あられの日記

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江ノ島散歩開始です

2012年01月07日 04時57分32秒 | 鎌倉
お出かけは11月7日。
朝起きたらお出かけ日和の空だったので、友人を誘って江ノ島へ。さすがに当日誘って出かけるには、遠くへは行けない。待ちあわせは江の電藤沢駅の改札前。
ってなことで10時35分、到着しました!江の電の江ノ島駅に。
トップ画像は江ノ島駅にあった柵です。最近この手の柵をちょいちょい見かけますが、ここのスズメは服を着てます。しかも江の電カラ~笑える~

さて向かったのは龍口寺。以前にも何度か紹介してる場所ですが、日蓮さんの龍の口刑場(2010年3月17日)の記事日蓮宗の霊跡の画像を確認出来ます。
今日の目的はお寺の裏山へ上ること。
で。まずは私のフェイバリットな山門!

何度見てもよく出来てます。細工が隅々まで細かいんだよね~。

これは門の柱の下部にあった金具。門に飾ってある木彫りの絵の額などは、裏表で絵柄が違う程。訪れた際はぜひに門でクルクルしてみて下さい。
本堂でお参りした後は、さっそく裏山へ。
をを??…なにやら枝しかない木がある…。
あれって、もしや…イチョウ?なぜかしら~??
この時私はまだ気づいてなかったんですけど、訳は去年の紅葉がダメダメだった理由と同じ。9月の台風でイチョウの葉っぱは落ちてしまったのだ~…。

さて五重塔です。説明板発見「仏教の開祖であるお釈迦様が亡くなられた時、そのご遺体は荼毘に付され、その遺骨(御仏舎利という)は八つに分骨されて、その当時、インドで主流の八分族に渡された。そして八つの部族は塔を建立し、それぞれに頂いた御仏舎利を、その中に安置してお祀りした。
この塔のことを、古代インドの言葉である梵語(サンスクリット語)で「ストゥーバ」という。このストゥーバが五重塔の起源であり、法要で供養する卒塔婆の起源である。
五重塔は、この世と、また、私たち人間を形づくっている5つの要素である「地」「水」「火」「風」「空」の五大を意味する。龍口寺の五重塔は明治43年(1910)竣工、欅造り銅板葺き、神奈川県で唯一の木造本式五重塔である。初層の上部には彫刻師、永田伊助の手になる日蓮大聖人御一代記が奉納されている。
「神奈川建築物百選」にも選定されている剛健優美な五重塔である」だそうで。
…ここの説明板の文章の出来はいいなあ~。説明板をあちこちで読んでると、出来の善し悪しってあるんだと気づくんだよね。
裏山を更に上る。
こんなんありました!日本のお寺にはなかなかありませんよコレ。
説明板発見「御仏舎利塔…仏教の開祖であるお釈迦様が亡くなられた時、そのご遺体は荼毘に付され、その遺骨は八つに分骨されて、その当時、インドで主流の八分族に渡された。
そして八つの部族は塔を建立し、それぞれに頂いた御仏舎利を、その中に安置してお祀りした。
この塔のことを、古代インドの言葉である梵語(サンスクリット語)で、「ストゥーバ」という」ってここまで五重塔の説明文と全く同じじゃん!?
「龍口寺の御仏舎利塔は昭和45年(1970)、日本山妙法寺大僧伽山主、藤井日遠猊下の発願により、この地に通現した。
仏塔内部にはインド•ネルー首相より拝受した御仏舎利が奉安されている。
海外ではシャンティ•ストゥーバ(平和の仏塔)と尊まれる、白亜に輝く美しい御仏舎利塔である。」
だって。つまり、日本の五重塔と、このストゥーバは同じ目的で作られた建物なのですね。
これが江ノ島にあるの、もっと広まってもいいのに~。
ちなみに、このストゥーパは高台にあって、見晴し台もあります。空が澄み渡ってれば、見晴し台から富士山が見えると思う。この日は生憎見えなかったんだけどね。
さて、次は~。   人気ブログランキングへ

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