三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

死刑と被害者の気持ち

2012年03月06日 | 死刑

死刑に賛成する人は被害者感情を声高に言いますが、香山リカ氏はこう反論しています。
「精神科医としては、被害者、いろんな犯罪の被害者の方や被害者遺族という立場の方の心のケアというのにあたることもあって、もちろんその方たちの苦悩や怒りや苦しみというのは相当なものですよね。その人たちの心のダメージというのも相当なものだと思いますが、その方たちは、その行われたことの軽い重いに関係なく、例えば、その方たちが本当に犯人が憎い、死刑にしてもらいたいというようなことをおっしゃることも確かに、診察室の中でもあります。でもその話、その発言の真意というものを、よく耳を傾けて聞いてみると、それは決して実際に死刑を執行してほしいという意味ではなく、今の量刑の中の一番最高、一番の極刑をしてほしいというぐらい私は大変なのだ、ある種の比喩として言いたい、それぐらい私は傷ついた、それぐらい私は本当に心のダメージを受けているんだということの一つの表現としてそういうことをおっしゃっていて、決して加害者の、特定の人物に死刑という懲罰を与えてほしいということをストレートに言っているのではない場合を多々私は感じます」(「フォーラム90」Vol.120)
極刑を求めるのは自分の苦しさをわかってほしいというメッセージであり、死刑になれば被害者や遺族の傷が癒えると考えるのは第三者の思い込みかもしれません。

河野義行氏はこのように語っています。
「死刑はね、正当化されているけれども、あくまでも殺人じゃないですか。生きているものの生命を断っているわけです。だから、よくいわれるのは、「死刑というのは、国家による計画的殺人」ですが、まさにその通りです」
河野義行氏は麻原彰晃のことを話す時、「麻原さん」と「さん」づけします。
被害者感情を理由に死刑を求めているが、という問いに、河野義行氏はこう答えています。
「被害者を興味の対象で見ている。一人の人格を持った人で、その人はその人の基本的人権があってプライバシーがあるっていう見方じゃなくて。それは、日本人が持っている一つの部分で、他人の不幸を楽しむ心というのもあるわけです。かわいそうって言いながら、実は楽しんじゃってる人がいるということです。それを感じるから苦痛になるわけです。世の中、そっとしておく優しさも必要だと思う」

光市事件の死刑判決の後、岡村勲あすの会顧問が本村洋氏に「おめでとう」と声をかけ、本村洋氏は「ありがとうございます」と答えていましたが、本村洋氏はめでたいという心境ではなかったと思います。


河野義行氏は一時、犯人扱いされ、マスコミにひどく叩かれました。

「当時、ずいぶんいやがらせの手紙、電話、それから無言電話がかかってるわけです。そういうなかで、事件に関与してなかったということがわかったときに、全国から千通ぐらい、お詫びの手紙が来てるわけです。「信じて疑っちゃった」と。そういうなかで、「疑って無言電話をした」というのは一つもない。だから、そういうふうにやった人っていうのは、私は当初、正義感があってやったかなと考えてたけど、それは違うと思う。正義感じゃなくて、他人の不幸を楽しむとか、もてあそぶとかしてるだけという感じを受けているんです」
死刑賛成の理由として被害者感情を持ち出す人の中には、他人の不幸を楽しんでいる人がいるということでしょう。
週刊新潮は河野義行氏に最後まで謝罪しなかったそうです。

「Ocean 被害者と加害者の出会いを考える会」のニュースレターに、田鎖麻衣子氏がフィンランドの被害者支援協会で聞いた話を書いています。
「フィンランドでは、被害者が、加害者の厳罰を求めることはないのですか」と田鎖麻衣子氏が尋ねると、「被害者にとって最も大切であり、関心があるのは、犯罪によって壊されてしまった自分の生活を立て直し、前に向かって生きていくことです。加害者がどのような刑罰を受けるかは、直接関係がありません」という答えが返ってきたそうです。
本村洋氏も記者会見で「被害者がいつまでも下を向いて事件のことだけ引きずって生きるんでなくて、事件のことを抱えながらも、前を向いて、笑って、自分の生活を、人生をしっかりと歩んでいくことが大切だと思うんで、そういう温かい目で今後みなさんに見守っていただければなと思っております」と語っています。

生活を立て直し、前に向かって生きるということですが、「薬物をやめたいのなら、まずあなたが被害者のイスから立ち上がりなさい。被害者であると思い続け、言い続けているかぎり、薬物をやめることはできません。自分のイスを探しなさい」という言葉を以前紹介しました。
被害者のイスから立ち上がって自分のイスを見つけるお手伝いをすることが被害者支援だと思います。

被害者のイスから立ち上がるということは、どこかで転換があったからでしょう。
水俣病認定申請患者協議会の会長だった緒方正人氏は「かつては親父の仇を討とうとして何度も工場ごと爆破しようと思ったほど憎しみを抱いていた」そうです。
ところが、緒方正人氏は水俣病認定申請を取り下げました。
その理由をこう語っています。
「ふと、「もし自分がチッソや行政の中にいたらどうしただろうか」と思ったのです。以前は、「毒とわかっても十年もたれ流すなんてことを自分は絶対しない。そんなことをするのは人間でない」、そういう立場に立っていました。しかし「もし自分が彼らと同じ立場だったら…」。この問いを否定できない自分がいる。そこに自分の根拠が崩れてしまったのです。自分の中にもチッソがいたのです。それは何かで頭を殴られたような衝撃でした。
かつて被害者という視点だけで水俣病事件を考え、加害者の責任を問うてきた自分が、自分自身の罪を自覚せざるを得なくなったのです。つまり、水俣病事件の根源に、人間の罪があるのだと」(同朋新聞2月号)

緒方正人氏の言葉は、河野義行氏のなぜ死刑に反対なのか、その答えに通じているように思います。
「制裁は自己で行うものだと思っているからです。だって、自分が本当に悪いことしたと思わなければ、判決で死刑といわれたって反省しないと思う。人によっては死ぬことが怖くない人もいるでしょう。「俺、なんにも悪いことしてないよ。人殺ししただけじゃないか」っていう人がいるかもしれない。だから、それは個々において、同じ罰でも違うわけじゃないですか。やったことに対して、本当に悪いことをしたと思えばその人は、自己制裁する。自分で悩むことも自己制裁だと思うんです。真の意味の制裁は、他人が加えられないと思ってる」

コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする