三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

池澤夏樹『憲法なんて知らないよ』

2006年05月15日 | 

少々長いけど、池澤夏樹『憲法なんて知らないよ』から引用。

五十年以上たってもまだ憲法とはどういうものかわかっていない人がいる。特に政治家にそういう人が多いから困ってしまう。
たとえば、「国民の権利と義務」のところに、国民の権利ばかり書いてあって義務がほとんどないと文句を言う。(略)
たしかに、国民の権利を書いた条項の方がずっと多い。だけど憲法というのはそういうものなんだ。もともと国というものが強すぎて困るから、それを憲法で制限することになった。
国というのはものすごく大きい。今の日本ならば一億三千万の人が国に属している。だから国を代理する立場の役人たちだってそれだけ大きな権限を持っている。
役人の方は専門家で法律の知識があるし、組織もある。予算だってたっぷりある。何かで個人と国が対立した場合、法律も知らない、たった一人の、お金もない個人はそのままではかなわない。
警察に呼ばれたら、普通の人は誰だってどきどきする。ライオンの前に立ったような気持ちになる。だって警察の後ろには国家があるから。
だから、国の強大な力の前に個人を対等の相手として立たせるために、憲法は国の力の方を制限して、なるべく個人を守るようにしている。
それが憲法というものの役割なんだ。
ある意味で、憲法は理想の表明だ。国をこういうふうに運営していこうという宣言だ。
憲法そのものは言葉でしかない。みんながその理想に向けて努力しなければ、憲法はすかすかになる。公布から五十六年、憲法に書かれたことで日本人の努力が足りなかった面は少なくない。
今、大臣たちや、国会議員や、裁判官や、官僚たちは第九九条に書かれたように「この憲法を尊重し、しっかり護る義務」を果たしているだろうか。憲法が邪魔と言わんばかりの発言は少なくないよ。


今の憲法はアメリカの押しつけだから改正すべきだ、という意見をよく聞きます。
しかし、憲法の理念(国民主権、基本的人権の尊重、平和主義など)は素晴らしいものです。
国のために国民がいるのではありません。
国民のために国があるのです。
憲法を改正すべきだと主張する人は、国民なんて国のための歯車・道具だと考えているふしがあります。
憲法はなんのためにあるのか、理念は守っていかないと。

(追記)
安保法案に賛成した人、特に安倍首相に読んでほしいです。 

コメント
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