玉川上水の辺りでハナミズキと共に

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり (道元)

*気づき

2019年06月06日 | 捨て猫の独り言

 玉川上水の緑道では何度もコゲラを見たことがある。コゲラは「市の鳥」になっている。先日、庭の梅に飛来してアブラムシをひとなめふたなめして、すぐに飛び去った。ここは緑道から100mも離れていないからコゲラが飛来しても不思議はない。しかし家の庭で目撃したのは初めてだ。これまで気付かなかっただけのことだろうか。

 庭でヒヨドリ、ムクドリ、シジュウカラ、スズメ、メジロ、キジバトなどはよく見かける。ところが、最近コゲラに続いてオナガを初めて庭で目撃した。これまで気付いてなかっただけなのか。小鳥たちを室内から見るのと、屋外で見るのとはどこか気分が違うものだ。また5月中旬には、ふと思いついて庭のハクチョウゲとウメモドキの花を初めて拡大鏡で観察した。ともに5mm前後の小さな花である。(白丁花と梅擬)

  

 偶発的に始めた「カラマーゾフの兄弟」を時間をかけて、読み返す作業をひとまず終了した。この小説の冒頭の「著者より」という一文の存在を、今回あらためて気付いた。それによると、この小説は構想された全体の前半部分であり、後半部分はしばらく間をおいて書き継がれると予告されている。しかし作家はこの翌年に生涯を終えている。それでもなお一つの完結した作品として私たちを圧倒し続けている。

 かつて聖書をパラパラとめくってみたが、なんと退屈な読み物かと途中で投げ出した経験がある。その聖書の代わりにカラマーゾフの兄弟を手元に置くのもいいかもしれないと考えた。それに歎異抄が加わればロシア正教と親鸞の二刀流だ。残念だが、私の場合は信仰(信心)というレベルにほど遠いという自覚だけは確実にある。その後、作田啓一と桶谷秀昭のカラマーゾフの兄弟に関する評論を読んで作品の理解がすこし深まった気がした。

 

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