女優ニコレッタ・ロマノフの家系は、
ニコライ1世(第11代ロシア皇帝、ロシア革命で殺されたのは14代ロシア皇帝ニコライ2世)
の三男の長男が、
ニコライ・ニコラエヴィチ (1831-1891) - Wikipedia
で、彼の長男
ニコライ・ニコラエヴィチ (1856-1929) - Wikipedia
に子供がいなかったため、次男、
(1864年~1931年)が跡継ぎに。その長男が、
Prince Roman Petrovich of Russia - Wikipedia
(1896年~1978年)。彼の長男が、
Prince Nicholas Romanov - Wikipedia
(1922年~2014年)。彼は3人の娘を持ち、その一人が、ニコレッタ・ロマノフの母親。
抜粋:
1950年、ニコライ王子とヴァルフレッド・デラ・ゲラルデスカ伯爵とニコレッタ・デ・ピッコレリスの娘であるスヴェヴァ・デラ・ゲラルデスカ伯爵夫人(1930年7月15日生まれ)はローマのパーティで出会った。スヴェヴァはトスカーナ出身のイタリア貴族デラ・ゲラルデスカ家の一員で、ウゴリーノ・デラ・ゲラルデスカ伯爵の直系の子孫である。
彼らは1951年12月31日にフィレンツェで民事婚を行い、続いて1952年1月21日にカンヌのロシア大聖堂で宗教婚を行った。[1] ニコライ王子とその妻には3人の娘がいた。 ナタリア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ王女(1952年12月4日生まれ)はジュゼッペ・コンソロ(1948年生まれ)と結婚。彼女の娘はイタリアの女優ニコレッタ・ロマノフ。
このイタリアに移ったロマノフ家と、フランスに移ったロマノフ家が、継承者でもめていましたが、少なくともニコレッタ・ロマノフの母の代で男子が途絶えたので、彼女たちはある意味解放されたのでしょう。
ところで前回のブログ記事
20世紀初めの亡命ロシア人-3(シンクロニシティ?ニコレッタ・ロマノフ) - Various Topics 2 (goo.ne.jp)
の、ニコレッタ・ロマノフが出演した映画『離ればなれになっても』のことを書きましたが、この映画ではニコレッタ・ロマノフの娘役の名前が「Svevaースヴェヴァ」という珍しい名前でした。
Gli anni più belli (film 2020) - Wikipedia
これは、ニコレッタ・ロマノフの母親の祖母のファーストネームだったのは面白いです。
ライバル:
参考: