三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

カニバリズムとスカトロジー

2006年05月19日 | 日記

小2の時だったと思うが、「人間豚」という人形劇を小学校で見た。
人間を豚に変える工場ができ、その人間豚を食糧にするというまさに悪夢のようなお話で、人間豚たちが歌う「僕も私も人間豚♪」というフレーズはいまだに頭に焼き付いている。

人肉を食べるということはおぞましさと同時に、何か気になって仕方ないという不思議な魅力があることはたしかだ。
以前の「少年マガジン」や「少年サンデー」はマンガばかりではなく、雑学や実録も載っていて、その中にフランスの船が難破し、ボートでイカダを引こうとしたが動かないのでロープを切り、イカダは漂流したが、食べ物がなくなり餓死した死体の肉を食べた、というような話もあって、ゾクゾクしたもんです。
ネットで調べると、1816年に起きたメデューズ号の遭難事件のことでした。

『水滸伝』には人を殺して食べたり、人肉を売ったりする場面が何度か出てきて、それがまたあっさりと書かれている。
桑原隲蔵『東洋文明史論』には、中国での人肉食の歴史についての論文もあって、唐の時代には実際に人肉が売買されていたそうだから、『水滸伝』が書かれた当時の人は「うまそうだな」と思いながら読んだのかもしれない。

日本でも飢饉の時にはやはり人間を食べたわけで、『日本残酷物語』にもそのことが書かれている。
へえーと思ったのが、

当時の人々にとっても、人肉を食うことがおそろしい罪悪だったことはもちろんである。ただ家畜の肉を食うことも、それにおとらぬ残虐な行為だった。

ということ。

馬肉を食うことにたいする当時の嫌悪と恐怖は、今日ではそのままうけとりにくいであろう。

として、こういう話が紹介されている。

人肉を食うという噂のある家へ用事があってたずねると、「馬肉を食べないか」と案内された。

見ると勝手では大釜で馬の骨を煮ており、男女がこのまわりをかこんで骨をとりあげ、骨の油を吸い、骨のあいだの肉をむしり食っていた。その様子はじつに鬼どもの食事といったらよかろうか、たとえようもないおそろしいことであった。

馬刺が好きな私としては、生きるか死ぬかという時に馬を食べないなんて、ちょっと信じられない。

森谷司郎『漂流』では、鳥島に漂流した漁師の一人はアホウドリの肉を食べようとせず、死んでしまった。
映画を見た時は、鳥の肉を食べないなんてウソっぽいと思ったのだが、あり得る話なのだろう。

なぜ日本人は動物の肉を食べなかったのか。
清水ちなみ『禿頭考』に、なぜハゲは嫌われるかの理由の一つは脂ぎっているからである、なぜ脂ぎっていると嫌われるかというと脂を日本人は嫌うからだ、それは日本人が肉を食べることを嫌うので、という風が吹けば桶屋が儲かる式証明がされている。

それでは、どうして日本人は肉食を禁止したのか。
仏教では殺生を禁じているからと考えがちだが、『禿頭考』によると、他の仏教国で肉食禁止は聞いたことがない、肉や乳製品を嫌うのは肉による穢れを言う神道しかない、ということになる。
『魏志倭人伝』に、服喪中には肉を食べないという禁忌が書かれているそうです。
明治2年になっても、八丈島の「一部の島民がひそかに牛を殺して食べるという事件が起きた。それが露顕して一味は逮捕され、十人が八丈小島に島流し」というんだから徹底している。

清水ちなみ説によると、肉食を忌むのは米作りと関係があるわけで、天皇制とも関係する。
我々ハゲがつらい思いをするのは天皇のせいなのか、という結論でした。
禿頭考


 

 

 


難破してイカダで漂流する人たちが、飢えや乾きのために小便を飲み、ウンコを食べた、というのは、人肉を食べるのとは違った種類の驚きだった。
ウンコを食べることに妖しさは感じられませんからね。

パゾリーニ『ソドムの市』はサドの小説が原作だが、ウンコを食べるシーンがあった(人肉も食べる)。
映画だからそれらしいものを作ったのだろうが、何やらにおってくるような、そんなシーンでした。

谷崎潤一郎『少将滋幹の母』には、ウンコ(香で作ったニセ物)の微に入り細をうがった描写があった。
『春琴抄』にも、春琴のウンコをどう処理しているかという場面があった。
谷崎潤一郎はウンコを実際に食べてみそうな気がする。

ウンチについてのウンチク本、小早川博(式貴士名義の『Uターン病』は心に残る傑作です)の『トイレで読む本』に、漫画家の東海林さだおは便意を感じると一分しか我慢できない、ということが書かれてあった、その時は中学生だったので、信じられなかった。
学校でウンコをしたくなると、家に帰るまでずっと我慢してましたからね。
ところが現在は、恥ずかしながら東海林さだお的状態。

コーエン兄弟『レディ・キラーズ』という映画に、突然便意をもよおし、そうなると我慢できないという人物が出てくる。
過敏性大腸症で治療法がない、全米に100万人(500万人だったかも)の患者がいる、と言ってた。
そうか、東海林さだおもその一人なのか、と妙に納得した次第です。

ところが、下痢が続いて病院へ行くと、「昨日は何を食べましたか。酒を飲みましたか」と聞かれ、「カレーを食べ、ビールを飲んだ」と答えると、「そりゃ下痢をしても仕方ない」とあっさりと診断されてしまいました。
そうか、過敏性大腸症じゃなくて酒のせいか。

このところ胃がもたれて、こりゃ胃ガンになったか、と医者に行くと、年のせいで胃の働きがよわったからだと言われ、胃薬(三種類)をもらって飲むと、調子がいい。
年はとりたくないものです。

コメント (6)
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