玉川上水の辺りでハナミズキと共に

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり (道元)

*囲碁棋士と映画

2012年09月18日 | 捨て猫の独り言

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 厳しい暑さが続く中で台風の影響により東京地方に恵みの雨が降った。土に湿り気が戻るとほっとする。畑で藪蚊の歓迎を受けながらこれ以上の収穫が見込めないミニトマトの2株を引き抜いた。別の場所では終息が近いと思われるゴーヤはおそろしいほど葉をしげらせ小さな黄色い花をまき散らしながらまだ実をぶら下げている。退職後の時間をいろいろなことに費やしてきたがいつまでも飽きそうもないのが囲碁である。

 言葉ではなく盤に打つ「手」だけで会話ができるという意味で「手談」は囲碁の別称でもある。別称にはいろいろあるが世界のゲームとなった囲碁にはやはり「棋道」などよりも「手談」がふさわしい。年齢などのあらゆる差異を超えて楽しめるというものの、プロの世界では若い世代が活躍することが多い。囲碁の勝負もまた体力が大いにものを言うようだ。しかし国際大会で日本勢が苦杯続きなのは囲碁は体力だけではないことも明らかだ。

 私がよくのぞく「たかお日記」というブログがある。囲碁棋士のブログはそれほど多くないはずだ。現在は無冠だが平成の四天王の一人と呼ばれる高尾紳路九段がまことにざっくばらんに思うがままに書き綴るブログだ。9月初旬のブログによると映画「天地明察」の脚本を手がけた加藤正人は高尾の競輪、競馬、温泉、飲みにおける十数年来の友人で、このたび映画の公開に当たり囲碁雑誌の特別企画として2人は対局したという。このように高尾の酒好きと交友関係の幅広さは弟子の中でも師匠である藤沢秀行の生き方に一番近い。 

 高尾のつぎの世代は井山祐太四冠である。8月28日の井山の本因坊就位式には映画「天地明察」の滝田洋二郎監督も駈けつけた。映画は四代将軍家綱の治世に囲碁棋士、天文学者、算術家である安井算哲が初の国産暦作りに奔走する物語だ。試写会は桜の時期でそこには多くの棋士が招待されたことだろう。井山はあるところで「私も、分ったような顔をしてやっているんですが、実際はほんとうに少ししかわかっていない。そういう世界だからこそ、おもしろく、やりがいがある。多分、自分の碁に満足することは一生ないと思います」と語っている。(写真は交差点と切り株)

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