三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

大乗と小乗の違い

2009年09月07日 | 仏教

大乗と小乗はどう違うのかと某氏に聞かれ、返事に困ってしまった。
それからしばらくして『親鸞』を読んでいたら、竹橋太「本願」に、小乗は仏弟子になる教え、大乗は仏になる教えとあり、なるほど、こういうふうに説明すればよかったと思った。
これはどういうことかというと、釈尊が生きていた時の仏、入滅後の仏、大乗仏教の仏、それぞれ仏の定義が違っているということだと思う。

釈尊在世時には、仏になる(悟りを開く)ことはそんなわけのわからない難しいことではなかったらしい。
釈尊が菩提樹の下でさとりを開いた後、5人の修行者に説法する。
釈尊が中道・八正道・四諦を説き、話を聞き、質問をし、考え、交代で托鉢をし、そうしてまず「尊者コーンダンニャに、塵なく汚れなき真理を見る眼が生じた」、つまりコーンダンニャが悟った。
「世尊はこのような感歎のことばを発せられた。「ああ、コーンダンニャはさとったのだ!ああ、コーンダンニャはさとったのだ!」と」(『原始仏典』中村元訳)
そして他の四人も釈尊の教えを聞いて、「真理を見、真理を得、真理を知り、真理に没入し、疑いを超え、惑いを去り、確信を得た」、「五人の修行者は執着もなく、もろもろの煩悩から解放した」
悟りを得るまでにどれだけ日時がかかったかわからないが、5人は釈尊の教えを聞いて、そして悟っている。
注意すべきは、5人の修行者は教えのとおりに行を修し、そして悟ったのではないらしいこと。
『尼僧の告白』にこうある。
「尼さまが教えてくださったとおりの教えを聞いて、喜びと楽しみにひたって、七日間、わたしは、足を組み合わせた一つの姿勢で坐っていました。第八日に、わたしは、無明の暗黒のかたまりを破り砕いて、両足を伸ばして、[瞑想の座から立ち上がりました。]
 ウッタマー尼」
あるいは、心の平静を得ることができず、七年間、遍歴したシーハー尼は「強靱な吊り縄をつくって、樹の枝に縛りつけ、わたしはその縄を首のまわりに投げかけました。そのとき、わたしの心は解脱しました」

5人は阿羅漢になったのだが、阿羅漢とは仏の尊称の一つで、阿羅漢=仏である。
ところが、釈尊の死後、釈尊の悟りと弟子の悟りは違うんだとされ、釈尊は神格化、超人化、絶対化されるようになり、我々は阿羅漢にはなることができるが仏にはなれない、とされた。
在家では解脱することはできないし、出家して悟りを得たにしても、その悟りは仏の悟りとは違うことになった。
これが部派仏教(小乗仏教)の考えである。

それに対して、誰でも仏になれると主張するのが大乗仏教。
大乗仏教では自利利他を説き、利他が大乗の特徴である。
そして阿羅漢(小乗の聖者)は仏になろうとしないし、他者に関心を持たない、自己満足だとして批判する。
つまり自利と利他、どちらも不十分だから小乗だ、とさげすんで言うわけである。
しかし、唯識では仏になるのには三大阿僧祇劫かかると説かれており、三大阿僧祇劫とは永遠と言ってもいい時間だから、つまりは仏になるのは不可能、すなわち自利は無理と言っているようなものである。
利他とは他を利益する、すなわち衆生済度ということだが、日蓮宗では他者による救いを説かないと聞いたことがある。
救うとは、たとえば食べるものがなくて困っている人に食べ物を与えるといったことではなく、迷っている人、苦しんでいる人を仏にすることだと思う。
だったら実際に、自分は悟ったとか、救われて私は仏になりましたと言っている人がいるのかというと、そんな人は麻原彰晃や大川隆法ぐらいなものである。

また、大乗仏教は一枚岩かというと、国により、宗派によって教えなどかなり違っている。
たとえば、利他には利他する教えと、利他される教えとがある。
浄土教は利他される教えであり、救い=仏になること、それをたとえとして具体的に描写したのが阿弥陀の物語、浄土だと思う。
上山大峻「念仏」(『親鸞』)には、「「念仏」を称えることこそが、私たちができる他を救うはたらき(=利他行)であり、如来の恩に報いる(=仏恩報謝)道であるとするのである」とある。
念仏を私が称えて他の人が救われるとして、どういう状態になることが救われることなのか、などなど疑問が出てくる。

ということで、大乗と小乗との違いをうまく説明できない、というか、よくわかっていないわけです。
などと考えると、仏教を大乗と小乗に分けるのは大乗の立場からの仏教史的な意味しかないという気もしてくる。
やっぱりお答えできませんでした。

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