玉川上水の辺りでハナミズキと共に

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり (道元)

*ネット徘徊

2018年03月19日 | 捨て猫の独り言

 小平霊園までの遠い道のりを歩き、正門近くの事務所でもらった案内図で著名人の墓所をたずねる。村上一郎の番地は21区19側39番とある。この数字をたどれば、いとも簡単にたどり着くことができる。この日は近くにある有吉佐和子と2か所をたずねた。

 

 村上の墓は黒御影に「風」の一文字が刻まれて、他とは少し違う印象を与えている。村上一郎の名はぼんやりと私の記憶に残っているが、これまで書いたものを一度も読んでいない。1975年に武蔵野市の自宅で日本刀で自死したことをネットで知る。享年54。この頃の私の勤務先は武蔵野市だった。

 村上は歌人でもあり、個人誌「無名鬼」を発行していた。「村上一郎著作集(全12巻)」の監修は吉本隆明、金子兜太、桶谷英昭の3人だ。その中の2冊を借りてきて、ところどころ頁をめくった。付録(月報)に「村上さんが眠る多磨霊園にも何度目かの春が来る」と記されている。これは「小平」の誤植、あるいは墓所の引っ越しのどちらかだろう。

 昨年「無名鬼の妻」が出版されたことをネットで知った。村上の妻であった長谷えみ子さん(94歳)からの聞き取りをもとに、えみ子さんと短歌会の同人である山口弘子が書いたという。さらにネットで知ったのだが、長谷えみ子歌集「風に伝えむ」には「思い切り生きてみよとぞ聴く哀し春の墓辺のきみは風にて」があるという。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする