無意識日記
宇多田光 word:i_
 



『道』がどれくらいヒカルの他の曲を意識しているかは気になる。どこまでが私の気のせいなのだろうか。

前に触れた『悲しい歌もいつか懐かしい歌になる』の部分が『First Love』の『今はまだ悲しい Love Song』と対応している、というのは流石に意図的だと思う。『Goodbye Happiness』では映像によってノスタルジーを表現していたが今回は歌の歌詞に直接。以前よりも更に増してさらさら過去の栄光に縋って生きる気がなくなっているのだろうな。潔さ。自信というヤツである。

では『人生の岐路に立つ標識はありゃせぬ』はどうか。最初『標識』という語を耳にした時、『COLORS』の『半端な願望には標識も全部灰色だ』の一節を思い出した。しかしこれは、単語がひとつダブっているだけで文章の意味も違うし、幾らなんでも意識の範疇外だろう、と捉えるのが妥当だ。なのだが、作詞家というのは異様なまでに一語々々の記憶がハッキリしているものだ。語がメロディーに乗るか乗らないか、判別しなくてはいけないからだ。ただ言葉を紡ぐだけではなく、どの言葉なら"メロディーに許される"のかを見極めねばならない。そんな特殊な人種にとって、ひとつの単語がひとつのメロディーに乗るというのはちょっとした事件である。「ひょうしき」という発音がどのようなメロディーになら乗せられたのか、これは鮮明な記憶として残っている視点だろう。果たして、『道』と『COLORS』では歌詞の乗り方が…だいぶ違うな…多分、ヒカルはそんなにここを意識してないな。

ただ、『どんな事をして誰といても』の部分はあからさまに『真夏の通り雨』の影響が出ているようにみえる。『誰かに手を伸ばしあなたに思い馳せる時』。まさにそのものだろう。作詞の順序としては『道』の方が随分あとなようなので、この一節はアルバムを通してのテーマみたいなものを表現しているのかもしれない。その解釈は人それぞれでいいと思うが、私小説的な切り口からみてヒカルがどういう心境なのかはとても推し量れない。かつて新婚3ヶ月で別離の歌をリリースした人ですからね…

とまれ、『道』はもしかしたら、全体のオーバーチュアとして一曲目を担わされているというイメージが消えない。だとしたら本来はライブコンサートの一曲目待ったなしなんだけど、はてさて新作にもきっと強力な"オープニング・チューン"が存在している筈で、はてさて1曲目は一体どの曲になるだろうね?

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ネット疲れ、と言っても勿論今更インターネットと無縁な生活を送れる訳もなく。ここらへんが弱い。溢れる情報をどう受け流すか、古くからいう"ネット・リテラシー"というものが問われる。

元々言語による交流は、ネット以前からコトの真偽を論うのが基本だ。言葉の本質は嘘だからだ。寧ろ、嘘というリスクを背負う事で「情報伝達」という概念が成立した。目の前の現実を一旦嘘に変換して運びやすくする事で様々な人々に現実を知って貰う事が出来る。その為には、受け手側が嘘から本当を導き出す「逆変換」を携えていなくてはならない。この変換・逆変換の仕組みこそがリテラシーの原点だ。

従って、「嘘ほど拡散し易い」のは不可避なのだ。それが自明な本質だからである。不特定多数を巻き込む以上、共通の変換・逆変換機構を共有する関係は維持できないと考えなければならない。その機構をコミュニティーと呼ぶのだが、インターネットという位だからこの世は網である。闇よりはましだな。

網となって個々が緩やかに繋がった状態では、異なる変換逆変換機構の相互理解というメタレベルの嘘が必要になってくる。踏み込んでいえば、言語の第2層がインターネットの出現に伴って急激に拡大しつつあるのだ。

本来はその第2層を翻訳と呼ぶ。異なる言語は単語の対応表(「道∽road」みたいなの)のみならず、文法の置換(例えば"sing a song"と「歌を歌う」では語順が異なる)も伴う。流石にここから先は長大になるので省くが、同言語内の第2層が必要になるのは、嘘の付き方が逆だからだ。道とroadとは同じ意味だ、というのは単語の対応表だが、道にはroadとsongの2つの意味がある、となると今度は「道」という記号が「新たな現実」となり、そこに新しい嘘を付け加えないと情報伝達の枠組みは維持できない。通常の翻訳とはこの点が異なる。


久々に難易度の高い(というか、この話を知らない人には何の事だかさっぱりわからない)話をしてしまった。要は嘘を吐く為の嘘を吐く、を繰り返して出発した現実に再び戻ってこれるか、という話で、世界の広さは即ち嘘の豊かさなのだが、それはインターネットが基調の話でしかない、と。だからといって今や現実はインターネットなしでは有り得ない。初期かつ過渡期だと思ってある程度は諦めるしかないのだが、そうね、何か処方薬があればまた書く事にしましょうか。嘘を嘘で塗り固めるお話でした。

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