オウム真理教では、ハルマゲドンになり世界が終わると説いていた。
世界が終末を迎えるという終末論はどの文化でも見られる。
ノストラダムスの予言もその一つ。
終末がいつなのか、はっきりとは説かれないのが普通(予言が外れると言いわけに困るので)だが、時には、信者を引きつけるために日時をはっきりと予言する人もいる。
どっちにしても世界が終わるという予言は今までずっと外れてきたにもかかわらず、それでも懲りずに終末が来るぞと脅す人、それを信じる人がいるのはほんと不思議である。
オウム真理教ではハルマゲドンが20世紀末におとずれると、終末の時間を具体的に設定していた。
西田公昭「オウム真理教信者被告人の心理についての法廷意見」によると、
「麻原教祖は、ハルマゲドンの具体的な時期を20世紀末と予言し、信者たちに対して救済活動に費やすことの可能な時間があまり残されていないと主張しはじめた」
終末が近いということは、修行する時間があまり残されていないから、信者だって地獄に落ちるかもしれないし、救済も間に合わないことになる。
残された時間の短さは麻原彰晃の思考、ひいては教団の修行形態に影響を与えることになり、麻原彰晃は解脱の近道とされるタントラ・ヴァジュラヤーナを積極的に推し進めた。
「この教義の実践は、具体的には、教祖に指示されたワークと呼ばれる活動に従事することであった。その活動は、一般常識的見解に立てば非合法な反社会的活動であっても、時間が差し迫った救済のためにはこの手段による他はないとされた。つまり、仏教が廃れ、人々の悪いカルマにまみれた現代において、その悪行によって多くの人々が三悪趣に転生するのみならず今にもハルマゲドン(第三次世界大戦)が起きるので、非信者をも救済するには過酷は非合法活動を含むヴァジュラヤーナしかないと説いた」
信者はマインド・コントロールを受けて教祖の言うことに疑問を持たなくなっているし、残り時間が少ないから普通に修行していたのでは間に合わないという恐怖感、無力感、切迫感のため、ヴァジュラヤーナの教えを受け入れた。
「人は恐怖感、無力感、そして切迫感を同時に抱いてしまうと、立ち止まったり、振り返ったりして内省する余裕を失い、唯一救われる可能性のある行動を説く方向に誘導されやすい」
予言が外れると教祖の権威は失墜する。
麻原彰晃自身が終末を待ち望んでいたのかもしれない。
終末を自らの手で作り出そうという教祖の意思があったわけだ。
でも、櫻井氏によると「暴力に親和的な教祖の絶対的カリスマや千年王国論的世界観だけで暴力が自動的に発生するわけではない」とのことである。
つまりは、オウム真理教事件がなぜ起きたか、それはいろんな原因、理由がからみ合って起きたという当たり前の結論になるわけです。
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藪から棒ですが、ブログ主氏は一宗教者として「幸福実現党」にどういう思いをお持ちですか。
私は、宗教があのような現世的なご利益教理を持つ事に違和感を感じますし、ましてや軍事的脅威に脅える点に見られるように、暴力で問題を解決しようと言う姿勢に、嫌悪感を覚えます。
世の中がそういう風に熱に浮かされたように過激になる時にこそ、冷静に平静心を説くのが宗教というものではないでしょうか。
創価学会のねらいは国立戒壇の建立、すなわちすべての日本国民が日蓮正宗の信者になることでしょう。
ちゃんと下心があるわけです。
幸福実現党にしても、北朝鮮の脅威をことさら強調して不安感をかきたてようとするところがあくどい。
大川法氏は「宮沢喜一首相以来、東大法学部卒の首相が出ていない。このことが官僚を使いこなせていない一因だ。そろそろ大政奉還していただきたい」と述べてます。
http://www.zakzak.co.jp/top/200907/t2009072302_all.html
こういう発想のエリート意識むきだしの人なわけです。
ところが、あっさりと夫婦そろって出馬を取りやめてしまいました。
「他党の候補者の中には幸福の科学の信者もおり、総裁自身が勝ち負けの世界に入っていくことには問題がある」ということですけど、何を今さらという感じですよね。
あれっ、おかしいんじゃないかな、と思う信者さんはいないんでしょうか。