部の宜蘭県の海岸で、海岸清掃中の地元の小学生が3月27日に貝や藻に覆われた防水ケースを拾った。中にはデジタルカメラがあり、バッテリーも生きていた。持ち帰って調べると石垣島の商店街の風景や、日本人らしい若者がダイビングを楽しむ様子が記録されていた。

 学校は中国語と日本語のメッセージと共に保存写真をフェイスブックに掲載。28日には東京の上智大生3年、椿原世梨奈さんからの連絡で持ち主と確認。石垣島と台湾の間では海流が南から北へ流れる。直線距離は東から西へ約200㌔だが実際の漂流ルートは分からない。

 宜蘭の小学校の教諭は「写真が残っていたのにも驚いたが、ネットを通じて日本の持ち主がすぐに見つかったのもすごい」と話している。椿原さんは朝日新聞の取材に「カメラを受け取りに行き、児童にお礼を伝えたい」と話した。宜蘭と言えば明治の頃、奄美生まれの西郷菊次郎が宜蘭長官を務めている。その後、菊次郎は京都市長も務めた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

*台湾2・28事件

2017年03月06日 | 台湾のこと

 市場価格の半額以下の紙芝居用枠をネット通販で購入した。購入先は岐阜県加茂郡東白川村だが、世界遺産の白川村とは遠く離れている。下呂温泉に近い東白川村は廃仏毀釈後に再建が行われず、日本で唯一の地域内に寺のない自治体として有名?という。地域内には神棚を製造する工場が多いらしい。その材料であるヒノキ材を使って作られた紙芝居舞台が届いた。その木肌は息をのむほど白かった。

  

 さて毎日夕刊に、鈴木玲子記者による「台湾2・28事件 真相を求めて70年」が2月23日から4日連続で掲載された。それを切り抜き、つぎに要約してみた。◇昨年5月に国民党から政権を奪還した民進党の蔡英文政権は事件の真相究明に本腰を入れる決意だ。事件は長らく台湾社会のタブーとされてきた。45年の日本の敗戦後中華民国(国民党政権)が台湾を接収、当初「祖国復帰」を歓迎していた台湾住民たちも次第に腐敗した一部官僚の横暴に不満を募らせてゆく。

 日本敗戦から2年後の47年2月28日に抗議集会への当局の発砲をきっかけに、デモが台湾全土に広がる。蒋介石が中国大陸から派遣した軍隊が3月8日に台湾北部の基隆から上陸、抵抗する住民らを次々と拘束し、殺害した。国民党が狙ったのは日本統治時代のエリート層だった。日本留学組の被害者は約100人に上がる。大学別では、法曹界に逸材を輩出した中央大学の卒業生が最も多く十数人が巻き込まれた。この2月28日に台北で行われる追悼式には、同大の酒井総長が初めて出席し、犠牲になった卒業生らに哀悼の意を伝える。

 基隆港に近い和平島には最盛期には沖縄出身者約500人が暮らしていた。島には2・28事件の無縁仏の遺骨を納めた霊廟「万善公廟」がある。昨年2月28日その霊廟前で与那国島出身の徳田ハツ子さん(79)=那覇市=が自作の歌詞をつけた民謡を与那国方言で歌った。事件に巻き込まれた父の遺骨を見つけるために何度でも台湾に出かけるつもりだ。ハツ子さんらは昨年11月に台湾当局に犠牲者として被害認定と損害賠償請求を申請した。事件では少なくとも沖縄出身の日本人4人が犠牲になったとみられている。

 3月1日の毎日新聞は「事件の被害者に名誉回復証書を手渡す蔡英文総統」という写真を添えて、台北での今年の追悼式典の様子を伝えている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

*反原発の民意

2016年10月27日 | 台湾のこと

 7月の参院選挙の日に鹿児島県に三反園訓知事が、この10月には新潟県に米山隆一知事が誕生した。それぞれ川内原発、柏崎刈羽原発が選挙の争点の一つだった。三反園氏は指宿市出身でニュースステーションの政治担当のキャスターなどを務めたジャーナリスト、米山氏は魚沼市出身で東大卒の医師で弁護士でもある。二人は自分に出来ることは何かを考え続けているに違いない。異色の二人の今後を見守りたい。

 日本では7月31日には小池都知事が誕生した。米国ではすったもんだの末に11月8日にはヒラリー・クリントン大統領誕生が確実視される。2016年1月16日には台湾の蔡英文総統が誕生し5月に就任した。続々と女性リーダーの登場である。2005年から首相を務める「ドイツのお母さん」メルケル首相は十分な実績を積んで、後続の女性リーダーたちが意識せざるを得ない存在だろうと思われる。(鉄塔の建て替え作業)

 

 10月23日の新聞を開いて次の記事に目を奪われた。台湾「2025年に原発ゼロ」という見出しの記事のことだ。東日本大震災後の反原発の台湾の民意のを受けたもので、原発ゼロは蔡英文氏の公約だったという。ついにアジアで初めて台湾が「原発ゼロ」にかじを切った。これまで幾度か起きた日本、台湾における地震災害のテレビ映像が脳裏に浮かんだ。日本も台湾も大陸にもぐり込むプレートの影響を受ける地震国である。(栃木にある仏塔)

  

 台湾の8基の原発のうち稼働中の3基は25年までに40年の稼働期間満了となる。台湾の発電事業者は「消費者の省エネの取り組み、企業の意欲、当局の優遇策があって初めて実現可能性が出てくる」と話す。台湾の経済相は「原発ゼロを目指すに当たっての問いは再生エネで原発に置き換えることが出来るかどうかということではない。放射性廃棄物の問題を子孫に残さないために、どのような政策が必要なのかということこそを考えるべきなのだ」と話している。 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

*台湾と沖縄のこと

2015年10月13日 | 台湾のこと

 台湾では総統選投票まで3カ月となる中で台湾与党・国民党は7日、中央常務委員会を開き、公認候補を交代させるという異例の方針を固めたという。月内に臨時党大会を開き候補に決めていた洪秀柱氏(67)の公認を取り消し、新たな候補者を選出する見通しだ。党執行部は9月下旬から複数回にわたり洪氏に出馬辞退を促したが、洪氏に拒否されたという。

 洪氏は中国との統一志向が強いと指摘されたこともあって支持率は低迷。台湾メディアによると洪氏の支持率は13%と野党・民進党候補の蔡英文主席(59)の45%に大きく引き離されている。洪氏の支持率低迷が総統選と同時に実施される立法委員(国会議員)選にも大きく響くとの危機感が党内に高まり今回の騒動となったようだ。(写真は10日・昭和記念公園にて)

 

 「辺野古移設は仕方ないのか?」と題して毎日新聞9日の夕刊の特集ワイドはヤマトンチュー(本土の人)の「常識」を検証している。その「常識」とはつぎの四つだ。(1)日本の抑止力維持のために必要だ(2)基地があるから国に優遇されている(3)独立論は空論。新基地を押し付けても沖縄は政府に逆らわない(4)中国と日米は対立している。日米同盟の堅持に移設は不可欠。

 これまでの沖縄の独立論は居酒屋談義だったが、今は違う。道筋は3段階。①独立を求める沖縄世論を形成し、国際社会に基地問題の深刻さをアピールする②県議会が、植民地独立を支援する国連・脱植民地化特別委員会のリストに沖縄を登録するよう求める議決をした上で、同委や国連加盟国各国に登録を働きかける③登録後に国連監視下で独立を問う住民投票を実施するーという流れだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

*台湾総統選

2015年08月10日 | 台湾のこと

 月22日に92歳になる李登輝元総統が国会内で講演した。李登輝はその地位によって政治主張が目まぐるしく変化して、駆け引き上手な現実主義者というイメージが強い。今回の講演は超党派の国会議員の呼びかけで実現し、与野党の国会議員約290人が出席した。安保法案について「日本が主体的に安全保障について意識を持つことがアジア全体の平和につながる」と支持する考えを示した。馬英九政権については「中国との経済協定を密室協議で強引に結んでいる」と批判。そのうえで「総統の権力が大きくなり過ぎ、制限を受けるべきだ」と述べ、政治改革の必要性を強調した。

 毎日新聞の先月26日の社説は「近隣の変化に目配りを」と題して台湾総統選を取り上げていた。与党の国民党は朱立倫・新北市長ら有力候補が立候補を見送り、女性の洪秀柱・立法院副院長(67)が公認候補に選ばれた。野党の民進党は4年前の総統選にも立候補した、女性の蔡英文・党主席(58)の出馬がすでに決まっていた。いずれにせよ台湾初の女性総統の誕生が確実になった。(高雄市の六合夜市にて・2015年4月)

 

 台湾は中国と経済的な結びつきを強めてはいるが、安全保障では米国を頼っている。政権奪還が濃厚な民進党の課題は対中政策だ。現在の馬政権は「一つの中国」を認めるが、その内容は独自に解釈するという「1992年合意」を基に中国との交流を進めてきた。しかし、台湾独立綱領を持つ民進党はこの合意を認めていない。蔡氏は6月に訪米した際「現状維持」の立場で中台関係の安定化を目指す方針を表明している。

 中国との統一を目指す国民党政権は、台湾人意識を無理やり消そうとしている。それらに反発した若者の行動が、去年春のヒマワリ学生運動だ。この夏は高校歴史の学習指導要領改訂により教科書の内容が中国寄りになるとして高校生らが撤回を要求して教育部に座り込んだ。改定の内容とは、17世紀に清朝と戦った鄭成功一族による台湾統治を「鄭氏統治時期」という表現を、明朝とのつながりを示す「明鄭統治時期」に変更とある。ほかにも「日治(日本の統治)」という用語を「日拠(日本の非合法な占拠)」へ変更などがあるという。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

*関心高まる台湾史

2015年05月25日 | 台湾のこと

 台湾に旅行してから、当然のことだが台湾に関する新聞記事に目が止まるようになった。記事といっても私が目にするのは現在購読している毎日新聞のそれに限られている。5月2日は「台湾総統選 米中が注視」とあった。東アジア情勢に影響を与えそうな台湾総統選挙は来年の1月16日だ。8年間の国民党の馬英九政権の任期が終わり、民進党への政権交代が現実味を帯びている。

 中台の経済的な結びつきは飛躍的に深まったが、急速な経済統合に対する警戒感も高まっている。軍拡を進める中国との軍事バランスは崩れ、安全保障上は米国に頼らざるを得ないのが現実だという。民主政治の成熟化で対中政策でも国民党と民進党の差は縮まりつつある。 3日は「台湾与党主席が訪中 国共トップ6年ぶり会談へ」、4日は「中台の連携を強調 国共フォーラム開幕」とある。(写真は浅草三社祭、ヤマボウシ、ジャガイモ、白糸草)

  

 5日は見出しの活字も大きくなり「国共トップ会談 台湾の政権交代懸念 習主席が朱氏基盤固め後押し」とある。国共とは台湾与党・国民党と中国共産党のことである。国民党主席の朱氏は次期総統選の不出馬を表明しているものの、今回の国共トップ会談の成果を糧に出馬を表明する可能性もある。習氏は会談で「両岸関係は重要な節目にあり、どこに向うべきかはすべての政党や社会各界が直面する重要な問題だ」と指摘した。

 19日は「過去を探り、未来を考える若者ら」と題した鈴木玲子記者の台北からのレポートだ。昨春の中国とのサービス貿易協定反発して立法院を占拠した「ヒマワリ学生運動」を通して若者たちの間に「台湾史」への関心が高まった。運動に参加した若者が起業した新メディア「台湾Bar(バー)」が制作したアニメ「動画台湾史」がユーチューブで配信され反響を呼んでいる。台湾人としてのアイデンティティーを求める流れはもはや後戻りしないだろうという。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

*台湾(完)

2015年05月04日 | 台湾のこと

 都市の幹線道路を轟音を響かせて疾駆するスクーター群には圧倒された。中国における自転車のように台湾ではスクーターが道路を席巻していた。交差点の赤信号の停止線に、後ろから横からヘルメット姿のスクーターがぎっしり集結し、乗用車をしり目に一斉にスタートする様子は迫力がある。あちこちの歩道にスク―ターが整然と並べられている。それにしても北京、バンコクについで大気汚染が深刻のようだ。

 二つの弾圧事件を知った。1939(昭和5)年の中央山岳地帯で起きた霧社事件と、1947(昭和22)年のニニ八事件である。前者は日本統治時代に原住民のタイヤル族が蜂起して日本人入植者134名が殺害され、日本当局は爆撃や毒ガス弾で50日あまりかけて鎮圧した。後者は日本統治が終わった直後の混乱期に、まだアメリカの援助があった国民党軍により2.8万人の台湾民衆が犠牲になった事件である。民主化の台湾では現在でも二二八事件と白色テロ時代の調査が続いているという。 

 道路に沿って頭上には競い合うように看板が突きだしている。漢字だからどれもおおよその見当がつく。南部の観光地の周辺の道路で「法輪功」の日本語のパンフレットを手渡された。パンフの文字を追いながらここは台湾であることを一瞬忘れる。法輪功とは太極拳と同様の気功動作の他に「真善忍」に基づいて、常に自分自身を厳しく律することで心性を高めるという。同時に中国で迫害を受けている法輪功学習者を助けてくださいと訴えていた。

 観光の間に民芸品店、健康寝具店、茶芸館に案内されない日はなかった。台北では茶芸館から抜け出して、近くの街並みを散策していると小学校の正門があり子供たちが迎えの保護者と下校する様子を見学できた。日本の地質学者によって台湾の北投温泉で発見されたラジウムを放射する鉱石が「北投石」と命名され、後に秋田県の玉川温泉の鉱石も同じものであることが認定された。民芸店で健康グッズとして台湾北投石のブレスレットを買う人もいた。幸運なことに旅行中に雨具を使うことは一度もなかった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする