Various Topics 2

海外、日本、10代から90代までの友人・知人との会話から見えてきたもの
※旧Various Topics(OCN)

食はバラエティに富んでいても政治には鈍感

2012年10月30日 | 国際・政治

海外旅行にいくたび、日本のよさを改めて感じることはいくつかありますが、その一つが日本の家庭料理、そして日本国内のレストランのバラエティの豊かさ。

世界の大都市では一応各国料理のレストランで食事をすることはできると思いますが、手頃なお蕎麦屋さんのようなものはないし、日本食を食べようと思えば値段が大幅に高かったり、値段が控え目でも『看板やメニューの日本語が間違った日本料理店』など、「これって、本当に営業許可をとっているの?」というようなうらぶれたレストランもあったりします。

そして家庭-自分の家にある食器を見てもわかるように、世界で、『和、洋、中』の食器が各家庭にそろっているような国はまず他ではなさそうな気がします。(家は小さいのにこうした多文化のものを受け入れる文化があることも、四季がはっきりしていることに並んで、日本人の家に物があふれる原因となっているんでしょう。)

また、先日のトリノ旅行では、ルイジさんの家でカレーライスを作ってきたのですが、このカレーライスのように、異文化の料理をうまく自国の料理と組み合わせて進化してしまえるのも、日本の特徴。

カレーライスだけでなくても、日本で『洋食』と呼ばれるもののなかで、「これらは西欧には絶対ないはず」と思えるものがいくつもあることに気が付きます。

近頃イタリアづいていますが、「イタリアに行った」というと、「食事がなんでも美味しいでしょう?」と人に聞かれます。

しかし、イタリア料理さえ、「総合的に評価したら、日本で食べたほうが美味しいかも」というのが私の本音。

これは私が選んだお店(イタリアでは高級店には入っていません)が悪かったのかもしれないし、私の口が『日本風イタリアン』しか受け付けなくなってしまっているのかもしれませんが、それでも日本の専門店であればあまりアタリハズレがないのに、イタリアではレストラン(ピザ専門店、トラットリアを含む)にアタリハズレがあるような気がします。

そして、いくら私がイタリア料理好きでも「毎日、イタリア料理を普通に食べているのって、飽きないのかな」と思え、これは毎日の食事でなくても、食べ方もそう。

イタリアのレストランで昼食時、若い女の子3人が恐ろしく巨大なピザをめいめい1枚頼み、それぞれの自分の皿のものを完食していましたが、日本だったら3名が違う種類のピザを3枚とってシェア、もしくはピザとは別のものを頼む、というやり方をしそうです。

日本人は『同じものをたくさん食べることができない人種(あきっぽい?)』なのかもしれませんが、やはり、私はその辺は日本人方式を好みます。

さて、こんな話を書き綴りましたが、ちょうど面白いコラムがありましたので、貼り付けます。

ニューズウィーク(20121030日)

日本のグルメ志向を政治家選びにも(by クォン・ヨンソク)http://www.newsweekjapan.jp/column/tokyoeye/2012/10/post-579.php

〔10月14日号掲載〕

 日本ほどグルメな国はない。和食だけでなく世界中の多様な料理が楽しめ、日々新しいメニューが生まれる。しかしそんな日本人も政治家の味については、まったくグルメとはいえない。同じものをずっと食わされることに慣れ切っているのはなぜか、理解に苦しむ。というわけで、今回はグルメという観点から今の日本の政治状況を味わってみようと思う。

 民主・自民両党の総裁選が、何の感動も興奮もなくあっけなく終わった。09年の政権交代の高揚感はどこ吹く風で、かつて食べ掛けのままテーブルから姿を消した安倍晋三総裁が、自ら掲げていた「再チャレンジ」に成功した。

 政党支持率でも自民党の復権が顕著だ。国民は長年親しんだ「自民亭」が提供するA定食の安定感のある味が忘れられないのだろうか。確かに自民亭は、多彩な食材を使ってバランスの取れた日替わり定食を長年提供し、戦後日本の平和と繁栄の歴史の糧となった。

 ところが近年、そのA定食も変わり始めた。総裁選の候補5人衆に見られたように、日替わりのはずがカツカレー、トンカツ、カツ丼と「カツ」ばかりにこだわっている。これでは精は付くかもしれないが、胃もたれとメタボが心配だ。かつて自民亭の料理長だった河野洋平が「自民党はずいぶん幅の狭い政党になったもんですねえ。保守の中の右翼ばかりだ」と苦言を呈するのも無理はない。

 一方、A定食に食傷気味だった国民に対し、「生活が第一」を掲げて新たに登場したはずの「民主庵」のB定食。しかし、物珍しかったその味も「3・11」を経て変わってしまい、ハンバーグやステーキなど自民亭と変わらぬヘビーさそのままに、消費税アップに熱心になってしまった。今や「政権維持が第一」だ。

 そこで大手の外食チェーンに対抗して大阪発の、行列のできる「橋下屋」が提供する「維新定食」が誕生した。こちらは「新鮮さ」が売りだったが、次第にその食材の危うさが分かってきた。いざふたを開けてみると、中身は「高カロリー」な自民亭と大差なかったのだ。

閑古鳥が鳴く社民処と共産軒

 もっと安くて目新しいメニューはないものか。そういえば自民亭の横で長年、弁当屋を営んできた「社民処」や「共産軒」は何をしているのだろう。最近ではまったく目にしなくなってしまったので、元気ですかと手紙でも書きたい気持ちだ。

 社民処と共産軒に閑古鳥が鳴いているのは、その名前のせいなのか、料理がまずいのか、客のニーズに合っていないのか、真摯な自己点検が必要だろう。だが、自民亭がかつて繁盛できたのは、お隣のライバル店の存在があったからともいえる。「両翼」のバランスが取れてこそ、安定飛行できるものだ。

 社民処や共産軒が、客からそっぽを向かれた弁当しか出せないなら、新たな「第三の勢力」による新メニューの開発が待たれる。格差是正、成長率、内需、脱原発、エコ、平和、福祉、幸福度など、実は時代の流れは、北欧型の「社会民主主義」の方向に向かっているともいえる。イデオロギー論争に埋没せず、世界からも注目される斬新でヘルシーで明るい「Cランチ」はないものだろうか?

 山中伸弥教授のノーベル賞受賞が示すとおり、学問、経済、スポーツ、文化面で日本は世界に通用する先進性と多様性を持っている。なのに、政治の世界となるとなぜいつも「おなじみの味」ばかりなのだろうか。まずは、国民がその持ち前のグルメ志向を発揮して、政治に対しても舌を肥やすしかない。

 グルメの基本は「普遍的独自性」だ。国内限定の味や威勢のいい宣伝文句だけでは世界に通用しない。ならば勇気を持って別の店を開拓するか、いっそ自分で新しい店をオープンしよう。客足が遠のけば大手も経営努力をするものだ。

 さて今日の昼食は何にしようかな?

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