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韓国時代劇ドラマ 「商道」② (2001~2002年MBC)

 
 
 韓国時代劇を見ると「奴婢(ぬひ)」(奴隷)がよく出て来ます。謀反の疑いや無実の罪でも朝廷が罪を決めれば受け入れるしかなく、奴隷として最低の階層に落ちてしまい、不幸な身の上になってしまいます。「両班(ヤンバン)」(貴族、武士階級)でお嬢様だった娘がキーセンになったり、下女として下働きしたり、かわいそうな境遇になりドラマをみていてもとても気の毒です。
 イムサンオクの一家も濡れ衣をきせられて父は死刑、一家離散、サンオクは死刑をまぬがれて「奴婢」になってしまいます。サンオクは逃亡を何度も図っては失敗しますが、やっと逃亡に成功し、そのとき、一緒に逃げた「奴婢」の元両班の娘チェヨンを旅芸人の友人に託し、自身は寺で身を隠します。
 罪人の疑いが晴れて開放され、父の友人の豪商の一人「湾商」の主ホンドゥクチュを訪ねます。「奴婢」の時、真鍮の器作りの技術を身につけていたので、それが後になって役にたちます。
 サンオクが成功したのは、果敢に立ち向かう勇気と、もって生まれた商才と、通訳を志していたので語学が達者だったこと、苦労を惜しまず働いたこと、真っ当な考えを持った商団の長を師としたことでしょう。商いの本道を極めたことが、単なる富豪ではなく、後々も「商道」として語り継がれる人物になりました。
 ドラマではあまりにも理不尽な事が次々に起きるのです。普通人には考えられない波乱万丈な人生です。それでもサンオクは知恵と勇気と良運で解決していき、それが結果的に成功、莫大な富を築きあげることになります。
 行商も大変です。物を売るために労苦を惜しまず、重い荷物を担ぎ雨風、豪雪の中、村から村へ歩き回ります。、ライバルを蹴落としても儲かればいいというのではなく、良いものを適正な値段で、民が必要としているものを民が買える値段で売り、朝鮮人参の紅参(ホサム)をプレミアをつけてブランド化し、朝鮮の貿易を発展させます。ドラマを観ていてサンオクの商いには感心するばかりでした。
 サンオクの商道の哲学は「利よりも義を重んじる」ことで、「財物は平等な水と同じで、人は正しい秤と同じだ(自分の手の中に入った財物はしばらくはそこに留まっているだけで、流れる水をつかんでも流れていって空になるのと同じ。人も裸になれば皆平等、貴族も乞食も人として考えれば皆同じだ)」
 韓国ドラマ「商道」は人としてどうあるべきか、どう生きていくかを描いています。
 
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