布施勇如氏は読売新聞の記者、『アメリカで、死刑をみた』は2002年から2004年までアメリカ留学した際の見聞録である。
冤罪の元死刑囚、死刑反対論者の被害者遺族と賛成論者の被害者遺族、検事、90回近く執行に立ち会った元刑務所長、弁護士たちにインタビューをし、そして布施氏自身が死刑の執行に立ち会う。
死刑賛成派の人が「自分の家族が殺されたとしても死刑反対と言えるか」とよく言う。
この問いに対して、布施氏がアメリカ矯正協会の大会で会った男性が次のように言ったことは答えにならないだろうか。
「もしも、僕の妻が、あるいは子どもが射殺されたら……。迷わず、犯人を射殺するだろうね。だけど、死刑という制度には反対だ。我々は制度について論じる時、個人的感情というものを脇に置いて冷静に考えないとね」
感情と制度とは分けていかないと、それこそ社会がぐちゃぐたになってしまう。
クリークモア・ウォレス弁護士は死刑に問える事件で26件、弁護を引き受け、死刑になった被告人は1人だけ。
ウォレス弁護士はベトナムに出征し大勢を殺したという。
「もし、あなたが僕の妻を殺したとする。あなたは法廷に立つ前に、僕の中にある怒りというものに気づくでしょう。僕が殺してしまう可能性も十分にある。被害者や家族が感じうるあらゆる危険とか、怒りというものは理解できます。僕も同じような感情を抱き、同じようなことをしたかもしれない。
でも、我々が議論しているのは、復讐や特定の部族の倫理観ではなく、文明化ということなんです。人間が原始的な部族(の制度)を乗りこえて、進歩できるかということを議論しているのです」
ウォレス弁護士が問題にするのも感情ということである。
物事を感情で判断するか、理性で選び取るか。
人間は復讐という感情を乗りこえようとしてきたのに、今の日本は復讐心を肯定し、美化する声が大きくなっているように思う。
ウォレス弁護士はさらにこう言っている。
「でも、殺害という行為が、あまり美化されすぎていますね。CNNをつければ、人びとイラクで殺されるシーンを目にする。首を刎ねられるところを映すなんて、許されるべきじゃない。それは美化にほかならない。僕は戦争で人を殺しました。いろんな方法でね。爆弾も落とした。も、そういうのを見たくないんだ。エンターテインメントじゃないんだからね。大衆はそういうものにさらされるべきじゃないんです。でも、我々は殺害をエンターテインメントの具にしている」
ちょうど12月と言えば、忠臣蔵、老人を大勢でなぶり殺しにすることに喝采する季節である。
人が殺されるのを見て楽しむことを我々は毎年しているわけだ。
布施氏は自分自身のこういうエピソードを紹介している。
処刑を記者として立ち会うことになった布施氏に、処刑が延期されるという電話がかかってきた。
「電話を切り、呆然とする私の顔をのぞき込むようにして、「どうしたの」と友人が訊ねた。
「来週の死刑、中止になったんだってさ。最後のチャンスだったのに」。あーあ。私はため息までついた」
「自分が発した言葉の恐ろしさに気づいたのは、あくる日、地元紙でトレス(処刑される予定だった死刑囚)に対する恩赦の記事を読んでからだった。拘禁中の手続きに誤りがあった。だから、知事はトレスを終身刑とした。死刑の執行は延期ではなく、取り止めとなった。
1人の死刑囚の命が、とにもかくにも救われた。
そのことを、何と私は悔しがったのだ。
それまで、死刑を見ることが記者の使命だなどと考えていた私は、その動機を疑い、自問した。街なかで行われていた公開処刑を、興味本位や怖いもの見たさで見に行った大衆とまるで変わりがないのではないか、と」
正直なところ、怖いもの見たさで処刑を見たいという気持ちはたぶん私にもある。
死刑や戦争にかぎらず、人の死をいつの間にかエンターテインメントにしてしまっていることの危険性に自覚的でいたいと思う。
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